今頃昭和の時代を
振り返ることがある。
ワシら、昭和の時代が人生の前半であるから、すでに懐かしいという感情が起こるのも止むを得ません。
終戦後のニッポン。そこで生まれ育ったワシらの時代。まだ爆撃の後が残っている工場の廃墟が、遊び場であった。
瓦礫ばかりの工場跡。しかし、間仕切りになっていたコンクリートの壁や、風呂場だったのかタイル張りの残っている箇所。そうしてごみ焼却のためだったのか大きな煙突。レンガ造りの門のようなものも残っていたし、深い水槽のようなコンクリートの大きな仕切り。その中にとってきた殿様蛙、たくさん飼っておいた。
折り重なったレンガの下からは、トカゲが這い出してきて子どもの相手をしたり・・・。その廃墟のレンガの壁に寄りかかって、今頃は、凧揚げをしたものである。そういえば、凧揚げなんぞ見なくなったし、コマ遊びなども見ない。羽根突きなどまるでみない。
鬼ごっこさえ今は見かけない。第一子どもが外に出ない。ノッパラで遊ぶ子どもをまるで見ない。
今、子どもはどこへ行っちまったんだろう。地下に潜ったのか。家の中でイジイジと、ゲーム機で遊んでいるのか。塾通いなのか。まだ学校には子どもはいるのか。そんな不思議な感覚さえ覚えるのであります。
鼻たらして焼け跡でチャンバラごっこやって、暗くなるまで遊んで、真っ黒けになって帰ると、母親に井戸水を頭からぶっ掛けられる。
そうして泣きながら夕飯かっ込む。ロクナおかずもなかった。何も食べるものがなくて、腹空かせてそのまま寝てしまうよりほかないという晩もあった。いまじゃ考えられんなぁ。
しかし、大川栄作の歌じゃないが、貧乏でもみんな元気で、将来に夢を持って生きていた。
今、子ども達は将来に夢があるのだろうか。ただカネモチになりたい、それだけだとしたらサビシイ。
余裕を持って、周囲を見回しながら、自分はこの道を行こう、と情熱持って進む、そんな気持ちに誰もがなっていたように思うが、今はどうなんだ?ムダを省く、それだけなのか。回り道もしなければわからないことのほうが多いのに。効率だけなのだろうか。息が詰まるようなことばかりして、反動が来るぜ、人間だから。機械仕掛けのロボットだったら、それもいいだろうが。
ムダもあり、遊びもあり、失敗もあり、やり直しもあり・・・そういう試行錯誤がないと見えないこと、ずいぶんあるように思う。先が全て見えるわけないからなぁ。
ま、ともかく、昭和という時代、なかなか生きの良い、覇気のある時代であった。今は当時ほど飢えてはいないが、しかし、人生というものへの信頼感というか、次代への期待、希望は、ずっと枯れていると思う。次第に、思うことのスケールも小さくなり、せせこましくなり、人が信頼できなくなり、仕事もカネ取りだけの価値観になり、なんだかニンゲンとしてツマラン時代になっちまったような、そんな気がする。貧乏でも、生きる希望というか望みのある人生のほうが健全であろうよ。まったくの貧乏で、飢え死にするという人も出そうな時代であるから、貧しくても良いとは言えないのであるが。
そうだ、今は食えないとなれば、徹底して食えなくなるらしい。「ああいいよ、うちで働けばイイよ、でも給料は安いぜ」みたいな社会じゃなくなったらしいのだ。
これは雇用がない社会のせいという面ばかりではなく、仕事に対する若い人たちの考え方にも変化があるように見えるが、それはワシには分析しかねる。
なんだか今日は難しい話になりそうなので、このへんでやめたっーと。
| 固定リンク


最近のコメント