日記・コラム・つぶやき

ワシ流の秘伝にしちまう

武道のようなものを30年以上やっているのだが、これまでやってきたことがどうも思うようにうまく行かない部分が出てきた。

おかしい、と思い、他の流儀の本を調べてみた。すると、ワシがこれまでやってきた方法とはまるで違う方法が書いてあるではないか。

たとえば柔道で言うとすれば、小外狩りは、内股と同じ方法で技を掛ければよい、みたいな。(柔道は知らないのでイイカゲンであるが)

ともかく、えっ?それでいいの?みたいなことが書いてある。

それで、その信じられないような技をやってみると、これがまた見事に決まったのである。

それで、こいつはなんだ!ということになり、ネットも使ってあれこれと調べてみると、それからそれへと、流儀の違いが、分かってきた。

つまり、歴史的に複雑な時代の変遷と絡み合って、流儀というものはでき上がってくるものであり、自分が正しいと思ってやっていることは、そういう一つの流儀に過ぎないということ。それが一つの流れであるということに、つまり、ある技なら技というものが、一段と高いところから俯瞰できたということになる。

思うに、今、行われている日本のさまざまな武道、古式なになに流、お茶やらお花やらとかいうさまざまな運動は、多くの紆余曲折を経て出来上がっているということ、に今更ながら眼を開かされたわけである。

ところで、なぜそんな単純なことが今まで分からなかったのか。それは、最初に習った人の教えが、そうだったから、ということに尽きる。それが悪かったということではなく、自分的に、それが行き詰ったので、ようやく他に眼が向けられることになった、という次第。

だから、何がいいかということは、紆余曲折、苦労しなければワカラン、という結論。当たり前だが。

ここから、初めて自分なりに一人歩きすることになるわけである。

昔から伝わってきたナントカ流といわれるもの、家元があって、宗家がいて、師範がいて・・・というものは、それぞれが秘伝とか口伝とかいうもので、門外不出を守ってきたために、今でもその真髄は分からないところが多いのである。

それらが、お互いに、ひそかに守り続けてきたので、お互いの流儀がどうも良く分からない。だから、その中のどれか一つを学ぶとすると、向こうのことはわからないままで何十年とそれを続けることになる。この開かれた世の中と言えども、である。

そこには代々の流派が頑固に守りを固めている。であるから、ある程度、進んでくると、個人的にはどうもこのところがこれまでの流儀ではうまく行かないが、というところが出てきても、解決できない。他の流儀で行けば、簡単に、なんだ、こんなことかい、というようなことでも、だ。つまり隘路である。

では、他の流儀を調べてそれを自分でやればいいではないか、ということになりそうであるが、それがまた簡単にはそうはいかないのである。

あいつは、ナニナニ流のやり方で、やっている、不届きものである!!になっちまう。この時代でも、だ。最近、ワシは他の流儀の人からその伝書のような非売品を借りてきたが、彼曰く「アンタと同じ流派の考えの人には見せないでくれ」と。争いになる、というのである。師範同士が大喧嘩をしたという話をしてくれた。

こうして、伝統の流儀は守られ続けると同時に、不合理も引き継がれるということになる。すると、それをむりやり守り抜こうとするものだから、権威付けが必要になる。

ワシらの方は、将軍家のナニナニである、とか、御前試合で勝ったのはワシの方じゃ、とかいうことになる。つまりは意地の張り合いである。だから非売品やら秘伝やらあるいは口伝やらで、ひそかに密かに伝えられる。

もっとザックバランに、オープンに開いちまえば、良いとこ取りで、すばらしいものができると思うのであるが、こういう考え方は実に危険思想なのである。なぜなら自分たちの祖先から必死に守り続けてきた流派が破産するからである。家元は倒産するのである。

イヤア、難しいものであるなあ。この伝統のナニナニ流というもの。

ワシかい?ワシはもう先がそんなにないから、他の流儀も取り入れて、要するに良いとこ取りにして、しかもそれが見えないようにうまくやっつけようと思っておる。ズルイ!

おそらくこれまでのナニナニ流も、こうして少しずつ改変されてきたはずであって、そうでなければ、まったくの不合理、ナンセンスだけの博物館行きのしろものと成り果てていたに違いない。研究工夫は、どの流派でもこれも密かに行われて来たに違いない。たぶん、他の流儀も、こっそり盗んでいたと思うよ。

ワシはワシ流でいく。納得できなければ、そのやり方、分からんように捨てます。なに、どうって言うことはない。分かったからといって異端者、ヒネクレ者で通せばいいのであります。もう後はないからね。独行でいきます。誰かが評価するかも知れん。慧眼の士がみれば高い評価をしてくれる、としておこう。

ワシ流を秘伝にしちまう、という密かな楽しみもあるし・・・。ふふふ。

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なんだろうね、犯罪に巻き込まれる近頃の男は

事情は本人でなければわからんが、ニュースで見る限り、次々に女に騙される?男達。むりやりクスリのまされたり、給料前借されたりして、挙句の果てに、あの世に送られる・・・。

女の方が凄いのか、それとも男たちが、キョウビは、軟弱になっちまったのか。ワシにはとてもワカラン。

無理やりクスリ飲まされそうになったら、「何しやがる!!バカタレ」ぐらいは言ってもいいんじゃないのかい。むろん、飲まされやしない。

給料前借されたら、「おまえ、俺の給料、どうするつもりだ!!返せっ」と怒鳴ったりしないのかい。第一、会社にそんな女が来たら、上司に給料渡さないでくれ、と言えないのかい。

何千万円もみついだ、という老人もおったが、何で??そんなに口がうまいのかい、そういう詐欺女って。

その挙句の果てに、あの世に送られちまう。なんだろうね、犯罪に巻き込まれる近頃の男は。もっとしっかりせんかい。

そんなに女がいないとダメなのかい?ひとりじゃサビシイ?まあそれはワカランでもないが。このご時世、ひとりポッチの男が多いからねぇ。うちに帰ってもだれもいない。ひとりでコンビニ弁当食べて、万年床に入ってテレビ見ながら寝ちまう。そうか、サビシイのか。だが、そういう生活がサビシイのではなく、そういう男が、男としてサビシイのである。

仕事もそこそこしておる人たちばかりみたいだし、晩年にお金貯めていた人もいたようだし、まあ外見的には、しっかりしている人たちだったのではないかと。

現代人の、孤独ですか?

だがねえ、孤独はこれはもう男の勲章みたいなものであって・・・。(エラソウに)寒かったら、コートの衿たてて、夜の街、ほっつき歩くのだってけっこうサマになるはず。ひとりポッチって、けっこうかっこいいものなのだ。

自分なりの生き方模索しながら、じっと耐えて生きる。仕事は当たり前にこなしつつ、寄って来る女横目に身ながら、我が人生考える。かっこいいじゃないか、そういう男。

渋くて深みのあるいい男になる。そういう絶好のチャンスなのだ、孤独な時代は。

ヘンに寄って来る女に、ロクナもんはおらん。もっと矜持というもの、欲しいと思うなあ。

と、イキガッテみるが・・・。どう考えても、男が弱っているなあ、キョウビ。男の野生がどうも弱っておる。腑抜けになっておる。独立しておらん。女など蹴散らしていく、という気概がないと、ダメじゃ。そういう野生が本当は、女を引き付けるはず・・・・なのだが、今の女はどうも騙されやすい男を狙って、金を巻き上げようとする。

男女同権もけっこうだが、男には男としての生き方があると思うのだが。

こういうのはもう古いか。ワシは古くてもいいから、ヒネクレテ、突っ張って生きたいね。もう人生後半、これまで生きた以上の歳、生きられるわけじゃなし。

というわけで、あらためてワシは、自分の古ぼけた人生観もまんざら捨てたもんじゃない、と、思った次第でありました。

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いつまで続く穏やかな日々

このところ、暖かく、穏やかな日々が続いている。北の方ではもう、冬そのものになっていると思うが・・・。

こういう穏やかな日々を過ごしていると、なんだか、却ってこれでいいのかニッポンみたいな、ヘンな不安感もよぎるものである。

そこで、ワシはこんなヘンな句をまた作ってしまったのだ。

 日向ぼこする濡れ縁もない我等

この句を解釈すれば、ツマランことになるのだが、我等、はワシらと読み変えてよい。ワシらのこの歳周りのものは、と言う風に理解すると、グンと分かっていただけよう。

濡れ縁は、若い人たちには、ワカランと思うが、掃き出しの外に、つくる縁側と思えばよい。縁側、掃き出し、ともに分からないか・・・。

では縁台、というのは分かるだろうか。昔の絵などに出てくる夕涼み。オジサン達が将棋盤を囲んでいる。坐っているのが縁台である。今の椅子とも違うが、ただ長い木の台であって、そこに・・・・こんなこと説明するのも面倒くさいなあ。

ともかく、今は、濡れ縁と言うものもなくなっちまって。もう面倒なのだ、俳句の解釈と言うものは。そうして説明すればするほど、色あせてくる。つまらなくなっちまう。

感じたままでいい、というところに落ち着くのである。

さてさて、小春日和というのは今日のような日のことでして・・・。ワシは小春日和といえば、すぐにこの句を思い出す。けだし、名句である。ワシの句と比べればはっきりする。

 玉の如き小春日和を授かりし  (たかし)

この玉の如き、がいいし、なんといっても「授かりし」、が凄い。ワシら何でも自分で手に入れられると思っているが、トンでもねぇ。デカイこというな、今日みたいな小春日和が人間の力で何とかなるものか。授かるしかない。ハハァ、と平伏するばかりだ。

こういう日の感想、ピタッと言い当てる俳句。なんにでも名人というものはいらっしゃるのである。

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ファイターズ負けた要因素人分析

負けた要因は、ワシの路地裏分析では、二つある。

一つは、貫禄負け。どうもジャイアンツという名前に負けている感じがする。ビビルのである。それがちらちらと見える。

二つ目は、勝ちを急いだこと。ジャイアンツは昨日負けてもまだ、試合はあるという余裕が感じられたが、ファイターズは、絶対に勝ちたい、という欲が出すぎて、ガチガチに硬くなっている。あれでは打てない。肝心なところに来ると、三振したり、ポップフライになる。勝ちを急いだからである。

この二つの要因は、どうしようもないと言うような、難しいことではなく、監督やコーチが、もっと余裕をもって、選手をリードしてやれば、乗り越えられたと思うのである。

球団が一体となって、勝ちたい症候群にはまってしまった。その典型的な一例が、最後の打者の最後の空振り。あんなボールを思い切り振ってしまうのである。

でもまあいいか。ファンをどきどきさせたし、もしかして北海道に日本一が、という夢を抱かせてくれたし・・・・。

選手は緊張の極にあったろうが、もう少し、肝心なところでヒットが出ないものかと、見ているほうがイライラする。

思うに、高校野球の「無心で」という得意のフレーズ。あれって、なかなか大事な言葉かもしれん。ともかくふだんの力出せば、全く互角だったのに、と惜しまれる。

ま、こんなところかな。素人野球評論家としては。

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ノンビリしたものだ、田舎の夫婦

田舎の友人が、と言っても、勤め人であるが、稲作を始めたという話、ブログでも書いたようなきがするが、その人が、今年初めて収穫したといっていた。

4人で畑を借りて収穫までこぎつけたという。どれぐらい獲れた?と聞くと、400キロという。これを4人で分けたので、一軒当たり100キロ。まあ、夫婦二人でなら1年間は食べられる、と嬉しそうであった。

籾のままで保存しておき、すこしずつ精米していくという。いいじゃないの、そういう食生活。

大根がたくさんできてさあ、とこれもまた嬉しそうであった。夏の畑には、トマトもできていた。若夫婦だけの生活であるから、10本もあれば、毎日食べられる。

米あり、野菜ありで、自給自足ができそうである。ただ肉類やら海草などは買わないとダメであるが。

勤めといってもユルイところらしく、よく休んでいるが、休みの時には、近くの山へ行ったり、家の周りの大工仕事などしている。スローライフとでも言うのだろうか。なにか大きな仕事でもしてやろうという意気込みは全く感じられない。なんだろう、自分の好きなことを、入るだけのカネで賄っていく、というような考え方らしい。奥さんもアルバイトのような身分ですと言いつつ、働いているが、同じような考え方である。

都会に出て行くととにかく疲れます、と言う。もともとは東京のデパートに勤めていたのである。面白い夫婦である。子どもはいない。なにか人生設計に考えがあるのだろう。ワシも子どものことは聞かないようにしている。

ところが、瀟洒なログハウスに入ってみると、中には、最新式の?あるいは高価な?ステレオ装置があり、洒落たジャズなど流している。車も、ワシはワカランが、英国の小さく赤い方には、奥さんが、旦那さんは、トラックみたいな、4厘駆動の凄いのに乗っている。

アルコールはワインと来る。なかなか自分流である。こうして都会のガチャガチャした生活から離れて優雅に暮らしている、ように見える。

しかし、少し話してみると、「江戸時代の平均寿命はもう自分の歳と同じです」とややニヒルである。大病を抱えているらしいのである。

まあこんな風に生きるのも、これまた人生であろう。ワシの若いときだったら、こういう生活は最後にとって置くぐらいで、やはり仕事で活躍?したほうがいいと思っておった、ような気がする。が、もう忘れてきたなあ。

ところでワシの鼠の額!!ほどの畑のサツマイモ、まあいいほうだろう。さっそく落葉を焚く時にアルミホイルで巻いて、食した。とりたてであるから、やや水っぽいが、まあこんなもんだ。

ニンジンが良く出来た。なぜかはワカラン。そして、玉葱の苗、100本、植えた。500円である。安いのか高いのかはワカラン。またできるか否かもワカラン。できれば食する、只それだけである。近所の農家のオジサンも、3束ほど買っておった。

それと、渋柿。皮を剥いて、吊るし柿にする。これも野菜売り場では、あっという間に売り切れちまう。甘くなるまでの間が、嬉しい。

そんなこんなで、数日だらだらと過ごしたのである。また一日、温泉に入ったのであるが、最近はバスで、団体が都会から乗り込んでくる。これには参る。あっという間に湯舟がジジイであふれる。女湯の方がもっと凄いらしい。団体で動くのはオバン優勢。どこへいってもカナワン。

ときには、こういう政治やら事件やらから隔絶された世界で、(なにしろテレビも新聞もない)ゆったりするのも人生後半、大事であると思いました。

ぼんやりしていて俳句もできなかった。

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搾られるぜ 政治に

というのは、エコと言いつつ、(この概念も良く考えるとワカランところあり)太陽光発電、国策としてやり始めた。

これが今、ものすごく売れ始めたと言う。つまり、電気を買いますよ、という政策からである。

戦略局のボスが言うには「いいですか、みなさん。これは全く税金が、かからないんですよ。国が皆さんの家で発電した電気を買うんです」と。

ところが、ワシはこれを調べてみたら、設置に250万から300万円掛かる。さらに耐用年数は10年。それ以降は、メンテナンスにむろん費用が掛かる。これをとりもどすには、やく30年と言われている。

若い人ならいい。ワシら後半人生組は、たぶんそれまでにはオサラバしておる。さらにさらに、電気料金のアップ分は国民負担になる。つまりこういうことになる。

カネモチで、まご子のいる家で、しかもその家を必ず譲りますという考えのお宅は設置したらよい。

何十年か後では、得するだろう。

ということで、あわてて国策に飛びついてはならん。特にワシのような、高齢者の仲間にはいっているもので、しかも預貯金、少ないものはやめた方がよい、という結論である。

今のままで毎月アップした電気料金、節約していくほうが、生き延びられる。わし等の預貯金はなぜこんなにも、(ワシは別にして)この国では蓄えているのか。それはこの国では老後の保障がないからである。だから少しずつ貯めこんで、葬式代くらいはじぶんで出そう、と思っているのである。

政府は、それさえも吐き出させようとしている。何の景気対策も社会保障の充実の方向も示さずに、だ。たぶん、国民の預貯金ねらいである。はっきり言って。

であるからして、ETCもワシは設置しない。高速道路無料化になるから、ではない。そんな政策、完全にできるわけがない。かならず、なし崩しになる。一部、儲かる道路は残すはずだ。ところで、ワシは、そんなにあちこち高速で行きやしない。やはりこれもうまいコト言われて、懐から吐き出させようというコンタンであろう。

マイナス25パーセントのつけ。ワシが言うとおりになってきたなあ。環境保護税、来たなあ。さらに国連では、日本からの援助、待っているはず。あたりまえだ、あれだけ世界にアッピールしちまったのだ。ゼニよこせ、になるに決まっている。言いだしっぺは、ハラワニャナラン。それもひょっとしたらニッポンより金持ちの国に、だ。

こういう風に、どうも政治というものは、どこかインチキであり、アホなのである。霞ヶ関がオオバカなのではない。権力握りたいだけの政治家が、アホなのである。今日本は、金を捻出するのに、躍起となっている。政治家は自分の高い報酬は黙ってもらっておいて、わし等に、懐緩めさせて搾り取るつもりである。

余人は知らず、ワシは、エコには乗っからない。ハイブリットカーも買わない。今の車、つぶれるまで乗る。どうせ、あと三十年も生きちゃいない。自分の使いたいところに金は使う。といってもたかが年金。たいしたことは出来やしない。だからこそ、政策の巧妙な搾り取りには、使いません。

どうせ、ムダの排除の最骨頂は、わし等人生後半組なのだ。わし等こそ、排除されたら国家としてどんなに身軽になるでしょう。そういうターゲットにされかねないのが、政治というものだ。どんなにうまいコト言ったって、カネの無い政府では、身動きできまい。これからどんな苦し紛れの政策打ち出すか、空恐ろしい。しっかりせんとなあ、わし等。

というところで、今日から、今週末まで、芋掘りに畑へ行ってくる。芋でも食って、1週間でも十日でも生き延びんとなあ。ったく・・・・。

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海外流出は、技術だけか

という大きなテーマで書けるわけはないのだが、昨日、大きな武道館に行くことがあった。そこで、体の大きな外国人が、柔道着のような稽古着を着て、なにやら武道をやっているらしいのが見えた。

中に入ってはいけない、というので垣間見えるだけの様子であるが、(こういうところにニッポン人特有の秘密主義みたいなところがあるのだが)袋竹刀を持って叩いたり、技を掛けたりしているので、合気道のようなものと思われる。

この合気道と言うものは、ニッポンジンでもどんな武道なのか、あまり見かけないし、よく知らないと思われる。それを半数以上はどうやら外国人が稽古しているのであった。

全員裸足である。ロビーに出てきて、談笑している。それに混じって、日本の若い女性が、これもやはり裸足で、稽古着きて、何のお化粧もせずに、ロビーで立ち話していたのであるが、ワシはなんだか、ニッポンは、武道までも流出してしまうのではないか、という危惧の様なものを感じてしまったのである。

ジュードーあるいはスモウレスリングと同じく、伝統的に磨いてきた日本独特の武道あるいは武道的なるもの、外国人はそのままそっくり受け入れることはまずないであろうから、少しずつ原型は変形していくだろうと思われる。それがいいのかどうかはワシには分からんが、なんだかニッポンジン大丈夫なのかい、と思ってしまうのである。

多くの大きな外国人に囲まれていた、あの若い女性達では、これからその武道を託すのには、失礼ながら心細いように思われた。

ま、そんなことはワシが心配するようなことではないのだが・・・・。なんとなくニッポンジンとしてのアイデンテテイが、崩れてしまうような、不安感をもたざるをえなかった。

なんでも外国に流れる。環境の技術も、効果ガス削減ぶち上げた手前、どんどん提供するようになろう。それはまあ人類に貢献するのではあるが、景気優先のけっこうな金持ちの国に、提供するのもなんだかすっきりしないのである。

ようするにワシがケチだ、ということか・・・・。

もの言えばくちびる寒し・・・であるなあ。

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いきなり怒り出すお年寄り

時々こういう年寄りを見かける。

今日も、体育館で、運動のようなものを何人か集まってやったのだが、いきなり、外の広場の方から、怒鳴り声が聞こえる。

驚いて見ると、60台か、と思われる髭を生やしたオヤジが、通る人に向かって怒鳴っている。そのオヤジは時々、我われが使用してる体育館の一室の前で、空手の突きの練習をやっていた。

その様子を、通りがかりの女性が(中年の女性の声だった)じっと見ていたらしいのだ。それを「なんでじっと見ているんだ、バカヤロウ」と怒鳴ったのであった。

女性は何か口答えと言うか、謝ったというか、言葉は聞き取れなかったが、そんなことがあった。なんだろうね、このオヤジ。

ところがワシらの団体の中で八十歳を越えた人がいるのだが、その人もいきなり怒鳴ったのである。空手のオヤジに関連したことではない。ワシらの中で、ナニカ言った人がいて、その人に怒鳴ったのである。あとから言われた人になんと言ったのか、聞いたが、別にたいしたことではない。順番を守ってやりましょう、ぐらいのことであった。怒鳴り出すような内容ではなかったのである。

ふだんはこの人はおとなしい人で、紳士である。ニコニコしていて、だれにも愛想がよく、ウケも良い人なのに、である。

思うに、これはやはり加齢から来るナニカ、なのであろう。ボケるとかそういうたぐいのものなのかどうか、それはワシには分からん。だが、けっこうこういう風にキレルオヤジがいるのである。オバンも見かけたことがある。

通りを歩いていて、オートバイがそのオバンの側を通り抜けていった。ばりばりっと、爆音響かせて。これはやはり頭にくる。オバンは、その若いウンちゃんに向かって、「ナンダヨー、うっせえなあ」であった。大声である。ウンちゃんが機嫌を損ねたら、アブナイところである。

この女性もけっこう洒落た服を着た60台くらいのちゃんとしたオバンである。オートバイはたしかに(うるせえ)のだが、このオバンの罵声の方がもっと衝撃的であった。

ワシもこのごろ、いきなり立腹することがある。掃除などしているときに、掃除機がなかなかこっちに動いてくれずに、敷居などに当たって動かない。こんなちょっとしたことにリップクしてしまう。「コノヤロー、なんでこっちに来ねえんだ!!」と掃除機に言っている。

これはやはり、老人性の頑固症とでも言うべき病変なのかもしれん、と思うのである。

怖いのはそれに気づかないで、ナニカというと、怒鳴りまくったり、突き飛ばしたりする、そういう異常行動に発展することである。

他からの忠告も、歳を取るとなかなかしてもらえない。気の毒に・・・・で終る。ワシもいきなりリップクする時には、自制しなければ、と思った今日この頃である。

こういうことを書くのも、クソッと思ってしまうのである。ダメだこりゃ。

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よくよく考えてみれば世は何事もなし

というのが一番である。

それで今日は、何事もなし。

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スタンダードなビッグバンドなど

やはりいいね。

ワシもジャズやら聞いたりするのは好きだが、新しいポップスはダメだな。なにやらリズムもガチャガチャだし、和製ポップスはまったく歌詞がつまらないし、メロデイもむしろ古臭い。歳のせいかも、とは思うが、やはり音楽的には往年のビッグバンドやら、コンポ、MJQ,オスカーピーターソンなどのものがいいな。

そして今は、グレン・ミラーとベニー・グッドマンをレコードで聞いておるが、やはりいいなあ、懐かしいと言うか、なんだか故郷に帰ったような嬉しくも落ち着いたいってみればリッチな気分になれるのだ。

グレンミラーなら、やっぱりムーライト・セレナードでしょう。イン・ザ・ムードもいいがね。ワシのもっているベニー・グッドマンのレコード、まずはレッツ・ダンスから軽快に始まって、ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイト、サヴォイでストンプと続き、裏面はなんといってもエア・メイル・スペシャル・・・・。

秋の夜にはこういうビッグで優雅なやつがいいね。

その他、スタン・ゲッツも好きだし、ビリー・ボーンなどもたまに聞くと嬉しくなる。またサッチモもやはりいい。しわがれ声がなんともいいね。

しわがれと言えば、ビリー・ホリデイ。しみじみといい。秋の夜なんぞにじっくり聞いたら、深々としたジャズの感動に浸れるぜよ。彼女の人生などにも思いを馳せたりして・・・。

クラシックでもそうだが、ベートーベンやらシューベルトそしてモーツアルトなどの時代というのは集中している。その後では、ワグナーぐらいだろうか、大作曲家っていうのは。ワシはブラームスは嫌いだし・・・。

こういう音楽通と言う連中はうるさいもので、紅茶通などと同じで、ちょっとでもガキっぽいことを言うとフン、と鼻であしらわれるのであるが、ワシは、どうせ横丁のアホジジイであるから、かまうことなく書くわけであるが。

ともかく、なにかと世間がうるさかったり、自分がうまくまとまらなかったりしたら、ワシは運動するか、図書館で気に入った本を借りて没頭するか、音楽だな。音楽は不思議なもので、その時の気分で選ぶ曲が違う。

秋深まるこの時期はやはり心落ち着くスタンダードなものがいいね。

もう、ワシは新しい和製ポップスやらは、これから先聞かないでも良い。老い先あと何十年かあるいは何年かワカランが、これまで聞いてきた好きな曲、繰り返して聞くだけで十分だな。けっこうあるぜ。古いレコード。若いときに仕入れておいた好きな曲、小出しにして愉しむ。だから若いときにアホな曲ばかり聞いていたら今頃は、「りんご追分」しか知らんサビシイジジイになっていたろうと思う。大事だな、若いときのブンカの仕入れというもの。

いつだったか、俳句でサッチモと言う言葉使って句会で発表したが、ほとんどのものは知らなかったのには驚いた。「何よ、サッチモって。にっちもさっちもなら分かるけどさ」だってよ。ガッカリだよ。同年代でサッチモも知らないとはなあ。意外に、普通人は?知らんよ。こういう音楽があるって言うこと。勿体ないねえ。その時の句。こんなのだったと思う。ちょっといいだろう?

 ヨットからサッチモ流れ日が暮れる

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人生設計などできるものなのか

人生も後半になって、若いときに描いていた人生設計というもの、果たして描いたとおりになっているかというと、これはノーだな。

つまり、設計は未来のことであるから、時々刻々と変化していく時間の中で、考え方も変わり、環境も変わっていく。そのなかでたとえば10年後にはこうする、だからそれにあわせてこういう風に設計して、それを実行する、などということができるはずもなく、もしそれができたら、その人の人生は予定調和であって、多分つまらんことになる。

着々と、金持ちになったぜ、予定通りにいってるぜ、というのはそれはそれで悪いことではなかろうが、計画立てたときからその人間は変わっていないということを意味する。

こうなった方がいいと思う方向を目指すのは誰でも同じだが、その方向がもし、変更せざるを得ない状況になったときには、どうする?

強引に、予定通りに進めるのか。つまりはいわゆる頑張ろうね、ということで進んでいくのか。もしそのまま突っ込んでいったら、後戻りできない大失敗の結果となる、とはっきりわかっているのに、なおも進むというのはどんなもんだろうね。

いや、こんなこと書くのは、二十歳になったときに、ハタチだからこうしよう、とおもっていたことがまず、崩れた。それからもたもたするうちに30歳になる。30歳になったらこんな生活をしようなどと設計する。だがそれも叶わない。やれやれ、40歳になる。え!40歳だぜ、不惑の歳じゃん、と思う。だが、凡人には不惑もヘチマもなかった。やはりうろうろと迷ってばかり。

そうして、50歳、60歳となる。退職を期に、こんどこそこんな生活にする!!と意気込む。ところが思うようにカネも回らず、体がどうもあちこち具合が悪くなる。やっぱダメじゃん、ということになる。

ワシの尊敬する俳句の先生は、八十歳を優に越している。ある会員が「70歳になったら、すこしは大人になれると思います。達観できると思います」といったところ、「おんなじですよ、70歳になっても」と言われた。

ワシら凡人というものは、こんな風なのだ。

30歳になった人が、後10年間が勝負だよ、などと40歳を越したものから言われて、焦っているのを聞いたことがある。ところが、その40歳越したヤツと来たら、まったくダメなヤツなのである。これって、どーいうこと??やっぱダメじゃん、40歳になっても、ということじゃないの??

ま、せいぜい若い人は頑張ってもらいたい。ワシのようなモンクばかりのクソジジイにならんようにね。

というところで、また一句。駄句である。やっぱダメじゃん。

 誰に見せるでもなくセイタカアワダチソウ

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がんばっているのは、年寄りだけじゃなく

ゴルファーの少年。なかなかたいへんものらしい。ワシはゴルフは全く分からないが、失敗を恐れない果敢なゴルフだそうだ。

ワシなどああいうスポーツは、攻めるも守るもないように思っていたのだが、やはり攻めて行くということがあるという。

誰でもが一流になれるわけではないが、幼いころからその望みが強かったということであろう。

たいていは、中学生から高校生になる頃には、道に迷って、あれこれと試していく。そのうちに何かに当たるだろうと考えて、進学したり適当な働き口見つけたりして、なんとなく歳を取っていく。

しかし、中には、この少年のように(もう少年というにはオトナであるが)おなじ夢を持ち続けるものも居るわけである。

それはそれで、けっこうなことで、なんのモンクもないわけであるが、ワシが不思議に思うのは、ごく幼い時からその道一筋で進むことになんのギモンも持たないということ。それがニンゲンとしてものすごく不思議なのである。

大概は、これでいいのかな、自分は他の道に進んだ方がいいんじゃないのか、と迷い、何らかの仕事につく。しかし、その仕事をしながらも、もっと自分を生かせる仕事があるんじゃないかと、やはり迷い続ける。そのピークがたびたび来たものである、ワシの場合。

退職間際になって、いい加減に辞めちまうかとも何度も迷ったし、いや、ワシは、そういう迷いニンゲンなのかもしれん。

だが、それはそれでいい、と思うようになったな、この歳になって。

一直線で進もうとしても進めないのは、そういう一つの生き方であって、それを無理して変えよう、何でもいいじゃないか一つの道に進めばいいのだ、と押さえ込んだら、却ってノイローゼになったり、行き詰まりが強く来るようなきがする。タイプを無理やり変えるのは良くない、と思えるようになってきた。

昔は、性格?そんなものは努力次第でなんとでもなる、と思っていたものだが、結局は未だに、愚図だし、優柔不断だし、内向的だし、いつまでも悔やむタイプである。それを変えるのはこれはもう特に人生後半にきたら、至難の業である。このダメな自分と付き合いつつ、そういうニンゲンだからこの場合はこうしようと少しずつ客観的に動けるようになってきたのは、年の功というものであろう。

そういうわけで、この少年ゴルファーを見ていると、すごいなあ、一直線なんだ、と思う反面、けっきょくそういうタイプなんだろうな、と諦念のようなもので、見ている。

だれでもが同じような育て方をすれば、そういう風になる、というのは残念ながら、たぶんハズレだろう。ひよこが生まれるには、中から殻をつつく力と、そとから親鳥が殻を壊す力とが同時に働かんないと、ヒナは殻を破れないと言うではないか。

この歳になれば、落ち着いて世界を見て、間違いのないしっかりと自分の生き方ができる、というのは幻想であった。ということがヨーク分かったのである。ま、それだけでもいいか。

ともかく、少年ゴルファー、オジサンゴルファーしり目に掛けて、賞金王とは、スゲエなあ。オジサンもがんばれ!!少年に負けちゃイカン。カラゲンキです・・・・。

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孫の自慢話しかしないのは

傍で聞いていて実に苦々しいもなのである。

聞く方に孫がいようといまいと関係なく、だれもがいい加減にしやがれ、といいたくなるはずである。

アンタんとこの孫が、どんな生活しようと、栄誉栄華につつまれようと、そんなこと、ワシゃ知らん、というのが周りのものの反応である。

ところがジジイの中には、そんな自慢話しかしないヤツが居る。

今日もある会にでたら、そのジジイが話し初めた。

「内の孫だけどさあ」来た来た!!「町内のマラソン大会に出るんだよ、選手だよ」

ああそうかい、それがどーした??ウン?

あんたんとこの孫が、町内でマラソンに出ようが、パン食い競争でアンパン、喉に詰まらせようがそんなこと、どーでもよし。ワシらは自分のことで精一杯なんじゃ。老人ホームの順番待ちの話のほうがずっと耳を傾ける。

ところが周囲のもの達が適当にあしらっているのに、気づかない。延々と練習が遅くなってもがんばる、とか、いつも小さい時から足が速かったとかいい続ける。

ワシはこういうジジイは、一種の公害であると思っておる。帰れともいえないし、誰も聞いていないと、人の前に立ちはだかって、話を聞かせようとする。あっちへ、行ってくれ!!と言いたいのだが、会費払っている仲間と思うから、あんまり邪慳にもできない。

だが、こういう人は、なにかトンデモナイへまをするものである。そういうときに、こっぴどく叩かれる。この時、とばかり。

今日も、ピシッとやったのだが、しかし、なんとも感じないのである。認知症?それにしては元気過ぎる。何とかならんかい、こういう公害ジジイ。ったく、帰ってからもしばらく不愉快になっちまう。もう川柳みたいな俳句みたいなケッタイなもので、やっつけるほかない。

  孫自慢帰ろうよ敬老日

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ペットを飼うプラスとマイナス

まず、プラスの面であるが、これはなんといっても癒し効果である。犬はどこまでも忠実。ご主人様のためなら・・・というところがなんともウレシイ。これでイヤナコトのあれこれ、忘れる。

バカヤロー、あの上司!!シネ!!と思って怒りをもって帰ってきたとする。玄関を空ける前にもう忠実なるシモベが、尻尾振っているのがガラス越しに見える。ガラっと戸を開ければ、千切れんばかりに尻尾を振って、ご主人様をお迎えする。これでほぼその日の、アンチクショウの怒りは、おさまる。

そうか、ワシにも味方がおったんかいな・・・忘れ取ったわ・・・・

猫でも同じであろう。ソファに坐れば、ニャーとかいって膝に乗ってくる。そうしてゴロゴロと喉を鳴らす。あたたかい猫の体温感じると、そうか、おまえだけは、あったかいなあ、あんがと。

ということになるわけである。

しかし、マイナス面というか、メンテナンス?もあることを忘れると、ひどい目に会う。

たとえば、アレルギー。動物の毛もあろうが、フケやら、ダニやらのために、アレルギー引き起こす。全ての人ではないようだが、ワシはどうやらそれにやられた可能性がある。それからは、掃除オタクになり、毎日掃除機で家中、掃除して回らないと気がすまなくなっちまった。汗をかくほどに、やる。

犬であれば散歩させなければならん。フンの始末もしなければならん。クサイが、それができなければ、飼ってはならん。自由に家を空けるわけにもいかん。ワシのところは朝晩必ず散歩させなければいかん。家の中で粗相されてはかなわん。

予防注射もしなけりゃいかん。ワシのところは雑種で強いので、病院へはまずいかないし、たとえ具合が悪そうでも、おまえが悪い、と言い聞かせ、放って置くから治療費かからないのだが、血統種で、ウン十万円も払って飼ったお犬様だと、病院通い、けっこうな額になると聞く。知り合いは、やれ手術だの、CTスキャンだのと、人間よりずっと医療費がかかっていると、ぼやいておった。餌も、特売で買うワシとは違って、ものすごくタカイ餌、食わせておる。お犬様の方が食物アレルギーだとか。肉が食えない、牛乳が飲めない・・・。お食事、ご主人様の手作りとか。えらいこっちゃ。

年に一回行く獣医が言っておった。ハヤリの犬、飼ったはいいが、そのうちに飽きがきたり、面倒見るのができなくなると、捨てちまうんだからねぇ、今の人は。と。

そう言われて見ると、このごろ大型犬のハスキー犬がまったくといっていいほど見かけなくなった。それに代わって猫みたいな、チョロチョロしたやつを、細い紐つけて歩かせているネエチャンを見かける。時には抱っこしたまま散歩しておる。なんだろね、あれ。

捨てるのも簡単じゃろうな。ちっちゃいからなあ。

ワシはやはり犬は犬らしくないとツマラン。手の平にのるようなヤツでは、鼠を飼っているようなもんじゃ。吠え声もチャンチャンキイキイと、およそ犬らしくない鳴き声である。まあ、それが良くてウン十万円出して、ワクチンたっぷり打たれたお上品なお犬様を飼ったのであろうから、ワシら昔人間はグチャグチャ言ってはいかんが。

それにしてもワシのところのような、雑種、見かけなくなったなあ。みるからにアホそうな顔したただでっかいだけのヤツ、赤い犬、明らかに何種類も血が混じっておると分かるやつ、などなど。主人には吠えるが、泥棒が来ても黙ってみているような個性のあるヤツ。残った味噌汁のぶっ掛けメシ、ガツガツ食うヤツ、いないなあ。

それだけワシらの方も、ペットに癒しを求め過ぎて、外で犬が飼えず、軟弱になったのであろう。犬飼って、アレルギーなんてワシのガキのころには聞いたことなかったものなあ。

犬も迷惑であろう、人間に振り回されて。あまりペットブームに浮かされない方がよろしいと思う。ワシは、今のヤツがめでたく往生したら、二度と飼わないつもりだ。大変だもの、この管理。これだけ懸命にきれいにしても、喘息アレルギー出るようだったら、これはもう考えものである。ペットにやられるくらいなら・・・。ほんとうはこういうたいへんなリスク背負っているのである。たかが犬猫ハムスター、などと笑い飛ばしてもいられぬ。そういう時代である。

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年金が減っていく!!

定期的に年金の振り込み額が届く。

これが実に巧妙に減っていく。ある歳になると、介護保険料としてけっこうな金額が、削られる。

景気が悪いと、それに応じて減らされる。逆に景気が良くなっても、それほど上昇しないようになっておる。したがって実質は減っていく。

こんどは、配偶者控除もなくなるというから、またまた減っていく。高速道路がタダになるといっても、ワシらは高速は一年に一回も乗らない。多分、どこかで穴埋めさせられる。だから減っていく。

CO2マイナス25パーセントを推進すれば、他国へ技術援助をやるようになり、光熱費等で年間何十万円か払うから、その分、減っていく。ましてや環境税など取り始めれば、またまた減っていく。

ちかごろ市の所有する公民館やら体育館やらで駐車料金取るのが当たり前になってきた。それで、ただで利用できたところに払うから、やはりワシらの年金収入は実質減っていく。

アチコチで別々に取るから、取る方は、勝手に取るばかりだから、他のことなど知っちゃいない。だから取られる方は一人だから、どんどん減っていく。

こうして、人生後半にあるものは、後になればなるほど、どんどん年金は実質減っていく。

病気になって働けなくなっても、ホームなどなかなか入れない。つまり、年寄りには死んでもらいたいのだ、国は。はっきり言って。

こんどの政権も、つまりは議員さまの収入は多額であるから、かっこいいことは言うが、結局はワシらの痛みなどわかりゃしない。分かろうとするなら、年金と同じ議員報酬にすればいい。そうすればこりゃたいへんだ、となる。

国民のみなさまの手に政治を取り戻しましょうなどとカッコイイこというなら、まずは、議員報酬をグンと低くしたらいい。年金額では、政治活動できない、と言うのなら公務員の平均給与にセットすればよい。そうすれば懸命になって景気回復を考えるし、病気対策も考えるし、老人ホームのことも考えざるを得ない。そうしてやっと庶民が見えてくる。

あらたに議員になった人たちのなかには、昨日までワシらと同じ収入の庶民生活だった人がいたはず。その人たちは、おそらく仰天したであろう、議員報酬と周囲の取り巻きの待遇のよさに。だが、すぐにそのうまい味、たっぷりと味わってしまうから、改革などどうでも良くなる。

だからいつまでたっても、真に国民のためになどとは思われないのである。

人間、理想ばかりでは生きられぬ。花より団子なのだ。自分から議員報酬、下げましょうと言っている議員は一人もいない。

ワシは自分で痛みが分からない人間が、福祉やら医療やら、老人問題やらを論ずる資格はないと思っている。したがって、結局は、この国の政治家には期待できない、ということになる。

またまた政治家への愚痴になっちまった。

もうこんなコト言っていたって何にもならん。風呂に入るのは2日に一回にするとか、床屋へは行かないでうちで刈っちまうとか、バーゲンでしか買い物は買わないとか、暑い時には冷房タダの図書館へ行くとか、寒い時は、布団かぶって寝ちまうとか、そんな風にして、切り詰めるしかないぜよ。これって、今の政権のやり方とおんなじジャン。モトの収入は減っていって、その中でやりくりするだけで凌ぐ、という・・・・。

国もジリ貧、ワシら年金生活者もジリ貧。

啄木の時代と変わらんなあ。我が暮らし楽にならザり。じっと手を見る・・・。ウーッム、ワシの手相、金運線?がちょうど後のほうで、プッツンだ。

なんだか近頃、鏡を見るのが怖いのだ。ものすごいくたびれた、貧相なジサマが映っておる。

ま、しょうがない。この国とこの時代に生まれ合わせちまったのだ。ジリジリと生きて行くほかなし。

なんとなくこの題材では俳句も出ないなあ。クソジジイの執念見せてやらねば・・・。

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二人のオジサン

ワシが時々行く体育館に、営繕係のオジサンが二人いる。

先日、館内のワシらが使っている室の天井の蛍光灯が切れていたので、事務所に電話した。

すると、すぐに、丸い顔のどんぐり眼の可愛らしいオジサンが脚立もってやってきた。「ああ、あそこですね、わかりました」と言って、玄関から外へ出て行った。

何で外へ行くんだ?と思っていたら、もうひとりの営繕係のオジサンを連れてきた。こちらは痩せて眼鏡をかけている。

初めのオジサンを狸さんと呼ぶとすると、後からのオジサンは、ビーバーさんと呼ぶことにする。

この狸さんは、見ていると、脚立を蛍光灯の下に立てて、届くかなあ、と呟いた。体育館の中の小部屋ではあるが、一般の家の中から比べたら、ものすごく高い。

すると、もうひとりのビーバーさんは、「そうだね、でもやってみようか」と言いつつ、はだしになって、脚立にのぼり、天井まで背伸びしながらも、蛍光灯を外して、新しいものと取り替えた。

さて、このようにこの二人のオジサンは、それぞれ役割分担ができているものとみえて

下にいた狸さんは、「カバーをはずす時は・・・・」などと一方的に指示を出している。

そうして、蛍光灯の付け替え作業がすむと、脚立をもって、さっさと玄関へ。ビーバーさんは取り残されて、もたもたしている。

このふたりはいつもこんな風らしい。

今朝も、この二人にあった。体育館の屋根に、ボールやら木の葉やらが乗ってしまい、雨漏りの原因になったりするので、やはり営繕係の二人が掃除をするところであった。

何しろ、高い屋根である。フツウの屋根の何倍も高い。

それとなく見ていたら、やはり初めに狸さんが脚立を担いできた。そうして、トン、と作業現場に置いた。

それから、ビーバーさんがドッコイショと掛け声かけて脚立に登る。かなり足場も悪く、アブナイ仕事である。それでも、ビーバーさんは、これが自分の仕事、とばかりトントンと登っていく。むろん狸さんは下から、なにやら指示を出している。

面白いものだなあ、と思った。二人の間でだんだん、仕事分担が出来上がったのである。

これは二人の性格の違いが現れているであろうか。それとも、先輩後輩のカンケイか。

ともかく、二人で一人前なのである。どっちか一人だけでは、仕事にならぬ。

いつのまにか、こうしてアブナイ仕事をビーバーさんが、そうして何となく監督風にやりたがるのが、狸さんである。

こういう姿を見ていて、上下関係が厳しくてイヤだろうなあ、と思うのは外野の勘ぐりであるかもしれない。たぶん、ビーバーさんにしては、あんがいラクで愉しい職場なのかもしれないのである。

適材適所、ということがあるが、こんな最小限の仕事仲間であっても、それぞれが、自分の向いている仕事を見つけて、そこで安心しているのであろう。二人でコンビを組んで、末永く仕事をしてちょうだい!!

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オヤジを舐めると怖いぜ

というのは、ワシの知り合いの70歳を少し出たオヤジ。場面は、古着屋。オヤジは着物を買おうとして店に入った。

そこへ目つきの悪いいかにも古着屋の古店主といった婆が応対に出た。ここからが勝負だったのである。

オヤジ「この着物、生地はなに?」

婆「正絹ですよ」

オヤジ「え?正絹?ほんとかい」ここからが怖いオヤジになっていく。

言いつつ、ポケットからいきなりライター取り出し、その着物のはじっこから出ている糸を燃やしたのである。

むろん?!!化繊であった。

オヤジ「なんだよこれ、化繊じゃねえか」声も鋭く睨みつけたそうな。

オヤジ「さっき、これ6000円って言ったよな。嘘じゃねえか。2000円でいいな、なっ」

婆、蒼くなって、「ハイ、すみません。いいです」声が小さくなった。

そのオヤジ、ワシに言っておった。「ふざけやがって、あの婆さん。こっちがジジイと思って舐めやがって、だまそうとしやがった。そのコンタンが気に食わねぇ。それでこうなっちまったのよ。フフン」

ワシはこのオヤジの話聞いて、スゲエなあ、気合はいっているなあ、とすっかり感心してしまった。ライターで火をつけるなんぞ、ちょっとできないぜ。「婆さん、止めなかったのかい、火をつけるのを」とワシが聞くと、「素早くやったから、止めるヒマもねえよ」だと。

これにはますます、ビックラこいた。よくそんなことに気づくものだなあ、と。

こんなオヤジにつかまったら、店もたまらんよ。しかし、悪いのは婆さんの方なのだ。年寄りだからと、嘘ついて着物を売ろうとするなんぞ、商魂もたくまし過ぎるなあ。

この二人のやりとり、想像するだけで、落語見ているようだ、と思ったのだが、このオヤジなかなかどうして、かくしゃくたるモノではないか。婆さんも少し気の毒だったが、オヤジに、拍手、だな。

ワシなどヘラヘラして、言われたとおりに買っちまうな。そうしていつまでも正絹のつもりでいい気になって着るだろうと思った。イカンイカン。こういうことでは生きぬけない。もっともっとこのオヤジのようにしたたかに生きなくては。

ニッポンは滅びない。こういうオヤジがいる限り!!

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才気と蹴りと突きでジジイをやっつける??!!

こういう風景、先日見ておかしかったのだが、奥さんが「あなた、肩が痛いっていたでしょ、なんとか軟膏、塗りましたか」と、旦那に訊いている。

旦那さんは、「いや」とだけ言っている。すると、奥さんは「あんなに薬は持って出なさいといったのに、どうして持ってこなかったんですか」と詰め寄る。

旦那さんは、ぶすっとして、「・・・・・・」何も答えずそっぽを向いている。

こういうときに、この二人の心理はどうなっているかと言うと、奥さんは単純に理屈で、夫にピシリと鞭をいれたつもり。もう、いつもいつもこうなんだから、このジジイは・・・・。であろう。まず間違いなく。

一方の旦那さんの方は、言葉に出すとすれば「うるせえなあ、忘れちまったんだよ、いちいちそんな細けぇこと、言うことねぇだろう。うちに帰りゃあるんだから。うるせぇバアサンだ」であろう。間違いなく。

さて、ここに大きな問題があるのだが、それはなにかというと、何ゆえこの男は妻に対して「それは、ボクが忘れてしまったからいけないのです。すみません」と言えないのかである。

簡単に言えば、大抵の男は、面倒くさい、というだけである。それだけの理由である。ごちゃごちゃ言うな、だけである。だが、それをモロニ言ったら次にどんな矢が飛んでくるかわからん。それが分かっているから、黙っちまうのである。

一方、女の方は、「またやっつけてやった!!返答も出来ないのだ、この男はフン」であろう。これも間違いなく。

結論的に言えば、こういうテの女性には、そのまま黙ってやり過ごすほかはないのである。女の方もそれで、いったんはガス抜きができるから、しばらくはジジイ軽蔑の優越感でいかれるわけである。

男も、いつものパターンだ、言いたいだけ言っていればいい、と煮え繰り返る腹をなだめつつ、時間のたつのを待つ。

つまり、こういう才走った女が、一見勝ったように見えるが、実は、勝っているわけではない。だからといって男が沈黙で勝ったとも言えん。

要するに、どっちもどっちで、引き分けである。ただ結局は・・・・・。

キョウビ、このテの才走った女性がわんさかといる。まことに言っていることには筋が通っているので、男どもは、辟易とするのだが、それで、女性が全てコントロールできると思ったら大間違いである。

要するに、こういう女性は嫌われるのである。だから、言わせるだけ言わせて、鎮まるのを待って、「じゃあ、こうしましょう」と男が別の案を出したりして決断し、コトが決着してしまう。

まあ、冒頭に上げた夫婦では、どちらも腹の中で「フン」と言っているだけで、コトが済むように思われるのであるが・・・・。

まことに男女の性格と言うか、ことの対処の仕方と言うか、には微妙にしてかみ合わない部分がある。

ただ、その夫婦のうちの、奥さんは、その会話の後で、旦那に見えないところで、キックボクシングのケリと、空手の突きを空に向かってやっておった。見ていると、最後に、凄い形相で、上から両手でボコボコに殴りつける運動をしておった。コウキ顔負けの猛烈に速いパンチであった。

まさか、いざというときのための、練習じゃないでしょうな。奥さんにはワシが見たことは言わないようにして、旦那にもむろん黙っていようっと。待てよ、言っちまった方が面白いかもよ。バシッ!!(双方からやられるのはこのワシか・・・・)

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カメラ持った高齢者の団体に

遭遇した。

これはちょっと、異様であったなあ。

初め、何を持っているのかと思って、観察してしまった。まず、杖のようなものが目に入った。そうデス、三脚なり。

次に、目を胸元にやると、なんと高級カメラをがしゃがしゃとブル下げている。その人数ざっと30名ほどか。

この人々の団体は、すくなくともワシの年代より上。つまり、60歳後半から、80歳、いやもっと上の年齢までいらっしゃるとお見受けした。

花園であったので、階段やら坂道が次々に出てくる。それをまさに喘ぐようにしてアップダウンする。しかし、ポイントに来ると、リーダーらしき男性が「ハイここでいきましょう」言いつつ、みんなを促す。

ジジババ、がちゃがちゃと三脚立てて、ものすごい高級一眼レフ、覗き込んで、カシャカシャ・・・・。

そうしてまた次のポイントへ、胸から下げたカメラを、猫背になった空間でぶらぶらさせつつ、移動する。三脚は肩から斜めに下げているが、地面に着きそうである。

こういう団体があっても別に悪くはないのだが、高齢になって、高級カメラ操作するのも容易ではなかろうと思うのであるが、それはシロウトの勘ぐりであるか。若いときからカメラ好き、という人も多いからなあ。

それにしても、なんだか異様な雰囲気であったなあ、ジジババのカメラ集団というものは。

ワシは外国のことは良くわからんが、こういう団体というものは、日本だけではないのかい。日本人というものは、団体になると、なにやら異様な煙が立ち昇るようであるなあ。

ともかく、なにか興味のあることをやっていないと気がすまない。そういうものなのであろうか。自分のことを振り返ってみて、もっと高齢になった時、こういう集団に入るかどうか思ってみたが、ちょっと尻込みするなあ。

今頃は、部屋の片隅で、ニヤニヤしながら布切れ持ってカメラ磨いているのだろうか。鬼気迫るものがあるなあ。ま、どうでもいいようなものではあるが。

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ゴミ捨てに困る年齢というもの

がある。

あるオバアチャンが、ゴミの種類を分けるというが、そのわけかたがワカラン、といっておった。プラスチックゴミなのか、燃えないゴミなのか、資源ごみなのか、微妙に分からないものが出てくるのが現代のゴミなのである。

それにゴミ出しの期日が決まっておる。これがまた厄介なのである。収集される場所へ行くものと、戸口に出しておけば持って行ってくれるものと、料金払わないと持っていってくれないもの、また大きなゴミもある。これを分別しないといけない。これは専門に収集する役所の担当は良くわかっておるのは当たり前なのであるが、一般に分かりにくい。特に年寄りには難しい。

なぜか、この分別収集というものがもう一般的になってしまって、分別出来ない人は、ゴミ戦争に負けちまう。どうしたらよいかワカラナイのである。

すると、どうなるかというと、エーイ、面倒だ、そのあたりにブン投げちまえ、ということになる。あるいは、ゴミの山に家の中が足の踏み場もないほどになっちまう。

ワシの近くにもちょっとした草叢があるのだが、必ずといっていいほど、その草叢のフェンスの中にビニールの大きな袋に入ったゴミが捨てられている。一度見かけたことがあるが、若者であった。若者は単に、面倒くさいだけであろうか。いや、やはり分別がかったるいのかもしれないのだ。

自分で出したゴミは自分で始末、それは結構なことだ。だが、もっと分かりやすくできないものかといつも思う。

ワシも良くワカラナイゴミを出しに行くと、必ず町内会長が監視している。そうしてエラソウに、「ああそれは出せないよ。ばらばらにして今度の○○の収集日に、きちんと縛って出して」などと指示する。よほどゴミ奉行は偉いものとみえる。

年寄りは、大きなゴミをバラスなどということはできない。一人暮らしの年寄りは、こんなところでも、困り果てている。

電車の切符が買えない、とか、バスに乗るのにカードが使えないとか、むろん孫とメールでやりとりもできない、とか。やることが細かくなり、機械が間に入るようになったりすると、年寄りはうろたえてしまうのだ。もうワシらは時代遅れじゃ、と慨嘆するばかり。

やはりこれはなんとか、ワシらのようなものでも簡単にできるような、仕組になって欲しいなあ。ワシとてこのブログ、やっと書いておる。フリーズしたり、ネットがいくらやってもつながらなかったり、せっかく書いた文章があっという間に消えちまったりしている。

ニンゲンが介入しなくなると、殺伐とする。年寄りがゴミを出しやすくする方法を、町内会長が考え出すということになれば、ニンゲンが介入することになる。「それはね、次の何曜日に、お宅の前に出しておけばいいんですよ。オバアチャンが分かりやすいように、ゴミの袋の色と同じラベルを、収集場所の所に貼っておきましょう」ということになればいいわけである。また、自動販売機の周囲にひとり、駅員がいて、手伝ってやればいい。

バスの運転手は、間違ったカードのいれかたをする前に、「ここへ入れて下さいね」と一声かければいいだけだ。そういうニンゲンの介入があれば、ずいぶん違うはず。

それなのに、分別はもう回覧板で回っているから、わかっていなくちゃいけない、という。また、機械があるのだからそれを何度もやり直して使えばいいじゃないか、という。つまり教えないで、黙って、見ていて、ただ決まりを楯にとって、居丈高に、高圧的に、年寄りに接する。

だが、そういう若者自認する者も、まもなく時代遅れになっちまう。若いときにこんなことぐらいすぐにできたのに、と思う。しかし、生き物はいつかは必ず衰える。

こんなことの繰り返し、なのかもしれん。

それにしても潤いのない時代だなあ。ゴミ一つ出すのにいらざる神経使って、叱られて、不快になる。実にいやな時代になっちまったのである。特にワシら年寄りにとっては。

ま、愚痴を言っても始まらん。その日一日、どうやらこうやらやり過ごせたら、それはそれで大儲け、ということにしておこうか。そこで、一句ができた。(いけねぇ、今日中にこのゴミ出しておけば良かった・・・・。)

 猛暑日やごみ収集の尖がった眼

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病院はお友だちばかり

であった。つまり、同年代の人生後半にあるお友達ばかりが目立つのであった。

病院の中は、患者は、ワシらの年代が多いのだが、それを支えている病院のスタッフ、つまりドクター、ナース、事務職・・・の方々は、皆様お若い方ばかりである。これはつまりは今の日本の社会の年齢構成の縮図であろう。

ワシが驚いたのは、ドクターの若さである。女医さんであったが、じつにてきぱきと検査を指示し、そうして診断を下す。無駄な言葉は一言もない。患者は高齢者であるからぐずぐずするし、(むろんワシもその仲間である)何度いっても呑みこめていないようであるし、たいへんだと思う。

だからかもしれないが、無駄ごとも言わず、しかし、質問にもはっきり答える。実に頼もしい限りであった。

その病院はけっこう評判のよい中堅病院?とでも言うべきところで、処理がやや事務的すぎる嫌いはあるが、それはまあ、わし等がドット押し寄せるからしかたのない面もあろう。

ニュースではけっこうワルイ病院もあって、不正請求など、考えられないようなことが起きているようであるが・・・。

思うに、ワシらのからだは、もう60年以上は使用して来ている。メンテナンスもせずによくもここまで持ちこたえてきたものである。最近は、健康ブームとかで、完全なる健康を目指してジジもババも、懸命である。それが生きがいになっておるようなところ、はっきりみえる。

だが、人間もナマモノ。完全なる健康など幻影である。ボロ船修理しつつ、水漏れ無いか、舵は壊れていないか点検しつつ、大荒れの海は避けつつ、どうやら航海して行く。それでいい。

それにしても、医療費は高いなあ。人生後半の経費、ほとんどは医療費に消えるのではないか。ワシの住んでいる自治体では、医療費が無料になるのは、100歳からである。なんと・・・・。絶句ではないか。介護保険料も高いぜ。ヨレヨレの年金生活者からむしるだけむしる、と言う感じだなあ。凄まじいなあ。

ま、そんな愚痴は言っても始まらぬ。ワシの信条として、国政には期待しない、のであれば、何をかいわんや。

ところで、優秀なる若き女医の診断の結果、「とくに心配いりません」だけであった。その間、30秒ぐらい。

若いときはともかく、今、故障なく、生活できていることは、なかなか得がたい幸いと思わなければなりません。

良心的な病院のスタッフに頑張ってください、と言いたいね。若い者に感謝するということ、あまりないのだが、今回は、それが体験できてよかったなあ。ヘンなハナシだが。

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なんかヘン、ニッポンの文化財見学

阿修羅展がもうすぐ終了すると言うので、わざわざ京都まで行かなくても見られるから、と思い、のこのこ出かけた。

なんと、行列行列・・・・。えっ!!2時間待ち?行列しながら待つの?来ちまった以上帰れやしない。行列最後尾に着く。

小説、2作品、読んだ。俳句3句できた。それでも入り口にたどり着かない。もうダメだ、ヘロヘロだ・・・。ようやく館内へ。中もぎゅうぎゅう詰め。阿修羅像ってこんなに人気があったっけ。像の周りぎっしり人が詰め込まれ、まったく身動きできない。凄まじい見物人の団子。どうやら周囲ぐるりと回ったころは、もう汗びっしょり。

くたびれてくたびれて・・・。しかし、聞きしに勝る見事な像であったが。

ワシは思ったな。ニッポンジンはやはりこういう仏像、神像の類が大好きなのであると。偶像崇拝であろうとなんだろうと、野次馬根性で行くのだ。拝んでいる人などただのひとりもいない。手なんか合わせる余裕はない。見るだけ。

つまり、美術品として、骨董品として、見ているのである。珍奇なものを見る眼である。仏教文化の秘仏を見る思いなのである。信仰はそこにはなかった。もう純粋な仏教の信仰はこういうところにはなくなったのであって、信仰している人たちは、水面下にあって、このような大混雑の中で拝むようなものではないことを良く知っているにちがいない。そして多分、こんなところには来ない。

だが、ワシは思った。こういう人たちがまだニッポンにいるだけでもいいじゃないか。と。ヤケボックイに火がつく、ということだってある。

阿修羅のようになって、阿修羅像を見た後、人間の団子から抜け出して、隣の本館に行って、土器やら絵画やら、あるいは剣など見る。こちらには人はほとんどいない。嘘のようである。阿修羅像見物には見かけなかった外国人が、真剣に見ていたのが面白かった。

なんかヘン、と思ったのはこの見物風景だけではない。いつも思うのだが、文化的な価値の高いものに対する拝観料?の高いことである。1500円である。この人数分って、ものすごい金額でしょうよ。どうするんだろ、そのカネ。

これは国宝である。

へんなアニメ館を莫大な費用かけて作るくらいなら、年間、国宝に匹敵する重要な文化芸術品の展示を無料で見せるくらいの、教養があっても良さそうではないか。文部科学省だか文化庁だか知らないが、政府の予算で。この予算ならだれも文句は言わないはずだ。

隣の美術館ではルーブル展をやっていた。なんとここも1300円だか、拝観料取っているではないか。本国でのルーブル美術館には、ワシも行った事があるが、たしか無料だったと記憶する。国が保存・管理しているに違いない。

ニッポンだって、国立なんとか博物館とか美術館とか言っているではないか。何が国立なのか。もし、阿修羅展が無料であったら、むしろ、ほんとうに興味のあるひとだけが訪れると思うのだが。カネとって、貴重品ですよ、さあいらっしゃい、とやるから猫も杓子も見なくちゃいけない、になるのではないか。

こんな言い草、ワシのようなヒネクレジジイの言いそうなことか・・・。

あの群衆の中にワシもいたわけだから、何のかんのとゴタゴタ言うのもおかしいか・・・。

というわけでここらで一句。行列に並びながらやっつけた一句である。これは少し気にいったのができた。

  木下闇阿修羅の二面目覚めたり

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オジイチャンとオバアチャンが

門から出てきた。

ワシは、踏み切りで電車が通り過ぎるのを待っていた。線路沿いにその家はあった。

オバアチャンは、涼しげな夏の着物を着ているが、ようやく歩けるという感じで、線路の脇の柵に掴まっていた。

オジイチャンは、そのオバアチャンの手を引いているのだが、なにせオバアチャンは、歩くのがやっとで、柵に掴まって一歩ずつしか歩けない。オジイチャンは、少し困っていて、それでもオバアチャンの草履が、内股になってしまって、歩きにくいので、しゃがんで直してやったりしている。

オバアチャンは、なんとか柵に掴まってでも、一歩ずつでも歩いて、踏切まで来たいのであるが、足が悪くて思うように進まないのであった。

電車が近付いてきたので、警報機がカンカンカン、と鳴っている。ふたりは踏み切りの中ではないから、危なくはないのだが、それでも、なんだか警報機が鳴っていると、不安になってしまう。

電車がやってきた。轟音を立てて、通過してゆく。オジイチャンとオバアチャンは、まだまだ家の門から5メートルくらいしか歩けていない。

ワシは、どうしたものか、ちょっと考えたが、オバアチャンを背中に負ぶってやるという勇気もなく、電車が通り過ぎて、踏み切りの遮断機が上がったので、自転車を押して、踏切を渡ってしまった。

負ぶうといっても、踏切を渡ってそれから駅までは、普通に歩いても10分はかかる。駅まで行くには、ワシは自転車であるからムリでもあった。

どうしてタクシーを呼ばないのかな、と思ったが、なにか呼べない事情があるのかもしれない。たとえば、どこへ電話すれば良いのか分からないとか、出かけようとしたら急に足が痛くなったとか・・・・。

今日、ふと見かけた光景だが、なんとなく心に残ってしまった。なぜなのか、よく分からないが。

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田植えに誘われたのに

残念。あした、近くの若い友達が田植えをするけど、どうですか、とのお誘いあり。念願の米作り!!米作りをしてこそ、ニッポンジンである。

近くの休耕田、借りて、三人で米作りに挑戦すると言う。ワシのような軟弱な町育ちには、ちとたいへんかもしれないが、しかし、自分で作った米が食べられるなんて、ぞくぞくするほどの楽しみがあるなあ。

むろん、都会から離れた「畑作りごっこ」しているところでのハナシ。滅多にないぜ、こんな良い話。明日はこっちで用事があるので、やむなく、帰ってしまったが、田植えは一年に一回だけの貴重なチャンス。

老体に鞭打って、田んぼに入り、機械であろうが、田植えというまさに伝統農業、ニッポンの誇り、少しでも体験できるチャンスであったのになあ。

畑の近くのオバチャンがやっている水田、一日かかって小型の耕運機で耕し、水を引き入れ、少しおいてからまた、水を入れて、また耕運機で耕し・・・。それから田植えにかかる。去年、見ていたら土砂降りの雨の中、一人でグーングーンと耕運機押して、長靴ドボドボになりつつ、日暮れまでやっておった。ワシはもう感動してしまった。

たいへんな労力である。忍耐である。体力である。ニッポンジンの精神の足腰、こうして鍛えられてきたのであった。

粒粒辛苦、とはこのことであろう。偉いものである。お代官様が無理難題言って、エラソウにこの汗水たらして作った米、巻き上げれば、一揆でも起こしたくなったろうよ。

ワシはこういう徹底して腰を低くして、這い蹲るようにして作ると言う作業、こういうものになぜかあこがれてしまうのである。軟弱な町育ちのジジイの、わがままに間違いはないのだが。

浮き上がったような町の生活じゃなく、地面にモグッテシマウような、まさに泥臭い、金にもならず、名誉もない、そうしてただひたすら毎日こつこつと同じことを繰り返す・・・。今日は良い風が吹いているなあ、とか、腰を伸ばしてみる遠くの山はもう雪がなくなってきたなあ、とか思いつつ、昼になったら握りメシ食って、日陰で昼寝でもして、それからまた這い蹲るような仕事をして、カラスとともに家に帰る。そして、風呂に入って一汁一菜でいいから晩飯食って、8時には寝てしまう。

どうだろう、こういう生活をいまでも農家のオジサンオバサンは、やっているはずだ。

やはり、こういう生活にあこがれるなどと言ったら、そのオジサンやオバサンに叱られるだろうなあ。「もうおめえのような歳じゃ、腰が伸びねえよ。田んぼに一日入って草取りもできねえよ。あはは」だろうな。

しかし、わがままでもイイノダ。一度は、田んぼに入って、米作り、やってみたいのだ。人生後半に来てこんなたいへんなことを言い出すとはなあ。

来年もまた誘ってくれるだろうか。米作り。それまでこっちが元気でいられるかどうかが問題だなあ。

ヤダヤダ・・・・。

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歳をとっての旅は

けっこうきついものがある。それはそうだ、体力、あると思っているが還暦も過ぎ、ロクスッポ体力づくりもせずに、だらけておる。

まあ、それでもゆっくりゆっくり、歩いて、休憩何回もとって、椅子があればすわり、水分補給しつつ、(暑かったので、アイスクリームも二回、食っちまった)よろけるほどではないが、見物する。

後何回、旅ができるかなあ、と仲間と話しつつ、無事に終了する。旅を共にするという仲間は信頼できる。これがすばらしいこと。年とってから信頼できる友人は、貴重だ。

信頼、と言えば、あのOさん。建設会社からカネ貰っただの、と騒がれちまったが、やはりダメであったか。このブログでも触れたように思うが、居直るのはまずかったなあ。がんばるだけ頑張ったのだろうが、世論は厳しかったのか。それなら、あのTさんのように、支持率なんぞ関係ない、やるべきことをやると言って政策次々に打ち出していくという、頑強さがあれば、とも思うのだが、それはチトむり。

犯罪に関わるとそれは支持率どころの騒ぎじゃないからなあ。身を引いて当たり前だった。この人、以前にも辞任騒ぎを起こしたことがあったが、こんども同じようにさらに居直るのだろうか。まさか・・・。

秘書を信頼しておったのであろうが、この信頼は別の意味での信頼だった。金集めの得意なもの同志の、密かなる同盟であったろう。

今回のことで、ニッポンジン、もうあの建設会社事件、忘れてくれたであろう、とOさん他、側近も、密かにたくらんでおったのだろうが、なかなかどうして、世論は覚えておった。やはり国民を軽視しすぎた?結果とも・・・・。

ところで、やはりまたワシの予想があたっちまったが、うれしいうれしいスモウレスリングの話題。ワシはもう面白くてたまらん。こんどは、もうひとりのチャンピオンも絡んであるという。嬉しいなあ、やっぱりなあ。もっともっと破廉恥にやってくれよ。

この方々が、ニッポン国技よろしく、(もちろん演技であるが)真面目な顔して、もったいぶって仕切り、土俵リングの上で大暴れする・・・。このスキャンダルにまたまたコメントが飛び交い、マスコミがこのおいしい餌に食いつく。

不謹慎だの、礼儀知らずだの、恥を知れだの、さんざん悪態つくその評論家・ブンカジン審議委員のみなさまがたの仏頂面、まことに面白く、これからしばらくはテレビが楽しめそうである。

これについては、日をあらためて、書かせていただく。あー、楽しみだなあ。人生いろいろあって、嬉しい嬉しい。

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春耕の季節になった

そろそろ雪も融けて、土を耕す季節がまた巡ってきた。

今年は、ジャガイモを早めに植えることにした。暖かい地方ではすでにイモを植えたであろうが、ワシの行く畑はまだ、朝晩は零下になることがあろうから、これから植えてちょうど良いと思っている。

スーパーやジェイマートではもうとっくに売り出している。それは早過ぎる。去年はそれで失敗した。それで、これから畑に行って種イモを植えようと思っている。本当にぴったりの時期がいつなのか、ど素人の自分流の畑ごっこだから、失敗して当然のようなものだが・・・・。

こうして、その季節になれば、土を耕し、種を播き、苗を植え、手入れをしてささやかながら収穫する。そういう風にして同じような人生がごく穏やかに回っていく。それが一番の幸福なのかもしれない。

人生後半は、もうアラシのようなアップダウンは望まない。今の延長線で、それが少しずつで良いから発展すればよし。だから、農耕作業というのはワシのようなものにとっては、大事なものなのかもしれない。ただ以前よりは、少々しんどくなってきたのであるが。

というわけで、また畑へ行って来よう。多分雪はもう無いと思うが。

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老人ホームの火災から

まるでお寒いニッポンの老人対策が浮かび上がって、ゾッとした。

人生後半にあるものとしては、これはこれは、と思ってしまった。いや、ワシはあの施設長を責める気など毛頭ない。無認可の施設が何百箇所とか言っていつものとおりマスコミは、その施設を責めている。

だが、それはワシに言わせれば全く間違っておる。そうしなければ、救えない老後をもった人たちがたくさんいて、だからこそ、無認可であろうと、施設つくらざるを得なかったのではないか。

むしろ、そういう施設、作ってくれる人たちに感謝しなければなるまいよ。むしろ。特に政府は。

いつ火災が出てもおかしくない、多分狭い部屋に何人も入っているような、食事も満足とも言われず、風呂だって毎日入れますというわけには行かない、そんな施設たくさんあるはず。それだって、ないよりはまし。自治体だって、福祉担当はなんとかして老人をどこかの施設に入れてやらないと・・・という気持ちからやったことだろうよ。

つまりは、お寒いのは施設ではなく、老人福祉行政なのだ。その隙間を狙って、逆に老人施設作って、いわば収容して金儲けする悪人もいるだろう。全くのハナシ、ニッポンはこういう国なのである。誰も本気になって老人福祉なんぞ考えちゃいないのだ。

その一方で、自分達こそ福祉をしっかりやりますと言うふれ込みする政党の党首が、多額の献金、懐に入れて、それでも辞めません・・・・。凄い国だなあ。

一方でワシら年のいったものは、放置される・・・。

いやあまだまだ火災やら、虐待やらのこの手の惨事、続くと思うよ。ワシも自分のことだ、今からなんとか考えておかなくちゃ。

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まさに死闘だったなあ、WBC

ようやく終ったという感じだなあ。

イチローが今回は良くやった。力まずに、弾き返す、特有のうまいバッテイング。ワシが言ったとおり・・・・・?

しかし、欲を言えば、途中でもっと大量得点できたはず。オジさんばかり出さず、もっと若い選手をどんどん起用したらよかったなあ。韓国から見るとなんだか、町内のもと野球少年のオジサンチーム対若者チーム、という感が否めない。まあ、結果よければみんなよしだからグズグズ言うこともないのだが。

なんだか、このニッポンに元気をプレゼントされたような、桜満開・春爛漫と言うような快さであった。スポーツの醍醐味、味わった。

頑張ると言う言葉、苦しい感じがしてあまり好きじゃないが、一生懸命結果を出そうとしたその努力には敬服。

心配していたアホな采配もなく、まあ、めでたしめでたし。次はナンダロウネ、楽しみは。サッカーかい?こりゃあ、まるで期待できないけどね。レベルがあまりにも違い過ぎる。外国の一流チームとは。

横丁のご隠居さんの野球評論はひとまず終わり。

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物忘れがひどくなってきたなあ

たとえば、テレビで洋画を見ているとき。ああこの俳優、なんていう名前だっけ・・・。うーん。

唸るだけで、思い出せない。この間は、西部劇の名優、あの大俳優・・・。小1時間もしてから思い出した。そ、そうだ、ゲーリー・クーパーじゃん。もうこの俳優が思い出せなくなっちゃあおしまいか。

思い出せない時、やたらに他の俳優の名前が出てくる。チャールトンへストン、アランドロン、シャルルボワイエ、・・・えーと「ここより永遠に」のあの最後に撃たれる男、えーと。「大三の男」は、えーと誰だっけ。「ローマの休日」はわかるよな?えっ、誰だっけ。あのいい男!クソッ、誰だっけ。

つまりめちゃめちゃに名前だけ思い出しても、それがどの映画に出ていたかがわからなくなっている。

女優もむろん、同じ。あの眼のでっかい痩せた女優・・・。誰だっけ。イングリットバーグマン?違う違う、あれは「ガス灯」と「誰がために鐘は鳴る」だ。

「ローマの休日」でオートバイに乗せて貰っていた・・・・そうだ、オードリー・ヘップバーンだった。良かった、思い出せて。

一時、リチャード・ウイドマークが思い出せなくて、往生した。それであまり口惜しいので、カレンダーの隅っこに名前を書いておいたが、それが月が変わってしまうともう破いてしまうからワカラナクなる。渋いと言えばケーリー・グラント。あれも良かったなあ。などなど。こう書いてくるとけっこう思い出しているじゃん。(しかし、なんと言う映画に出ていたっけ。またしてもイライラする種、こしらえちまった)

ま、いいか。こんなもんで。いい年だからなあ。今ハヤリの俳優、ほとんどわからんし。あまりいいと思うような女優もいないしなあ。

春になると、物忘れも一段と加速するような気がして、オソロシイ。

(「大脱走」のオートバイで逃げまくっていた俳優、なんて言ったっけ・・・。思い出すまで今日は眠れない。しまったなあ、このブログ・・・)

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やり直しがきかない歳回り

ということをしみじみと思ったことがあった。

というのは、ワシはある趣味的な団体(けっしてあやしいものではない)に属しているのであるが、そこへ、毎年、かなりの年齢の方が入会してくる。

かなりとはどのくらいかというと、まあ60歳前後。今時、かなりの年齢と言えば80歳くらいになるのかもしれないが、体力勝負のようなところもある会なので。

それで、入ってくる動機が問題なのである。どうせ、人間の集まりだからいろいろなヤツもいるし、行事やら大会やらが巡ってくるし、組織であるから役割分担もせねばならぬ。

つまりは人間社会の縮図である。だから、揉め事もおこるし、気のあわないヤツの一人や二人必ず居る。向こうだって、なんだいい年しやがって、いまから始めるのかよ、なら初年兵に俺が教えてやる、みたいな事だって出てくる。これ、当たり前の話。ニンゲンだもの。

そこで、そのごちゃごちゃに目を奪われて、入会した時の初々しい気持ち、まもなく吹っ飛ぶ。なんだい、こんな会、辞めてやらぁ、になる。

ところが、若ければやり直しはきく。他の会に入ることはいくらでもできる。だが、この年になってまた新たな居場所見つけるのは、容易じゃないのだ。

たまに元気な人もいるが、大抵は、もういいや、になっちまう。「老人の閉じこもり」現象になるか、またはそれまでやっていた第二の趣味的なものに傾く。

というわけで、選択肢はぐっと限られてしまうのである。つまり体力気力と、将来に時間がないということに起因するのである。

ではこういう組織の中でのごちゃごちゃに巻き込まれても何とかその会の中で息をつくにはどうしたらよいか、である。

これは、ワシに限っていいえば、その会に入った目的のうち、自分はこれでいく、という目標を一つでいいから持って置くということである。

絵のサークルだったら、いつかは展覧会に出してやる、とか頭の中にひそかにある絵が描きたい、とか、静かに画布に向かえればいい、とかともかく絵の具で絵を描いていればよいとか、こんなのだっていい、「時間つぶし」。

なにかにターゲットを決めておく。そのほかのことはどうせ趣味の会。ニンゲンだもの、と割り切る。人間関係のごちゃごちゃがあっても、自分だけの目標しっかり思い出して、それに向かっていく。目標以外は適当にあしらっておく。組織からはじき出されない程度に、だ。そういう風にしている。ただしワシの場合は、だ。

何人か、辞めそうになったときにサインを出されたことがある。その時はなんで、急にこんなことするのかな程度にしかわからないのだが、いきなりこれまでありがとう、わたしは会を辞めます、みたいなことを言ってくる。ああそうか、あのときが辞めたかった時なのか、と気づく。そんなことがあって、そのあと会を辞めていったかなりの年齢の人を、何人も知っている。ヘルプだったのだ。ワシには引き止められなかったわけだ。

やはり、残念である。そうして辞めていった人たちは一様に、あまり世間ずれしていないと言うか、ナーバスというか、純というか、周囲のごちゃごちゃに巻き込まれてしまうタイプだった。だからよけいに残念なのである。そういう人こそ残って欲しいのである。

どうせ人間関係など、アホなもので、しばらくすれば、アハハで済むことがほとんどなのだが、思い詰めてしまうのだなあ。だからこそその会で何を求めているのかを、常に鮮明にしておかないと、足元すくわれて転んでしまう。

冷静な時にはこんなえらそうなこと言っちゃって・・・・。ワシかてどうなるかワカランが。

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けっきょくどうでもいいこと

野球だの、政局だのけっきょくはどうでもいいこと。

どこが勝とうが、ワシの人生には大きな差はない。政局もただの市井のジジイが騒ごうとわめこうと、ナンもかわりゃせん。

そう言っちゃおしまいなのだが、やはりこの生活というものは、目先の目刺しがいくらだの、ガス代が高いだのと言って、毎日が終るのだ。

何をどうすればもっともいい生き方なのか、なんぞ全くわかりやしない。誰に訊こうとも、そいつの考えで勝手に思うところをしゃべくっているだけ。100人に訊けば100通りの答えが返って来るだろう。

犯罪者は、真面目な生き方なんぞアホか、といって終わりであろうし、ただひたすら石部金吉で生きている人には、また別の考えがあろうし、あるいはないかもしれない。

じゃあ、いったいどうすりゃぁいいのよ、ということになるが、どうにもならんのよ。自分の人生は自分で勝手に進めるほかはないのよ。

迷惑かけても屁とも思わない奴に、ああだこうだと説教したところでどうなるものでもない。犯罪犯しても構うもんかいという、ラスコリニコフであれば、誰が何を言おうとダメ。

・・・・と言うわけで、ならば、めちゃめちゃな社会になるかと言えばそうならないのが面白いところだな。ちゃんとバランスが取れている。時に戦争が起きたりとんでもない凶悪な犯罪が起こることがあるが、しかし、また平和を求める動きが必ず出てくる。

つまり、ニンゲン様を含めた地球そのものが、ホメオスタシスというか、復元作用というか、そういう調和が常に図られるようになっているらしいな。

だから地球がぶっ壊れることがいつかは来るだろうが、それもまた宇宙の中の摂理みたいな調和から、新たな地球みたいな星が出来上がるのであろうよ。

いやはや、野球のハナシからとんでもないおおきなホラ話にまで発展しちまったわい。

要するに生きていれば、いろいろあって、面白いなあという結論か。要するにそれもどうでもいいことだけど・・・。

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人生後半などというものはないという

考え方がある。

これには少し驚いた。

というのは、人間の命というものは、どこで区切るということはできない、と。

たしかに生まれる前におろされる人間?もいるし、幼くして亡くなる子どもも多い。また平均年齢まで生きたらそれでイイ、というがだらだらと生きてもなあ、ということがある。そのくらいなら、若くても燃え尽きるというほうがええよ、と言う人だっているだろうし。

つまりは命というものが、ワシらの「思い」で何とかなるものじゃなし、だいいちこんなふうに人生を送ろうと思ってそれから生まれてきたという人間は一人もおらん。

ということは、命という不思議なものを授かってきたのであれば、人生後半だの前半だのあれこれワシらの「思い」でどうこう扱うということ自体がアホである、と。

もう貰ったものだからそのままでいいじゃん、ごちゃごちゃいうな。言う資格なんぞないぞよ、ということ。

なるほど、そうだなあ、と。(今日は、と、で終る文が多いな)

しかしこれを心底納得するにはかなり修行が必要だぜ。やっぱ、今ここまで生きて嬉しいなあとか、もっと生きたい。せめて平均寿命まで生きたらなあ、とか思うぜフツウ。

ワシも小胆の見本みたいな男なので、もっとうまいモン食いたいし、行って見たい所もあるし、ライフワーク、とかっこよくいえるものに、半歩でも近付きたいとも思うし、と。

だから、人生後半という言葉、もう少し使いまひょ。これも人間、ということで。

ところで、この寒い日々。痩せた畑はどうなっておるか。猫の便所になっておらんか、玉葱は、頑張っておるか。燃料代ただの廃材を燃やす薪ストーブで暖まりつつ人生後半の数日、ボケッとしてきまひょ、と。どうせどうちにいても、ボケッとしておるのであるが。と。

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ブログ小説;ノベル 「俺が片づけた」(7)

 衣類籠だ。男は必ずそれを片づけるはずだ。私はイスを積み上げながらそこまで推測していると、いきなり男が振り向いた。

「おい、何しているの。オレの邪魔しないでくれ。手伝ってくれなんて言ってない」

 意外に女のような細くてよく通る声である。頬骨がさらに尖っているように見えた。

「それは、すみません。でも皆さん、助かっていると思いますよ」

うろたえた声で言うと

「それが当たり前なんだ。当たり前」

 首を長くさせて、当たり前を繰り返した。

 私はあいまいな作り笑いでそれに答えた。

 寒くなり湯冷めしそうになったので、私は再び湯に入った。男はイスを片づけると、少し離れたところに浸かった。そうしてまた、じっと目をつぶっている。

風呂から上がった男の後から私も脱衣場に出た。男がていねいに体を拭き上げると、パンツとランニングを着けた。それからすぐさま手近にある衣類籠を片づけ始めた。

思ったとおりだ。

 男は、籠を元の棚に戻す。客は、軽く頭を下げたりしながら男に遠慮するそぶりを見せて、その籠を引っ張り出す。

それからおずおずと衣類を脱ぐのであった。

すると、男の頬骨の下の口元が少しほころぶのだった。その瞬間の男の表情を私は見てしまった。

 私は、外へ出て車のエンジンをかけた。そのバックミラーに男の影が映っていた。

 こんな所であの男が探していたもの・・・・。

 

 空は秋の大夕焼けになっていた。雲が真っ赤に染まって、峰を包むように広がっている。

 小さなくしゃみ、それから鼻水。湯冷めのせいか、それとも夕焼けが哀しい色だったからか。

 私は夕焼けを背にしながら、アクセルを一気に踏んで、高速道路に入っていった。(完)

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ブログ小説;ノベル 「俺が片づけた」(1)

 夕陽の帯が、ハイウエイから見下ろす湖を黄色い大きなシートのように覆っている。高原をウオーキングのつもりで歩き回った足には、アクセルとブレーキを交互に踏むだけなのに、引きつりそうだ。

風呂に入ろう、そう思った。

 このあたりに、日帰り温泉があったはずだ。ハイウエイを下りる。小さな家並みを抜けると、畑の真ん中に大きい温泉の看板が見えた。

 広い更衣室の中を、裸の男たちがしきりに行きかっている。

私も、汗臭いシャツを剥がすようにして脱ぐ。六十歳になろうという体からは、饐(す)えたような不快な匂いが立ち昇る。

くるりとパンツまで脱ぐとタオル一枚もって湯舟の入り口に向かう。その時、脱衣場の入り口付近にしゃがんでいる男の姿が目に入った。

素っ裸で、しきりに入り口のスリッパの中で、檻の中の動物のように動き回っている。ロッカーの鍵でも落としたのか。

いや、どうもそんな風な動きではない。(続く)

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歳を取ると、ションベンが近くなるが

これはなかなか、ツライモノガある。夜中になんども起きる。今頃の季節が最もツライ。寒いからである。

震えつつ、夜中のトイレでションベンする。出るのもチョロチョロであるから、時間ばかりかかる。体は冷える。

それからやれやれと布団に入ってうとうとすると、もう次のションベンタイムがやってくる。布団の中で垂れちゃえばいい、というわけにはいかんモノね。

エーイクソッ、と思ってまた布団から這い出す。そしてまた、チョロチョロ・・・・。

いや若者は笑うかもしれんが、人生後半に入ると、この辛さは、誰にでも来る。こうなるとは、うすうす年寄り見ていて知っていたのだが、実際は、なかなかキビシイものがある。

ワシの親類のあるオヤジは、満員電車の中で垂れちゃった、そうである。わかるなあ・・・・。

さて、その夜間の便所通いがイヤだから、というので、70歳半ばのワシの知人は、薬を飲んだ。ションベンが止まるのか?知らないが、頻尿に効くと言う触れ込みの某薬。

そうしたら、めまいがして、どうにもならず、二階から階段を転げ落ちそうになったと言っておった。

説明書見直したら、軽いめまいがする人もいる、と書いてあったそうな。軽くねえやい。そのオヤジ、「危うく死ぬところだった」と今朝言っておった。

死ぬのと、ションベンに通うのとどっちがいいか、と言われれば、そりゃあ便所通いの頻尿船の方がずっといい。

それで、そのオヤジ、ワシに真剣な顔で忠告してくれた。ションベンが近くても、ヘンな売薬、飲みなさんな、と。

奥さんにも哂われたそうだ。「どうせジジイで暇なんだから、どんどん便所通いしなよ。それでついでに運動不足補えばいいのよ」だと。それって、ヒドクナイ??そういえばどうしてバアサンは、夜もグースカ寝られるんだ?

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冬来たりなば春遠からじ

今日、郊外の方を走ってみたが、俳句の方では、山眠る、といって、冬の山を形容する。しかし、よく見るともう下草は、緑の部分もあり、なんとなく日の当たっている山の斜面は暖かそうで、春の胎動が兆しているように見える。

不思議に1月も終わりになると、少しずつ厳寒期というより、新春と言うにふさわしい春めいた感じになるものである。

季節の頂点は、もはや次の季節への入り口。

つまり、寒い寒いと言っているこの時期、寒さも底だというが、底につけば後は、上がるほかなく、日も永くなり、暖かさへと向かう。

じっくりと冬の寒さ味わって、それから初めて春の解放感が来るのだろう。

冬には冬のよさがある。ワシらの歳回りになると、そういう季節の微妙な変化が、若いころより敏感になるようだなあ。ま、いいことでしょうよ。

今は冬。これをしっかり耐えたものだけが、ホンモノの春を満喫できる。うーむ、けっこういいこと、言うなあ。そこでワシの一句。派手さはないがなかなか渋い一句であるなあ。

        葉の厚き青菜掘り出す雪の下

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二つの流れがある

それは、自分の外界と心の中のある流れ。

この世のもろもろのものは、すべて自分以外は、有為転変は世の習いで、移り変わる。感情や知性も、子どものころから変わらずに、ということはありえないが、無常ということがワカルということは、ワカルという変動しないものがあるからなのだ。妙な屁理屈だが。

今言っている二つの流れとは、その変化するものと、心の中に変化しないものがあるらしいということ。知・情・意だけではなく、表現するのが難しいが、瞬間の連続が永遠であるという妙な感じ、である。感じ、であるから心の働きであることは間違いない。

この感じに入ると、命が生きている?ということを感得できるような、そんなものである。このことはあまり詳しくかけない。アタマがおかしくなったと思われるので。

現世の冨とか名誉とか、あれこれの悩み煩わしさみたいなものが、それと比べるとどうでもよくなってくる、そういうシロモノである。何をしていても、その瞬間的な永遠性?にとらえられると、このままでいいのだ、になってしまう。だが、むろんそのままでは生きていけないから仕事をしたり、買い物に出かけたりする。それはそうなのだが・・・・。

ナンだろうね、この感じ??だからといって、特にハイになったりすることもない。

若いときにはあまり感じなかったこと。

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なんやかや言いつつ今年も

終る。早いようだが、よくよく振り返ってみると、けっこう事件があった。我が家的にも、だ。

人生いろいろあることは承知の上ではあるが、どんな問題でも、直面すればそれはそれなりに、おおきな衝撃である。

風邪ひとつ引いても、親鸞聖人でさえ、なんだか心細くなるという意味のことを歎異抄でも言われておる。

ワシは、困った時には易を自己流で立てて、その卦を見ることがある。どうにも解決の糸口が見つけられないときだ。そんなのは迷信であるというのは、あまりにもガクがなさ過ぎるとワシは、偏見で断言するものである。

易というのは、その内容をそのまま直に読んだら、何も得られない。そこから自分の直面する問題の解決の糸口を、読み取るのである。ワシは易者ではないから、いい加減なことを言っているのであるが、そういう風にしてワシは、易を立てる。

これまでずいぶんと見通しがついたことがあるし、良くない解釈が、ドンピシャリ当たっちまったこともあった。鳥肌が立つほどだった。

まあそれはワシだけの内奥のことだから、他人に言っても始まらぬ。

夢判断もワシはよくやる。それもまことにいい加減な自己流である。しかし、近頃は見た夢の解釈がだんだんワカル、というか、いくつかのパターンに分けられるようになり、これはただ自分の内部のコンプレックスが出ただけ、とか、感情的な色合いが出ただけ、とか、あるいはややモンダイアリだな、とか。

モンダイアリの中には、行動や言葉使いに注意だ、と知らせてくれるようなものもある。そういうときには、意識的に安全策を取るようにしているが、そのせいか、安全策をとってよかったという結果が何度かあった。

ま、これもワシの内奥のこと。他人に言えば、アホクサ、と哂われるのみなので、誰にも言わずに夢日記に記しておく。

そんなことより、日本は景気が悪くなったというが、本当なのか。どうもワシとしてはアヤシイと思うのだ。そりゃあ解雇される人がいるのはわかるが、一部の企業だけのようだなあ。人が足りない店やら、職種やらあるぜ。偏っているなあ、不景気が。

ある一定の水準以上のカネモチには、影響ないと思っておる。そういう連中は、そっちの方ではワルだからなあ。市場に回っている金の全体量は変わらないのだから、どこかに偏って、ゴマンと金貨銀貨がうなっておるのに違いないのだ。

大企業だって、ほんとうにアブナイのかどうか、わからんよ。現にアメリカの自動車メーカーの救済策、議会や国民は冷静に見ていて、潰れちまえばいい、なんか思っているそうじゃないか。儲け方のうまい連中だからなあ、ということ、わかっているのだ。

だから、ワシが前にも言ったように、自分で自分の生きかた探して、いつでも切られる身分のままそんなところにしがみついていないで、方向変えるチャンスと頑張った方がええ。

会社の悪口言って、前と同じ条件で雇え、と言ったところで、蛙の面にションベン。なんせ自分の会社が儲かっていさえすりゃあええ。すこし傾きかけたら、社員の弱いところから整理すりゃあええ・・・・。そんなもんよ。自由主義経済の会社って。

もし、自分が経営者だったらどうする?そうでしょ、ヤッパ、整理するでしょうが。そうして自分の身を守るでしょうが。

だから、そういうもん、と見切った方がいいのだ。これからだって、景気が回復すれば、また非正規雇用者、雇うに違いないのだ。だってそういう仕組みによって、会社は安全弁をこしらえているのであるから。

だから、本気になって権利を主張するなら、数で、圧倒して、どうしても意見を通さないと会社そのものが根幹から潰れる、そういう風にもって行かない限り、絶対にナメラレル。それはもうこの社会の論理。

つまり、自己をしっかりさせないととんでもないことになる、そういう風になっておる。振り込め詐欺もまだまだ、続く。どんな凶悪な犯罪もこれからもどんどん続く。ますます、人心は荒廃する。だからこそ、自分の生きかたをときには見直して、人生を大事にしなければヤバイのよ。取り返しのつかないことってあるんだぜ、このニッポンには。こういう国になっちまったのさ。

虎視眈々と、少しでも弱いところが狙われる。弱い人間は、カネを巧妙に巻き上げられる。借金地獄に落すのなぞわけはない。落とされてもまだ、世間が悪いだの、犬をコロサレタからいけないだの、親がアホだったからこんなボクになっちまっただのと、ワメク。誰でも同じ境遇になって、おなじように落ちるとは限らないのに。つまりはアンタがアホだったんや。そこから出発するっきゃない。ホント、厳しいようだが、成功するも失敗するもすべて自己責任なのさ。ガンバレ!!

とかなんとか言っているうちに、歳末。ワシは今年も紅白歌合戦などあんな歌手の名前もわからんアホ番組、絶対に見ないが、初詣はする。年が改まって、今年こそは、と願を掛ける。いいものである。どうせ三日坊主でも良い。一瞬だけでも、おめでたい気持ち、味わいたい。

静かに静かに、歳末と正月が迎えられたらいい。

ということで、なんやら分からん内に、このブログもことしの最終号とさせていただく。暮れから正月は、休刊。悩み事もお休み。電話もお断り。訪問者もむろんお断り。義母が亡くなったので、年賀状も新年の挨拶も、なし。そういうことで冬ごもりだ。

数少ない貴重な読者の皆様。人生後半のオヤジの愚痴、聞いて頂きありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。ではまた来年まで、さらば!!

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運否天賦は世の習い

これは吾が母の口癖であった。

うんぷてんぷ、という。母親というものは偉いもので、さんざん苦労してワシらガキどもを、赤貧の中、それに戦争中に育ててくれたのである。もがいてもダメさ、結局は天が決めることだよ、という。

それにはやはりモガクという生活実態があって、それでその後で、うまく行くこともあれば、どうしてもできなかったこともあった。しかし、そのモガキのお陰で、こういうふうな、明るい諦念に達する、そういうことを教えてくれたようなきがするなあ。

だが、若いころは、なんもワカランで、このカアチャン何言ってるんだ?で終っていたのだが、オッカサンのこのコトバを言っていた歳に近付くにつれて、だんだんわかってくる。

十代の娘っこが田舎から上京してきて一人暮らし。そうして大震災。さらに誰もがそうだったが戦後の混乱期。赤貧洗うが如しで、まるで食うものもなく、サツマイモ一本がその日の食事なんてこと、今じゃ考えられないが、実際あったのだ。

消防署の前で、街の衆が列を作って並んでいる。そうして芋俵から出されたサツマイモ何本か配給されて、持って帰ったのを鮮明に覚えている。それだけ腹が減っていたのであろうよ。

その後、やっとなんとか食える時代になったと思ったら、とんでもない大不景気がやってきた。なべ底景気と言ったっけ。そこでまたしても今度は我が家だけ、倒産してしまった。まだ子どもだったから、やはり空腹に責められた。

ワシの母親はトウにこの世にいないが、亡くなる頃に、ワシにこう言ったもんだ。

「あの貧乏の時にはもうお前達を、生かせておけないと思ったモンだよ」と。これを聞いてホントウニ凄まじい貧乏だったのだ、とあらためて当時を振り返り、そうしてその時によくぞ思いとどまってくれた、と感謝したな。決行していれば今頃はこの世にはいないのである。

どんなに頑張ってもうまくいないときには、それは天の采配と思え、とは、奥の深いコトバである。神は我を試したもう、という言葉があったように思うが、それに通ずる意味も汲み取れるのである。

そうやって、ようするにその場を凌いで生きていく、それは苦労人の生き残る知恵だろうな。苦労人にはもうこのコトバ以上の格言などナキニ等しいではないか。

コトバが先にあって、それに励まされて生きつづけるというようなものではなく、おそらく自分の境涯をつぶさに味わった時に出会ったコトバ、あとからそうか、こういう言葉がぴったりだなあ、と。自分の中に響くものがなければ、感受されないはず。

いやあ年の瀬って、なかなか渋いことを思わせるものだなあ。シミジミ・・・。

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図書館は人生後半組で一杯だ

久しぶりに図書館へ行く。

まずは新聞雑誌閲覧コーナーの込んでいること。ほとんどがワシらの年代。それも男が多い。

丁寧に各新聞を読み比べているのだろうか。こういうところでしっかりと情報キャッチして、刺激を受けられたらそれはそれで大いにいいことじゃないのか。そのために図書館はある。雑誌もいろいろ取り揃えられているから、あれこれ読んでいたら半日ぐらいすぐに経つ。

ワシも小説やら、ナマイキに哲学書やら借りて帰ってきたが、途中、信号で待っていたら、知り合いのオジイサンに出会った。

「こんにちは」といったが、うつろな眼。手にはスーパーのレジ袋を持っている。

気づかないのかと思って「○○さん、私ですよ。□□ですよ」と間近で声をかけると「ああ、どうも」と気のない返事。まもなく交差点を渡っていった。

その口調ではどうもワシのことはわからなかったようだ。しばらく会っていないうちに、モノ忘れがひどくなったのか、それとも認知症にでも・・・・と疑われるような状態だった。

せめて図書館で新聞でもいい、読んでいれば少しは脳味噌の老化も遅らせることできるかも知れぬ、そう思って、これからもせっせと図書館通い、しようと・・・・・。

ともかくナンモしないでボーっとしているのがもっとも良くないのではないか。

しかし、考えようによっては、はやく世界のこと周囲のことがわからなくなった方が、幸せかもしれん。いやいやいかんいかん。まだまだ弱気になってはいかん。じっくりと難解な哲学書、この休暇の間に(年末年始の休館日)読み込んでみよう。メンドウクセェ、とだらだらジジイになったら、これはもう一気に末期高齢者に転がり落ちるのは、火を見るより明らか。

フツウに生きるのもラクじぇねぇよ。ったく。

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暇つぶしかライフワークか

しだいに分かれ道にさしかかってくる。

それは主に体力の衰えから来る。何をやっていても、それが自分にとってはナンなのか。たとえば、焼き物に凝っていたとする。粘土を捏ねている時に、その作品が高く売れるようなものにしたいとか、作品展に出して高い評価がえられたら・・・とかあるいは、陶芸家と呼ばれるような段階まで行きたい、とかの、目標はライフワークとしてとらえて良いだろう。

しかし、粘土捏ねるのも力が要るようになる。出品するにも、車で不案内の繁華街まで搬入しなければならない。あるいは、展覧会の当番を一日、やらないといけない、などなど。

それらがもうイヤになってきたり、あるいは、とても体がついていけない、スケジュール立てるのも面倒くさい。会の仲間との交流がかったるい・・・・などと不満やら、愚痴やらが出始めると、「もういいか、このヘンで」になり、ただの暇つぶしに粘土細工、してりゃいい。テレビ見て、ウダウダ家の中にいるよりいいや、になると、それはもうライフワークではなく、隠居の暇つぶしとなる。

その境目に立たされるのが人生後半の、営為である。

どちらが良いとも言えない。だらだらと趣味的なことをやるのだって、まあボケ防止には多少なるであろうし、ナンヤカヤの家庭内のゴタゴタから眼をそらすことも一時的にはできる。何よりも家の中で邪魔者扱いされるよりはマシ。

こうしてワシらは、誰かが邪魔者扱いしているというわけでもないのに、ホンの少しずつ片隅に追いやられていく。

頑張れば良いじゃん、というのは外野の声。本人にしてみれば、じりじりと老いの坂をくだっているという実感的な悲哀は、ただ頑張ればいいというレベルではないことを、ひしひしと肌に感じているのである。

つまり昔から言うところの「無常」の風に吹かれる、というヤツである。

歳の暮れになるとその無常観がますます深まっていく。しかし、そこに、深い陰影というか、渋さというか、墨絵の美というかそういう風なものへと、人生観?が変わっていくようである。だからそれはソレデイイノダ。

暇つぶしの功名というものだってあるということ。

ワシとしては、「いつまでも若々しく現役バリバリで・・・」というヘンに元気でテラテラ顔のオヤジよりも、こういう風格のあるオヤジのほうが好感がもてるがなあ。ワシは、まだまだフラフラしているだけであるが。

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筋トレはワシらの年代では

どんな効果が期待できるのか。これはかなり興味のあること。

というのも、ワシら日々に筋肉の衰え、感じているからである。ただ筋肉マンになってもそれは何の意味もないことで、自己愛以外のなにものでもないので、それはただの趣味ということになろうが、階段が上がれない、ちょっとした段差でつまづいて転んだ、あるいはすぐ近くのスーパーにもかったるくてイカレナイ、などの障害が出て来れば、それはもう筋トレを考えなければなるまい。

だが、問題は筋トレのための準備的な筋トレを要するという、そういう衰え方になっておるということ。

だから、筋トレで筋肉を痛める、それで結局以前よりもずっと、歩くのがかったるくなる、敷居の高さでもつっかえる、という結果になれば、それは筋トレ阿呆ということになる。

若者が、毎日鍛えるとすれば、もはや一週間に1,2度で、しかも短時間に軽く行うこと、そういうことになっていく。

ワシもいい気になって、毎日メニュー作って、ヒイヒイ言いつつ、こなしたところ、やはり背中から首筋、手足の筋肉、くたくたになり、風呂屋のマッサージ器に何度もかかるしまつ。

それでも頭痛が取れないとか、背中の痛みが芯にまで達していて、前より猫背になったりしている。

これではいけない。やはり、ある程度のセーブが必要であろう。

まあ、一般的には、町を歩いていて転ばない程度。トイレに座って、立ち上がれる程度。台所で食事をつくる時間、立っていられる。この程度のことができたら、ワシらの年代、よしとしていいのかもしれん。

だが、それ以上に、もっと頑張りたい、まだまだ負けやせん、などと気負う。年寄りの冷や水であるが、しかしそのくらいの勢いがなければ、すぐにお迎えが来るぜよ。

今、ワシは、程度を加減しつつ、翌日に筋肉痛が残らない程度の筋トレ、試行しつつある。効果の結果がわかったらまた報告しよう。

それまでに、過労で潰れたら、元も子もないのであるが。

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日帰り温泉でのバアチャン達の会話

「「近頃、こんな風呂があちこちにできてよ。どこ入っていいんだかわかんねえなあ」

「そうさよ、この間よ、孫がばあちゃん温泉プールさ、連れて行ってくれっちゅうもんだからよ、行ったがよ。プールに温泉の湯がへえっているんだなあ。すげえなあ」

「そりゃぁ、プールなのかい。温泉なのかい」

「さあなあ。どっちでもいいんじゃねえかい。自分は海水着着て入ったがよ」

「まだ、そんなモン、持ってだかや」

「いやあ、しょうがねえべよ。孫から言われてよ。へえったけんど、泳ぐことができねえからよ、肩まで浸かってじっとしていただけんど」

「そうだなあ。温泉ってえ名前がついているだから、それでもいいはずだなあ」

「チット前までニュースになったラジオ菌だけんど、ありゃあ今はどうなってるんだ」

「ラジオ菌じゃねえべ。ネジレ菌じゃなかったかい」

「いやあ、ラジオネジレ菌だべ」(ほんとうはナンだっけ??ワシも忘れた)

こんなハナシを、大休憩室!の畳にひっくり返って聞いていると、昨日までの土起こしの節々の痛みも消えてしまう。

不景気で何万人もの失業者がでるという暗いニュースは、田舎のこのオバアチャン達には届かないに違いない。オバアチャン達に届くようになったら、ニッポンは完全に沈没だ。農村のしたたかな強さには相変わらず舌を巻く。

そろそろ、ワシの畑仕事も先が見えてきたように思う。一畝耕すだけでひいひい言ってしまう。それでも玉葱100本、植えてきた。何本残るかワカランが。

帰りに、安売りの野菜屋をみてみたら、大きなネットに玉葱がごっそり入って200円!!と書いてあった。がっくりだ。

農薬入りでもなんでもいいから、安くて口に入るものを食べちまおう、そう思ってしまう。自作はきついでえ。見ていると、温泉に入ったオバアチャンたちは次の日はもう、朝早くからホッカムリして、寒い畑に出ているのである。

このオバアチャン達がいる間は、ニッポンも大丈夫。そんな気がしてくるのであった。

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ワシの情報源、タカが知れているが

やはり、仕事からはリタイアした身であれば、テレビ、ラジオ、本、井戸端会議くらい。しかし、頭はこれでもくるくる回しているつもり。

先日テレビで、年輩の(83歳だったか)尼僧をインタビューしていた。その中で、おもろいなあ、と思ったこと。

ある人から人生相談を受けた。「シニタイ」という。それでそのお坊さん(尼僧もお坊さんでいいのか?)

「あんじょう、死にや」と応えた。すると、その相談者「あんた、宗教家のクセに、命を助けるのが仕事でしょう」と開きなおった。

「自分の命や、死にたければ死んだらよろしい」と応える。そうして「どうせいつかは誰でも必ず死ねるんや、安心してよろし。急いで死なんでも、それまで一生懸命生きたらいいじゃないか」と。

ワシもなるほど、そうだなあと納得。それなのに、自分だけ不幸の塊みたいに思って、やけくそになり、自分だけ自分のしまつすればいいのに、他人を巻き込んで一緒に苦しませようとする。そういうヤツが多過ぎるなあ。何で、人を巻き込むのか。お前は、お前の命。好きにしたらイイジャナイか。人生、どう考え、どう生きていこうと、つまり、向上しようと、転落しようと、アンタのせい。他人に迷惑かけなさんな。

だが、転落といっても本当はどこにも転落していないのだが。それがわからない。金持ちにならないと不合格、社会的地位が上らないと不合格、病気が治らないと不合格・・・・。ようするに欲しい惜しいが手に入らないと、ふてくされ、他人のせいにする。

これを地獄と言う。いつまでたっても、どこまでいっても、安心できない。ただただ怨みつらみの連続。自分の人生は自分でナントカせにゃイカン、ということがどうしてもわからないのである。

これってどういうこと?貧乏でも意気軒昂と生きられるし、先ほどの尼僧、片手が不自由。それでかえって、生きていることがありがたいという。こういう生き方だってある。あと20年も生きられると言っておった。

ワシら、めげると、ヒネクレル。自分以外のものが全てエラソウに見える。だが、心の中を見ればエラソウな人も、まるでグチャグチャだったりする。

この辺が、冷静に見られるとけっこうラクになるのだが。なかなかどうして、自分だけは・・・と幸せかき集めたい。人間の我執だなあ。

テレビで見たぐらいでは、なんもワカランと思うが、しかし、ふっと生き方で煮詰まった時に抜け道があるということがわかるだけでもいい。

どうやら一生、修行だなあ。

その尼僧こうも言っておった。「オトコも好きやし、ステーキが大好きや」と。うーっむ。達人であるなあ。

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大河を渡る夢

を、よくみるのである。海岸を歩く夢も見る。

この夢の話をワシら同年代の者と話をした。

「夕べ、渡し舟に乗ろうとしたのに、自分だけ乗れなくて、困った夢だったよ」

オバハン「それは良かったじゃないの。乗っていたら今頃、交通事故か何かであの世に行っていたわよ」

このハナシ。オバハンの言うとおりなのか、あるいは別の意味があるのか。かなり面白いことだ。

つまり、三途の川を渡ってあの世に行く、という話がよくされるし、また不思議なことに臨死体験者が、河の向こうから亡き親類縁者たちが、おいでおいでをする・・・・ということも読んだことがある。そのまま行ったらお陀仏だったが、お前はまだ早いから帰れという者がいて、この世に帰還した、などという。

さて、ワシは、もっと別の意味があると思っておる。河はやはり、人生上のライフワークであろう、と。それを渡ってライフワークの完成を目指す。それがやはり人間だろうと思っておる。おそらくは完成はないのだが、しかし、あくなき向上心によって、向こう岸に渡ろうとする。そういう存在と思っておる。

したがって、まだ河が渡れない状態なのである。今は。

人生上の、さまざまな課題。たとえば、やりかけている仕事、打ち込んでいる稽古事、家族の中のモンダイ等々。それらが解決を待っている。その課題そのものが渡りきれない大河。

夢は極めて象徴的にあるいは、イメージをもって、意識上に心の状況を映し出す。だから見たものをそのまま解釈することは、間違うことがある、と思っておる。これまでの体験からだが。

たいていは自分の心の中の状況が動画となって、出て来るのである。しかし、予知的な夢もむろんあると思われるが。というのも、ワシが体験した夢で、明らかに予知としか思われない夢があったからだが、それは1,2回しかない。ほとんどが心の中である。

だが、なぜそんなことを夢はやらかすのか。深層にあるものを、表に出すという意味が何かあるはずで、それは深層のこころと意識とが両者在って、初めて心というシロモノになるということなのだろう。

この夢を見た後で、口惜しいので、もう一度解決ヘンをみてやろうと思い、自分だけの渡し舟が出る夢を見てやろうと思って、寝た。すると、渡し場の受付のオヤジが出てきて、「いいですよ、臨時便をだしましょう」と言うのだ。

ワシはシメタ、これで人生上の課題、解決の方向に向かうぞ、と嬉しくなったが、オヤジ曰く。

「あんた、自転車ごと渡ろうというのかい。それはちょっとなあ」と言うではないか。おまけに臨時便が出ると言うので、人がわんさと集まってきたのである。

それでオヤジ曰く「少し大きめの渡し舟を出しましょう。船頭はすぐそこにいますから、呼んで来ます」

さて、そこまで見て、やはり目が覚めた。どうしても対岸には渡れないのだ。今はまだ機が熟していないのであろう。こういうときには無理してもダメだ。待つほかはない。

それで、もう続きを見るのはやめにした。そうしたら朝までぐっすり寝てしまった。むろん、今日は外出もしたが、事故にはあっていない。まあ、用心に越したことはないが。

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犬とは言えど

いつも行く散歩コースに、ある犬がやはり来ていて、よく出会う。

その犬は、マスチフ犬と言うのだろうか、白っぽい短毛。大型犬で、顔がブルドッグ風。ワシは犬の種類はよく知らんが。

モンダイはその犬ではなく、つれているオジイサンである。もう腰が曲がっていて、よろよろしているのである。今日など、雨が降っていて、合羽着ているので、周囲の様子もわからないらしい。

そこへ、黒くて精悍な犬を連れた男がやってきた。すると、そのオジイサンの大型犬は、いきなりその黒い犬に向かって突進しようとした。

結果は・・・・オジイサンがぐんぐん引っぱられていく。オジイサンは必死になってリードを両手で握り、運動会の綱引きで負けそうになって引きずられていく、その姿になっている。

黒い犬を連れた男は、そのオジイサンに向かってなにか強いコトバを投げた。ワシはその男の言葉が聞き取れなかったが、「こっちへ来るな」みたいなコトバであったろう。なにしろ凄い犬なので、突進してくれば、たいていの人間は、ビビル。

黒犬も、なかなか強気で、唸っている。あわや、犬同士の大激突。と思ったが、辛うじてオジイサンの必至ののけぞった体重で、犬はストップ。

ワシはその姿を見て、このマスチフ犬(としておく)の方がどうやら長生きするだろうと思ってしまったのである。オジイサンは、これから先、どのくらい散歩に連れてこられるのか、気になった。というのも、半年ほど以前は、オバアサンも一緒だったのである。オバアサンは歩けなくなったのか、ついて来ない。

ペットブームは良いこととワシは思うが、しかし、このオジイサンのことを考えると、複雑である。どこかに引き取ってもらう、他はなくなるのか。しかし、オジイサンのただ一人の友達かも知れず、手放したらどう?などと単純に思われないのだ。

その姿を見ていて、やはり我が身に置き換えてしまう。人生後半の、癒しと言うか、一つの生きがいとしては、ペットはこれからも重要な伴侶であろう。例えワシのうちの雑種・駄犬でも、けっこう可愛いのである。

疲れて帰った時など、ヘラヘラしながら尻尾振って玄関まで迎えに来られるというものは、いいものである。だがなあ。人生後半、なかなか難しいなあ。たかがペットだが。

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もう面倒になる、旅行の幹事

趣味の会でも、高齢化が進み、ワシのようなものが、若輩者の時代になってしまった。ところで、毎年行っている旅行会。どこの趣味の会でもやるだろうが、そういうものも、しだいに辛くなってくる。

お膳立てしていただいて、くっついていくだけでも、夜は、酒飲みの大宴会に、疲れてしまうし、昼間の散策も、もうかったるい・・・・という感じになってしまう。

それなのに、今度はワシが幹事をやれといわれる羽目に・・・・。

旅行先を選ぶのも、なかなか難しい。自分だけの旅なら好きなようにアレンジしてしまうが、露天風呂の大きいのがないとイヤだの、りょうりもそこそこで、宴会場もしっかりとってくれだの、ホテルじゃなく歴史を感じさせる老舗がいいだの、あげくの果ては、安く抑えろ、と来る。

そんな旅館、どこかにあるのかいな。

最後に、ボスの一言。「申込者が少なかったら、おまえのせいだからな」だって。

もうヤダ。旅行の幹事をこの歳でやるのなんて。どうしてこうも高齢者が増えちまったんだろう。ワシもその仲間に入りつつあるのだが。

会員の中には、糖尿病あり、心臓ペーメーカー装着しているものあり、なにやらの難病の人あり、最近骨折して杖ついてる人あり・・・・なのだ。

どこへ行けばいいのだろう。温泉場に救急患者受け入れてくれる病院、探しておかないといけないのかも。

12月の忘年会までに案を作って、会員に示さないといけないのだ。クルシイー。

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歳をとっても難しいのは人間関係

どんな組織でも、たとえば町内会でもあるいは、芸事、趣味の会等々、のなかで、それを仕切るヤツと、仕切られるヤツがいる。

仕切られる方が、イエスマンであって、はいはいいいですよ、と言っているうちは、別になんも問題は起こらない。

だが、いつもいつもそう言いなりにはなれないことが必ず起きてくるのだ。

すると、仕切っている方は、いつもは唯々諾々としていたものが、反逆する態度をちらっと見せるので、アタマニくる。

仕切るのは自分だ、という思い込みが強くなってきるので、始めの仕切り方よりきつくなっているせいもある。

こうして権力的な志向が生じ、ただの仕切りやから、ボスへと成り上がっていく。この時に、このチンピラボスが、少し人間として巾が広いと、組織はおだやかに収まるのだが、器量の小さいヤツが、ボス的になろうとすると、反抗分子を闇雲に潰そうとする。ところが、人間と言うものは、不思議なもので、これまで仕切られていた方も、頭から潰される、とわかると猛然と反撃に出る。つまり、自分を殺して、仕切られているものなのである。それが自分には保身術であったり、組織のためだったり、ということからそうしているだけなのである。

ところがチンピラボスは、それがわからないから、よけい居丈高になる。ここで、仕切られている方がそのまま潰されると、ただ一人のお人よしが組織を去って、またグループのダイナミックスは元に戻る。

だが、去らずにそのまま居残り、中で燻り続ける、となると、組織の中に分裂が起こる。つまり造反グループの誕生である。

ワシらの年代は、先がないので、できれば組織からは出たくない。だが、自分よりずっと若い仕切りやの性格が権力好きで、ワシらを年寄りとして小バカにする態度を取ると、ムカッと来る。ここで、ワシらは落胆して辞めるべきか、意地張って居続けて愚図るか、という瀬戸際に立たされるのである。

こういう場面、できれば遭遇したくない。だが、組織は人間関係であるから、どこかで衝突するのである。

ジジイはのん気でいいなあ、年金でふらふらしていればいいし・・・という見掛けは、その底にやはりなかなかドロドロとしたものを持ちつつ、ふらふらしているのである。

こういう時に、ふっと助けが欲しくなる。こうしてお寺巡りが始まると言うわけである。つまりは自我を持て余すのである。ナンマンダブ・・・・。合掌。

(それにしてもあの仕切り屋のオバン、なんとかやっつけてやりたいものだ!!)

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予防接種でもジジイは肩身が狭い

近くの医院へインフルエンザワクチンを接種してもらおうと出かけた。

待合室にて。母親とその子ども3,4歳と5,6歳の三人が待っておった。やはり予防接種と思われる。

ワシの前に待っていたオヤジ。やはり接種であった。注射が済んで、会計窓口へ。「1300円です」

オヤジ「一回でいいんですか」

受付嬢「はい、オタクは一回でいいんですよ」

それを聞いていた子ども。壁に貼られてあった注射料金を見て(賢い子で漢字が読めるのだ)「お母さん、ボクたちの注射代、高いねぇ、一回目は3000円だって。そうして2回目は2500円。どうして二回もやって、しかも高いの」(しかも、などと言う言葉を使う。なかなかナマイキなり)

するとお母さん答えて曰く。「それはねぇ、あなた達子どもは、元気でいて欲しいからよ、注射代高くてもいいし、二回注射すれば、よく効くでしょ」

ワシはそれを聞いて、・・・・ということはワシら1300円組は、ドーデモいいってことなのか。そうか、ソーイウコトだったのか。と今頃気がついた。

このお母さんは、ワシらの注射料金安いのも(一回でええ、薬の無駄じゃ)ソーイウ風に、とっている、と断定する。少なくともこの子どもは、こういうところでもしっかり、教育されてしまったと、やはりワシは断定する。何しろ賢いノダ、この子は。母親の意図はすぐに読み取ったであろう。

親子三人、そばにいたワシの落胆も全く意に関せず、わいわい言いつつ帰っていった。

ワシも1300円、やっと払って、玄関に向かうと、そこにパンフレットが・・・。

「近頃、尿が近くなっていませんか。恥ずかしがらずに医師に相談しましょう」とあった。ドーシヨー・・・。相談しようかな・・・。

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田舎は不動だ

田舎で大根と、サツマイモ掘っている間に、アメリカ大統領選挙でオバマ氏が、次期大統領に決まったとか。そして、小室ナントカ言う音楽関係者が、(ワシでも知っている、この名前)詐欺で逮捕とかいうニュースが入った。

テレビもねえ、新聞もねえ、パソコンもねえ・・・の生活で唯一のマスコミは、ラジオのみ。それで、畑仕事しながら携帯ラジオで知ったというわけ。

なんだか遠い世界の話だなあ、と思っちまった。

そうそう、戦時中に田舎暮らしをしていたさる著名な哲学者が、戦争しているということを知らなかったという話があった。これは十分ありうることであること、今回は確かめられたのであった。

大根堀している時に、近隣の村のジサマがなくなったとか、柿が盗られたとかいうニュースは大ニュースだが、オバマさんって誰?てなもんである。また東京の音楽のオジサンが詐欺で捕まろうと、それがドーシタ、なのである。

田舎は不動である。実に、見事なぐらいにだれも世界のニュースなどでは騒がなかった。

隣の猫は悠々と、ワシの目の前横切って行ったし、いつも犬を散歩させる村人その一のオジサンは、定刻4時30分になると、小太りのコーギー犬連れて、咥えタバコでやってくるし、草刈の後の焚き火は、ゆったりと空に上っておる。世は何事もなし、なのである。

農村の底力と言うものは、これはかなりたいへんものであろう。ワシはなんだか日本人のど根性の、ルーツ、見たように思った。

昨夜、近くの若者夫婦が一杯やりに我が小屋にやってきた。そこで話した事は、東京は人が多くてヤダナア、と、今度田んぼ借りられそうだから、一緒にやろうよ、とか、この犬は尻尾が可愛いね、歯磨きもするのかい、とかの話。中でも一番真剣に奥さんが話してくれたことは、「ほら、あそこのオジイサン、急に亡くなったんですってよ。まだ60歳だったんだって」だった。

それで、取ったばかりの大根とニンジンとサツマイモも入れたオデン食って、地酒のワイン1本空けて、ゴキゲンで帰っていった。その間、大統領が、と言う言葉とか、音楽事務所のなどという大都会言葉?は全く出る余地がなく、つまらない駄洒落言い合って、アハハ、で終ったのであった。

ワシはこういう田舎が日本にドーンと根を張っているということに、モノスゴク安心感を持つのである。

人間の毎日の生活とは、こうしたものであって、こつこつと種をまき、それを育て、ある人はそれを売り、日々の暮らしを営々と続けていく・・・・。そして祭りにはみんなで盆踊りを踊る。生きるということはこういうことなんだなあ、とガラにもなく、深く思索したのであった。

秋はこういうアホジジイも、思いが深くなるのである。今日も真っ青で抜けるようなすばらしい空であったなあ。イやもう冬じゃ。今日は立冬。今日から冬に入(い)る。そこで歳時記からこんな句を見つけた。

      健康な心を保ち冬に入る   奥田智久

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自分の姿を鏡に映さないこと

ショーウインドウなどで、うっかり自分の姿を見てしまうことがある。

がっかりするのがオチだ。

もう少し、背筋も伸びていたはずだが、と思うが、鏡は真実を映している。背の高さも少しずつ縮んでいることは確かだ。

うっかり頭のてっぺんなど鏡に映してはならない。どんなに髪の毛に自信のある人でも、多分、うっすらと地肌が透けてきているはず。

毎日朝、鏡を見ざるを得ないのだが、(髭をそるので)それほど老化しているとは思っていないのは、毎日少しずつ老化しているからであって、何ヶ月か経ってから、いきなり鏡に自分を映せば、驚く。

先日、新しいデジカメを買ったので、自画像を撮影してみた。そうして仰天した。なんとおふくろの晩年の姿が、そこにあったのである。

もうそんな歳になっているのだ。ひたひたと「それ」は迫ってきている。

鏡よ鏡よ鏡さん、ワシの若いころの姿を映しておくれ。

ナニ言ってやがる!!ジジイはジジイでオーケーじゃ。ワシはこのジジイ面で残された時間、大手を振って歩くんじゃ。もっとすごいジジイ面かと思ったわい。うちの鏡は思いやりがあるのう。グンと若く映っておるワイ。思い切り背中伸ばせば、まだまだイケルわい。

ああ、シンド。

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柿のうまい季節だなあ

正岡子規という俳人は、ものすごく柿が好きだったそうな。

ワシもどういうわけかこのごろ、柿が好きになった。(関係ないが)

先日、知人が、プアラスチックのケースに、皮をむいた柿をたくさんもって、趣味の会に持ってきた。ワシと同年輩であるが、たしか伴侶を昨年なくされたと思う。

それで、きれいにむいているその柿、自分で剥いたのかい、と尋ねたら、そうだよ、自分で何でもやるんだよ、と言っていた。

「去年までは、剥いて貰った柿を出してもらって、ただ食べるだけだったんだけどね」と笑いながら言う。

そのケースの中の柿は、種が入っている自家製の柿だが、実においしかった。もう少しで軟らかくなる、その寸前のが好きだ、と彼は言う。

わざわざ、自分の庭になった柿の実を脚立か梯子か、に登ってもぎ取り、皮を剥いてきたのである。

ワシら男の年配者は、すぐに面倒がって自分が食べる分だけしか取らないものだが、彼はその日の朝早く取った柿を皆の分まで剥いて持って来たのであった。

こういう人をワシは尊敬してしまうのだ。自分には出来ないなあ、と。

周りの者でおいしく頂いて、そのケースきれいに洗ってお返しした。偉いものだなあ、と感心しきりの一同であった。

こんなことでも、感心してしまうのである。ワシらものぐさジジイは。

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ジジイでも落ち込むのだ

もういい加減に落ち込んだりせんだろうと思われるかもしれんが、やはり、人間続けている間は、落ち込むこともある。

そういう時、あるオジサンオバサンは、カラオケに行くとか、どこでもいいから旅に行っちまうとか、映画だなワシは、と言う人もいれば、酒だ酒、とわめくヤツもいる。

それぞれにナンヤカヤと、逃げ方はあると思うのだが、ワシの場合、もうもがくだけもがいたら、あとは耐えるだけ、という極めて原始的な方法をとることが多いな。

耐えているうちに、どん底が来る。ここらあたりが底だわい、と思われるところに出る。周りは灰色。人々は皆、ワシの視界から遠ざかる。原因はどこかにあるのだが、よくわからないままに、のた打ち回っているうちに、ふと転機が来る。

ここに原因があったのか、と気づく。それはどん底にいても、うすうすは感じていた原因なのである。たいていは、いわゆる自我への執着。

あれが欲しい、これが欲しい、なんで自分だけ・・・とか、こういう風に人生が展開すれば良いのにとか、つまりは自己中心的な発想に取り込まれている。おまえ一人、うまい汁吸える訳ないのに。

これはもう人間の宿命的な執着であろう。したがって我執ともいう。

それがちょっと見方を変えると、その立ち位置に気づくことがある。そこから一気に落ち込みは解決へ向かう。

恐ろしいもんだなあ、この我執っていうヤツは。自縄自縛、ということ。人間、目先のニンジンに惑わされて、迷うのである。アホだが、しょうもないこと。

こうして、浮かび上がるが、しかし、しばらくするとまた、オレがオレが、という我執がアカのようにこびりつきだす。そうしてそのあげくには、がんじがらめとなり落ち込むのである。

ワシの経験ではこういうときに、逃げない方がいい。酒、タバコ、あるいは薬。趣味などなど・・・に逃げればいいかと思うが、それが結果としてはよけい混迷することになる。つまり、ひっかかっているのが我執であるから、それから目をそらすことは不可能なのである。血で血を洗うようなものなのである。酒など、飲んでいるときにはけっこう憂さ晴らしだ、と思われようが、時には余計に落ち込みがアルコールの力で増幅されることもあり、悪化することもあること、要注意である。翌日の猛烈な二日酔いだけが残る。

心は、そんなものではごまかしがキカナイ。アッタリマエだが、自分は自分の落ち込みをよーく知っているからである。

だから、ワシは、ひたすら、耐えて、出口を心の中に探す。必死で手探りで探す。心のどこかに出口があるはずだ、心が混迷しているということは、混迷しない平地があるはずだ、と探し回る。

すると、なんだいこんなところに、鍵があったのかい、というところに出る。意外に簡明な鍵である。つまりは、あれこれ省略するが、自我にしがみついていて、それの周りをぐるぐる回っているかぎり、落ち込みの底からは出られない、という事なのである。

こんな簡明なことが、わからずに這いずり回る。それが、一時の迷いであるが、アホナコトには人間、何度でもこの惜しや欲しや、に振り回されるのである。そうしてまた・・・・。の繰り返しであるが、まあしょうがないでしょ。煩悩具足の凡夫ですもの。

ワシは思うに、今時の株のこと。上下するたびに一喜一憂しておる人々見ると、まさに我執に囚われてのた打ち回っているように見えるがなあ。

これって、ワシが一株ももっていないヒガミかしら。ジジイのヒガミかいな。カネのゆくえに一喜一憂と、それを見ているヒガミとどっちが良いかというと・・・・。どっちも我執かいな、アホくさ。

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同じ行動パターンで生きている

5年前の日記、ひもといてみた。

なんと、今迷っているあることについて、はっきりと、記されてあるではないか。

今、あることで、どっちへ進んでいけばよいのかわからなくなっていたので、ふと昔の自分はどうだったか、知りたくなったのであるが、その結果は、まさに驚愕である。

つまり、同じ問題に悩み、そうして、多分、そのまま行けば、同じ解決方向に向かえばよいということが、示されてあるのであった。

これはどういうことを意味するのか、と言えば、人間(といえば間違っておるかも知れんな、ワシはと言っておこう)は、おそらくその人の持っておるタイプで選ばれた人生で生きているということ。

選択肢は限られているのである。右へ行くか左へ行くか、迷った時に、選ぶ道は、結局、その人間は同じ方向を選ぶ。

逆の方向を選ぶということは、おそらく、無い。(とワシは思う)

というのはワシのこれまでの選択をつらつら振り返ってみるに、やはり同じ生きかたを選んでいるからである。これはもうどうしようもないことかもしれん。

火事などで逃げ場を失ったときに、人間のとる行動の一つは、いつも使っている方向に逃げる、ということがあるそうな。そっちが、危険とわかっていても、だ。こうして、あとから検証すると、この人は何でそっち方向に逃げたんでしょうねぇ、というギモンが残ることになる。

これは、その人間の長い間に獲得された行動パターンに依拠することで、こんどもこれで行けば安全という道を選択するのである。

ワシは、この日記を今日読んでみてよかったと思ったわい。この日のために、無意識のうちに、書いていたのかもしれん。人間、意識して生きているようだが、意外に、無意識に左右されることが実に多いことは、ユングに言われなくても、明白な事実。

ちゃんと、転んだ時には、こう起きればよい、ということをあらかじめ道しるべとして、かいてあった、と思いたい。

・・・・と、書いてきて、気づいた。これって、つまりはなにを書いたかすっかり忘れているということ。若くねえなあ・・・・。

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なんだか面倒くさい一日

朝からどんよりしているし、もうなんだか面倒くさくなった日。

夜中に2時間おきにションベンしなくちゃいけないし、しなけりゃ垂れちゃうし。布団を抜け出して便所まで行くのが面倒くさい。

メシ食うのも毎日同じ朝のメニュウが、面倒くさい。ニンジン切って、牛乳いれて、湯を沸かして紅茶いれて、もうこの辺で面倒くさい。パンなんか食わなくたっていいや。

テレビ見ても、倒産の話とか、するならしちまえ、面倒くさい。

今日の星座占いでは、最低。そりゃそうだろうよ。それももう面倒くさい。最低でいい。

いつもの趣味的な会に出かけるか。これもまた面倒くさい。行っても同じ顔ぶれで大した埒もないこと、ごちゃごちゃやって、人間関係も面倒くさい。

しかし、家の中でバカテレビ見ているのも面倒くさい。

こんなこと書いているのがもう面倒くさい。面倒くさいからもう今日はこれまでだ。晩飯食って、ボケーッとしているうちに、9時ごろになれば眠くなる。そうしたら寝たらいい。寝るのも面倒くさいがこれはしょうがない。

ああ面倒くさい。歳をとるのも面倒くさい。

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富士山に毎日登るオジサン

がいるというので、テレビを見て驚いた。(昨日のテレビ番組)

雨が降らない限り、毎日富士山に登るという68歳のオジサンである。午前中には登って下りて来る。そんなことができるのだろうか。テレビのスタッフも半信半疑。山歩きのベテランそろえて、待機。

しかし若い彼らも振り切られてしまう。らくらくと頂上へ。

それからがさらにすごい。そのまま金時山にのぼりさらにさらに、ゴルフの打ちっぱなしでスイング。

これが毎日となるとこれはもう奇人変人、を越して怪人・偉人の類となる。

ワシらの年回りでこんなすごいオジサンがいたとはなぁ。ワシはこの人は現職中はどんなモノスゴイ仕事をした人かはまったく知らないのだが・・・。

この人の、富士登山への動機は、新田次郎の山岳小説を読んでから、という。つまり、若い時に読んだ小説が、ずっと心の中に澱んでいて、いつかは、この小説の中の主人公のような登山をしてやろうという、コンタンが、熟成しておったものとみえる。

ワシが言いたいのは、退職後の人生の、出発点には、こういう若いときに実現できなかった「夢」がある場合が多いということ。ソレデイイノダ。

そういうものがなくて、ぼんやりと退職すると、それから何でもいいから探さないといけない。それはなかなか見つかるものではない。

だから、自分の中を、探照燈でよく照らして、そうだ、もう仕事はしなくていいんだから、カネは現職中よりずっと入らないが、その中で、やってみたかったことを、こんどこそやってみようと。

なんの制約も受けない。法に触れなければイイノダ。どこまで行けるかワカランがやってみよう、というちょっとしたトキメキから、スタートするものであろう。

だが、それがこういう形で見事に花開くと言う例は、そうそうないぜ。

おそらく、肉体的には心肺機能バリバリで、精神的には何かやっていないと不安になる、奥さんに向かって納豆投げつけたり、チャブダイひっくり返したりして、暴れたくなる。

モウヤダー、こんな生活!!と喚きつつ大通り裸で突っ走る・・・・。そういう極めて反社会的あるいは非社会的な、野に放しておくと危険極まりない猛烈スタミナあまり人間の、エネルギー発散の場として、富士山はちょうど良いサンドバッグ・ターゲットなのであろう。

いや、ワシはこういう人のことを悪く言っているわけではない。ワシにはとてもこんな野蛮と言うか、スーパーマン的な行為は出来ないので、尊崇するのだが。

早く言えば、富士山があって良かったなあ、ということ。富士山がなかったら、と思うと・・・・。もしワシがこういうすごい人と知り合いだったとしたら、やはり身辺、注意するだろうなあ。

ともかく、なんだかんだ言ってもワシは、負け犬の遠吠え。参りました。

今日はゴミを出す日。猫の額ほどの庭の落葉なんぞはき集めて、袋に入れましょう。ワシはせいぜいこんなところなり・・・・。

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こういう人生後半の態度は

いかがなものか。といういのは、今日、愛用の自転車で走っていると、まえにかなりのお年と思われるオジイサンが、犬を二匹連れて歩いている。

両手に一匹ずつ、リードを持っている。つまり右と左に犬が道一杯に広がっていると言う風景。

そこでワシは、チリンチリンと警笛を鳴らす。しかし、かのオジイサン、全く知らぬ存ぜぬ聞こえませぬ、の風情。ワシは、引っ掛けてもいけないと思い、さらに大きくチリンチリン、と鳴らした。

聞こえない訳はないというほどの、大きな音で、しかも耳元で。だが、知らぬ振りである。

ワシは、後からちょろちょろと、交差点まで後をついていかざるを得なかった。追い越そうとしたとき、ジロリとワシを見上げた。つまり後ろからワシがついているというのを知っていた、と断定したのである。

また、良くある光景だが、信号が赤になっている交差点、あるいは、横断歩道ではなく、車の往来する道を悠々と横断する高齢者の方。

こういう、足が不自由だったり、耳あるいは目に障害があるとはとても思われないという感じの高齢者がおるのを見たことがあろう。

これは、つまりはワシの卓見によれば、「さあ、もうどーにでもしやがれ。どうせワシら年よりは世間様のお邪魔よ。年金も安いし、保険料も上がるし、どうせ後期高齢じゃ。」と開き直っていると断定する。(今日は断定が多い)

だからその歩く姿には、片意地張っている、肩が上がって、ふてくされている様子、ありありと見えるではないか。

ハネル?はねたきゃはねやがれ、家に帰ったって、意地の悪い嫁とババア(これは奥様のこと。彼の言葉そのままに収録しておる)しかいねぇんだ!!クソッタレ!!なのである。

ワシはまだそこまで開き直れないで、ぐずぐずしておるが、こういう高齢者の方を見て、ついふらふらと、はねてしまう、そんことがあってはならない。ワシも車に乗っている時、こういう方を見ると、なにやら、ハネタクなってしまう、恐ろしい心理が働くのである。

自転車で、後ろから、思い切り犬のケツに向かって行こうか、と引き寄せられるような気がするのである。これはやはり、高齢者の開き直り型オーラとでもういべきモノであろう。

よくよく気をつけて、交差点など渡らないとイケナイ。

ワシもそういう高齢者になりそうな、いや、むしろ、なりたいな・・・というヘンな誘惑に駆られることがある。ひそかに思うに、誰でもそうなるのではないか、と断定しておく。

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歳を計算に入れるということ

これはもうワシらの年代では重要である。

近所で工事が始まったので、なにかと思ったら、都市ガス引き込みの工事だった。それからほどなくして、都市ガスに切り替えませんか、と勧誘に来た。

どのくらい工事費がかかるか、試算してもらい、考えた。確かに、一ヶ月の使用料は安くなる。だが、工事費を安くなった一ヶ月分で割ってみて、こりゃあどうも、と考え込んだ。

なんと、元を取るのに、15年かかるのだ。それでも勧誘員は、そこまで行けば、後は安くなるんです、とニヤついて言う。そりゃそうだろうよ。しかしだ、ワシがそれまで生きていればの話だ。

ことほどさように、歳を計算に入れていかないといけない歳回りになっておる。それで全てを割り切っていくということは、かなり重要なキーポイントである。

さて、ニュースを聞いていて、面白かったのは、民放のトップニュースは、定額減税の復活。ところが、Nケチケチは、自治体の業者へのプール金云々。これはどういうこっちゃ。

ここでもまたワシは「残された歳」でこの問題を解くと、自治体のプール金などどうでも良い、ということになる。どうせワシらには返ってきやしない。ワシは太っ腹なので、そんなハシタガネなど、どうでもいい。(どういうわけか景気が悪くなると、公務員イジメが始まるのだ。)やはり、定額減税の戻りの方がはるかに大問題だ。

現実にカネが入るのである。後何年生きられるかワカラン。一円でもお上からちょうだいできるなら、そりゃあウレシイよ。葬式代もそろそろ用意しなきゃいかんし。定額減税を積み立てておけば、檜のピッカピカの棺桶にすることだって可能なのだ。

だから、人の懐なんぞ、どーでもええ。

スモウレスリングについてもワシはとんと関心がない。八百長なんぞドンドンやったらいい。どうせ、それだけのモンなのだ。これはワシの持論じゃ。

スモウは興行という。つまりはショーじゃ。プロなんじゃ、面白くしなきゃいかん。それに毎日顔を合わせる1対1の個人的な格闘技まがいのショーなのだ。情実で、八百長するのはこれはもうアッタリメエのはなし。マスコミのごはん・ネタになるだけ。

ワシは自分の懐には関係ないこういう他人の懐勘定など、とんと興味ない。「ずるいなあ、カネ貰って負けるなんて、」というヤカラの心底は、俺も欲しいなあ、なのである。コロンと転がって、400万円!!なのだから。それくらいのことはワシくらいになればお見通しである。

ともかく、もうこの歳になれば、自分の残りの人生の時間から全てを逆計算していくのだ。そうすればごちゃごちゃと、社会問題など思い煩うこともなく、純国産、我が家の庭で採れた完全無農薬梅酒でも飲んで、バカテレビでも見て、アハハ、と哂っていれば良い。

歳とると、ラクでいいなあ・・・。

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オバンです

ワシらオジンとは違う行動パターンがあるらしいということ。

隣になかなかのオバンがいらっしゃる。彼女の家の隣は、農家が所有する土地。その境界にそのオバンが、薔薇やらなんやらを植えておった。

それら蔓性のものは、どこが境界かまわぬ。つまり、境界のフェンスに一杯茂ったわけだ。それを見た農家のオバン。これがまたなかなかのモノで、ワシもなんどかこっぴどくやられたことがある。

ここでわかりやすくするために隣家のオバンをAバンとし、農家の方をBバンとする。Aバンが丹精込めて育てていた薔薇やそうそうジャスミンもあった、を、なんとBバンが根っこから切りおった。境界線を越えて不法侵入した、と政治的に判断したものとみえる。

それを黙っているAバンではない。アッタリマエのことだが。そこでAバンはどういう行動に出たか。ここがワシらオジンと違うところなのであるが、なんと、近所でもっとも噂話の好きなオバン、これをCバンとすれば、そのCバンに話したのである。

結果は一ヶ月もしないうちに正しく現れた。つまり、そのあたり一体のオバン連合に知れ渡ったのである。

「ええっ?Aさんの薔薇とジャスミン、勝手にBさんが切ったんだって?ひどーい」これである。

とうことは、つまりは回りまわって、Bバンの耳に入ることになるのは、アッタリマエのことであった。オッソロシイのは、Aバンは、そこまで計算していたらしいということ。これって、すっげえことじゃん。

話はここでは終らない。アッタリマエである。

ついにBバンは、いたたまれなくなり、Aバンのうちへ、菓子折りもって謝りに来たのである。まあ、ここまではなんとなく世間常識は多少なりとも持ち合わせておるわい、と言うハナシであるが、だが、まだまだハナシは続きがある。

「ごめんなさいねえ、うっかりお宅の薔薇とジャスミン、切っっちゃて。これお詫びのしるしです」

「あら、いいんですのよ、そんなことしていただかなくても、オッホッホ」

その後がすごかった。ドアを閉めて、Bバンが帰って行く。ところが帰りしな、これは間違いなく聞こえるようにこう独り言をかなり大きな声で呟いた。

「ああ、よかった、これでせいせいしたわ。まったくこのうちのAさんったら・・・」これである。これがすごいとワシは、感心した。つまりは陰口に対抗して、しっぺ返しをしたのである。ワシはとてもこんなことはできない。ワシだったら平身低頭して、Aさんから見えなくなるまで、屈んで歩くなあ。

ところがである。ハナシはまだ続くのである。

Aさん、このBさんの大声の呟き、はっきり聞いちまったのである。アッタリマエであるが。そこで、これもまたスゲエと思うのは、Aさん曰く。「またCさんに言って置こうっと。Bさんが帰りしな、わざとこういう捨て台詞吐いたって・・・」

ワシはもうナンも言えない。ただただ、スゲエなあ、と仰ぎ見るばかり。ワシの家の草が少し、Bさんの敷地に入っている。これを早くナントカしないと・・・。「オバンです」と来られたらワシはもう逃げるぜ。

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自分だけ正しいオバサンとの闘い方

この前、こういうオバサンといやな目にあったことをチト書いたが、翌日、ワシはこの会へ出かけていった。

面白くないから休もうというのは、間違いである。そうすると、ますます押し込まれてしまう。絶対に引いてはならないのである。

朝、顔を合わせる。その時が第一番目の勝負である。必ずといっていいほど敵は意識して身構える。つまり「おはよう」の挨拶が一瞬遅くなるのである。

ワシがどんな態度で来るかが気がかりなのである。やはり、心中では、言い過ぎたかな、と忸怩たるモノがあるのである。

ワシはそれを読んでおる。そして敵が、怯むうちに、すかさずニッコリ笑ってオッハヨー、と元気よく挨拶してやる。これは敵に強烈なパンチとなる。

「え?あたしがあんなに言ったのに、このオヤジ平気なのか・・・」となる。

それからは、フツウの態度に終始するようにする。どこまでもフツウに行く。これでほぼワシの勝利は間違いないものとなる。

出遅れた挨拶というものは意外に、劣等感を引きずる。だが、ワシは何も失礼なことはしていないのである。避ける態度も示していないのである。これがその「自分だけ正しいオバサン」には強い衝撃となる。これまではたいてい相手は引きさがってヘラヘラしたり、辞めちまったりしたのに、このジジイはなんともないらしい・・・くそっ!!ということになるのである。

これでもうあとはもう平気である。何もなかったようにして、職場であれば平常の職務を淡々とこなしていればよく、趣味の会だったら、オヤジギャグなど飛ばしつつ、自分のペースを守っていれば良い。

つまり、いちいち意識して行動すると、ついには敵の術中にはまり、自分から辞めざるを得ないような、結果になっちまうのである。これは実にアホであって、自分はナンも悪いことはないのに、結果として、「え、あの人、辞めたの?何で?」になっちまうのである。

ここでの処世訓は、「ごちゃごちゃしたら流す」ということである。こんな処世訓あるかどうかワカラン。しかし、現実には極めて有効な処世訓である。

ワシは、この会で、もう後には何も引きずらないで、面白楽しく、今日もやってきた。ワシはワシの人生じゃ。文句あっか。

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だれだ年寄りはカネモチだなどと言った政治家は

ワシはあんなことを平気で国会で言った政治家(kという総理)がいたので、今ワシらがターゲットになったと思っておる。

今日、郵便局の前を通ったら、警察官が立っておる。つまり年金の振込み日なので、振り込め詐欺を警戒しているという。

ひどい時代になったものだ。

還付金など、電話で「振り込みます」などと言うわけがない。しかし、少しでも小銭が欲しいから、まんまと引っ掛かる。なけなしの年金、取られる。だから、ワシらも油断がある。孫が車の事故で金が要るから、と言って電話でせびる。可愛さから、つい大金を振り込む。子どもが、仕事にあぶれて食うや食わずの生活になったから、金送ってくれだの、タクシー代がないから少しでもいいからカネ送ってくれだの・・・・。それって本当なの?

かと思えば、できもしない株取引に手を出して、この金融危機に、巨額の損を出す。年金じゃツマラン、という。

銀行に金を預けても、とんでもない常識外れの低金利。ならば、株で儲けてやれ、となる。これもまたあのk総理と、T閣僚とが仕組んだことだ。自由市場だから、経済が活性化する、と思ったのであろう。たしかにうまく立ち回ったヤツは大儲けしているはずだ。だが、一般人は、その餌食にされるだけなのだ。

この際、だいじなことは

1 孫や子には美田を残さずといった、先人の名言を肝に銘じること。ワシらよりはるかに若い者のほうが収入は得られるはずだから。

2 ラクシテ小銭がほしいという根性は捨てること。本当にカネが欲しければ、起業するか、まともに再就職すること。うまい話などこの世知辛い世の中であろう筈がない。なけなしの年金、大切にした方がいい。自分の首を括るようになっちまう。

ワシら年よりは、アホと思われておる。そうとしか思えないではないか。しっかりしようよ。

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年よりの冷や水的トレーニングなのに

体育の日だなあ。

またまた三日坊主のトレーニングをするオヤジ、いると思うがな。

今日あたり、きゅうにロードワークするおっさんが目につくなあ。ランニングにパンツ1張。そしてたいていは野球帽をかぶり、ちと気取ったやつは真っ黒なサングラス。ま新しいシューズ。

走っている姿を見ると、腰が落ちて、足は後ろに蹴るよりも前方斜めに踏み出すので、蟹が縦に走っている姿。

この排気ガスのひどい街中の道路を、ぜいぜい言ってよろけつつ進む。倒れる時は前に倒れる!とわめいた、かの耐震強度偽装マンション販売した不動産屋のオヤジのセリフ思い出すその雄姿。

奥さんに、なんと思われているか、わかっているのだろうか。「ドンドン無理して走ってちょうだい。一日でも早く、心臓発作で逝って欲しいの・・・・」だよーーー。

だから決死のロードワーク終って帰れば、熱い風呂を用意して待っており、その後、体が冷える前に、心臓がきゅきゅっと締まるようなものすごく冷えたビール、トンと机の上に置かれ、つまみはものすごく塩分の濃い、「塩辛」と脂っこいチャーシューの厚切り。

うーん、これを毎日続ければ、奥さんの予定より早く逝ってくれるかもよ。

そうとは知らず、くだんのオヤジ。「うちの奥さんは偉いなあ、こんなにワシのジョギングのバックアップしてくれて。健康第一だものなあ・・・」と泣くのである。

アホ!!

まんまと計略に引っ掛かっておる。アンタが買ってもらったジョギングパンツ。100均で売ってたぜ。それに阪神の野球帽。あれ、子供向けのコーナーで、投売りしていたぜ。ランニングは、子どもの部活の使い古しだぜ。ま新しいシューズ。あれはフリーマーケットで30円だった。サングラスは子どもが海岸で拾ってきたやつだぜ。しめて180円!!かわいそーだなあ。

これであと葬式出す費用計算するだけ。家屋敷自分のものになって、預貯金、今から引き出しておいて自分の口座に入れておけばいいし・・・・。

ドンドン走って、はやく逝ってちょうだい、これ、案外本音だぜ。

だから言って置く。年甲斐もないトレーニングは三日坊主にした方がいいって。

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親分の辞め時

いやあワシとしては,Aさん、Fさんという政界の親分が辞めた時よりも、阪神の岡田監督が辞めると言ったことの方がしっくり来たなあ。

別に阪神ファンでもなんでもないのだが、このことには心を動かされる。

なんせ、絶対にリーグ優勝すると誰もが言っていたのに、なんと13ゲームも落としたんだって?

うーん、やはり親分としては、あまりにもそのチームの不甲斐なさに、ガックリ来たのだ。

これは自分のせいだと反省した心もあったろうが、ワシが思うに、モチベーションが落ちてしまったのだ。

選手だって、もっとしっかりせにゃイカンということもあるが。

どうも最後の最後で負けちまうなあ、このチームは。それがまたなんとも可愛いのかもしれんが。ファンとしては。

ワシは、すっかり岡田監督に同情した。辞めたほうがいいとか、辞めるなよとかいう問題とは違うぜ、これは。もうなんも言えない、ただただガッカリダヨ、ということ。これはいわゆる燃え尽きたということであって、ただ同情する。

ワシは、こんなになってもガッカリもしないような奴は、かえって嫌いだね。負けてもナンチャラカンチャラ言って、居直るヤツがいる。ヤダねぇ。それに比べて岡田監督、いいよ、人間的で。

マスコミもファンもあれこれ言いなさんな。トップはつらいのだ、独りでここまでやってきたんだ。ただひたすら同情したらいい。ワシはそう思う。

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やはり頭が少しずつ悪くなっているので

これをナントカ食い止めないといけない。

先日、ある先生(俳句の)と話をしたら、その人がものすごく深く人生を考えていて、ワシはすっかり感心してしまった。

俳句と道元、荘子との関係について話をしてくれたのだが、その話を聞いていて、ワシは、ほとんど理解できず、すっかり劣等感を持ってしまった。

理解はできないのに、しかし、道元はこう言っているから・・・・と言われると、えっ、そんことを言っていたのかぁ、ということになるのだ。

それでワシは、これは勉強不足である、ナントカそのはじっこでもわからねばならぬ、と思ったのであった。

簡単に言えばやはり頭が悪くなっているのである。というより、本を読んだり、思索したりすることから、遠ざかってしまったということであろう。

なるほど、最近、すっかり読書から離れてしまったわい、と。

そこで、帰ってからやおら、道元の正法眼蔵の解説本を引っ張り出し、かの先生の言われたことが書いてあるかどうか、確かめようとしたが、どっこい、大部の書である。その言葉を見つけることはついにできなかった。

それで、さらに口惜しいので、荘子もパラパラと読み返してみたが、やはり、先生の言われたところがどこか、ワカラナイ。

困ったものだ。この歳で、教養がないということは。

ちなみにその先生のオン歳は、83歳である。参りました、と手をつきたい感じだ。

それにしても、先生と言われるからには、そのくらいの見識がないといけない、とすっかり感心。尊敬の念、ますます深めたという次第。

先生と言われるからには、生徒から、スゲエなあと思われるようでなけれなばイカンものね。

この先生から、引き続き、また飲み会で、できるだけ傍によって、議論を吹っかけて、その教養のはじっこを、頂こうともくろんでおる。

この歳で、人生を学べる先生が近くにいるということ。これは、滅多にない僥倖と言わなければなるまい。

時に読書の秋。少し手元にある本でもいいから、読み返してみようという殊勝な気になっているのである。もうワシの人生も秋だからね。多少の実りは欲しいよね。

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やはり話題はノーベル賞でしょうな

まあすごいことですな。4人も受賞するなどということは。ニッポンジン、たいしたもんですな。

アメリカに渡って業績を上げるばかりじゃなく、国内に止まっていながら、たいへんな研究する人もいて、なにやら嬉しい。

さんざんインタビュウさせられて、疲れてしまったと思う、特に日本の中にいたお二人。

さて、このお二人のインタビュウ見ていて、科学者と言うものは、やはり喋りがあまりじょうずではないということ。これはいいことだな。こつこつ考えて、それを論文に発表する。だからごちゃごちゃしゃべらないでいい。学者らしくて、好感が持てるな、喋りがヘタということは。

それと、同時受賞した人を先生と仰いで、その人と同時に受賞できたことを素直に喜んで涙を浮かべていた人。あれも良かったな。先生を大切にする、それは大事なこっちゃ。自分を教えてくれた人を、ないがしろにするようなモンはろくなモンじゃないからな。こういうところに学者の純粋さが出ていて、良かったな。

いろいろあるが、家庭ではフツウのオトウサンです、と言っていた奥様がいた。あれもいいな。そうして家では机に向かっていたことがないという。家ではくつろいでいたんだろうな。人間、一日中考え続けることはできんものな。息抜きが必要だからな。それが、安心できる家庭にあったということ。あれも良かったな。だがその家庭で風呂に入るときに、思いついたのが、ナントカ理論だそうだ。これも良かったな。

インタビュウの中で、若い人に送る言葉として、「理想は高く、そうして苦しくても諦めてはならない、」と言っておった。これにはガツンとやられた感じだな。やはりとことん頑張ったのであろうよ。粘り強く。偉いもんじゃなあ。

まあ、いろいろあったが、しかしだ、どんな研究だったのか、それがさっぱりワカラン。たいへんなこっちゃなあ、最先端の科学と言うものは。まるでチンプンカンプン。頭が悪いということは哀れなモンじゃなあ。ただエライことを発見したそうだ、ということしかワカランモノなあ。

もうクオークの数やら、クラゲのたんぱく質やらの話は、ワシらの年代では、理解できんものかもしれんなあ。いや待てよ、受賞した人たちはワシよりずっと先輩であった。

ということはヤッパ、ワシがアホ、ということかいな。ワシなぞさしずめ「脳減る賞」受賞か。まともかく、ワシはワシなりに、頑張りましょ。チッポケじゃが理想はまだあるからな。

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なんとなく面白くない道路事情あれこれ

旅行していて、の話。

たとえば、車線は一つなのに、かなり広い一車線なので、車が二台走れる。ということは、割り込みも自由だし、交差点では車が二台並ぶことになる。そんなこと知らないから、真ん中にとめて、信号の変わるのを待っていると、無理やり横に並ぶ車があるので、なんじゃコイツハ、となる。

ワシは人格者だから、こんなことでは争いはしない。ちらっと運転手を見るだけで見逃してやる。

また、いきなり右左折の道路標示が出る。もう今からじゃ右折は無理だ、ということになるが、しかしワシは、紳士なので、無理やり割り込んだりせず、ウインカーで標示しつつ、じっと右折の機会を待つ。すると、やはり、なんだこの他府県ナンバーの田舎モンは、という顔でねめられる。

スンマセン、ワシらの田舎じゃあ、車線は右折しやすく標示されるモンで・・・。となる。

こういう道路事情は全国で統一できないものか。それぞれの自治体のオカミがなさっているのであって、簡単には参らぬものにちがいない。

それとこんど驚いたのは、ガソリン価格。ところによってこうも違うものかと、びっくりだった。

リッターで10円は違う。満タンにしてから少し走ったら、グンと安いスタンドがあったりすると、なによこれ、こんなにも違っていいのかよ、になる。一円だって、一年間払い続ければ結構な金額になるぜ。

10月からは安くなっているはずなのに、平気で、前のままの金額に据え置いている「コスイ」スタンドもある。ワシなどは世渡りが下手なので、そういう一番高いスタンドに、吸い込まれるようにはいってしまう。これはやはり運命の一環なのであろう。そこですぐに、店員に訊いて、値段が高かったらすぐにさよならして別のスタンドに入ればいいのだが、その勇気もない。

満タンにしちまってから、「あのう、リッターいくら?」なんて訊いている。もう後の祭りだって。「ゲッ。」と言っただけで、スタンドを出る。それからゆっくり車の中で悪態をつくのである。

またこんなこともあった。ある名所を見学(物か)に行ったとき。一時間200円と書いてある駐車場をみつつ、高いなあ、ただのところはないのかなあ、と探すうち、もういいや、になって、やはり吸い込まれるように次の有料駐車場へ入った。ここは50メートルと離れていないのに300円。

ワシはもう諦める。こういう風にできているのだ、ワシの人生は、と。しかし、チト口惜しかったのでお金を取りにきたオバチャンに言ってみた。

「隣は200円じゃん」するとオバチャンニコニコしつつ「はい、でもうちはきちんと車を見張っていますから」だって。どこだって管理人のいる有料駐車場だったら、一応は見張っているでしょうが。

しかし、ワシは鷹揚なので「あ、そう」とだけ言って、車を降りた。見学場所もぐるになってこの年金生活者から搾取しやがった、と思ってしまう。

そこは、修道院だったのだが、清貧というイメージは今でもない。しかしワシはもう年輩の酸いも甘いも噛み分けたジジイである。フフン、世の中こんなものだ、とワカッテイルので、グット我慢する。

それにしてもあのオバチャンのヘラヘラ顔、忘れられないのはどうしたこった!!やっぱグヤジイー。

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時折話題になるのが、最期のこと

これはまあ、まだ早いのかもしれないが、ワシらの年代になると、何人かが集まった時などちょくちょく話題になるのだ。

今日は、数名でナンヤカヤ話していたら、一人が、緒方拳が亡くなったってよ、という。えっ、ホントカよ、みたいな話になり、そうして最期のことに自然になっていったのだが。

こういうとき、すぐに話題なるのは、「苦しんだのかなあ」である。

やはり最期が苦しいのは誰しもが嫌がること。あたりまえだが。そうしていつものように「ころっと逝きたいなあ」になるのが、順当な話の流れである。

そこでやはり必ずといっていい落ち着くところが「この間、知り合いがさあ、風呂場でころっと逝ってさあ」とか、「トイレから出たところでバッタリよ」などのウラヤマシイ最期のあり方に移っていく。

だが不思議なことに、事故で最期を迎えるとか、自死の話は出ない。飛行機や車、そして災害で亡くなる人も多いのだが、だれもまさかそれはないと思っているのである。それもそうだと言える。だれも今乗っている車があの世行きのあのお車とは思っちゃいない。

その話の中で、ある人が曰く。「一人になって、だれにも看取られず、家の中で終ったら、悲惨だなあ」「何日も発見されないという話、よくあるじゃないの」

そこでワシは例のヒネクレ根性で言ってやった。「そうなっても、もう自分の姿は見えないんだから、いいんじゃないの?」

それでもヤッパリいやだという。そうかなあ、ワシは平気だがなあ。自分だけということは家族もいないのだろうから、後顧の憂いなし、ということ。むしろさっぱりしていていい、と思うがなあ。

ナンヤカヤ話してそうして結局は、「自分じゃ最期は選べないものなあ」とため息ついて「さて、もう帰りましょ」と解散する。

さて、誰が最初かな、アイツだろうか、などと思いつつ、家路をたどるのであった。

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いやなことは続くということ

があるなあ。

体育館で、運動する間、ちょっとその辺りに自転車を置いていたら、怖そうなオッサンが急にきて、「誰だ、こんなところに自転車なんか置くヤツは!!駐輪場に置け!!」と怒鳴られた。何も邪魔になるわけじゃないのに・・・・。しかし、ワシが駐輪場に置かなかったのが悪いので、言われれば黙るほかない。

それから家に帰ろうとして、交差点で自転車を止めて信号が青になるのを待っていたら、ホームレスとオボシキおじさんが自転車に荷物一杯積んで後ろからやってきた。そうして、やはり怒鳴られた。「おまえ!!そこにいたら回れねえだろう!!」と。

おじさんは、ワシの前を通って左へ曲がっていった。つまりワシが歩道にふさがっていたので、後ろを通って回れない、というわけだった。

そんなこんながあって、どういうわけかその日は、いやなことばかり。つまりは、自分が邪魔にされている、という厄日だったのである。

なぜだろう、こういう風にいやなことが続くというのは。よく経験することである。やはり、その日の運勢とかいうものは、アリなのか。

ということは、良いことが続くのもアリ、ということであろう。

こういうことを単純に信じるにはもう、歳が行き過ぎているので、(ひねくれているのでと同義)たまたまの流れさ、とだけ思えばいいのだが、これがどうしてなかなかヒネクレ切れないのだ。

ワシはよく自分の前を走っている車のナンバーを見る。これでワシがひそかに決めている自分のラッキーナンバーがあると、よっしゃあ!今日はついてるぞ、となる。

その結果であるが、統計を取ってみると、悪いことも良いこともない、という「平常日」、であることが分かった。

これはよくよく考えれば、実にすばらしい吉日であると思えるようになった。何もない!!これが一番であろうよ、人生。ガハハと笑う様なことがあると、たいていその後には、泣きが入る。

だからナンモナイ、というのが最高なのであろうよ。

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外面では薄情だが

実は、なんとかしてやりたいのだが、どのように接していいのかわからない、というのがワシらの年回りか。

ワシも、他人が困っているのに、それに手出しをしてやりたいのだが、ヘタに手出しをしてかえって迷惑を掛けて面倒なことになってはいけないという心配から、ただ遠くで見守って終わりにする、という場面がたびたびある。

これは薄情ではないのだが、他人に優しくするというココロガマエが子どものころからできていないのである。つまりはどうしてと良いかわからない、というだけである。

今日、床屋へいって散髪して来たのだが、その時に、待っている間に、短い時間で散髪してくれるという店だったので、次々にイスが空いて、それに詰めていって、順番を待つ。

ワシの隣の席が空いた。これまでは次のヤツが、詰めればいいのに、ワシは知らんよということで過ごしてきたが、今日は、なぜか思い切って優しい気持ちになり、外で待っていたオジサンの肩を叩いて、「詰めていいですよ」の合図をしてやった。

そのオジサン、嬉しそうに、ニコニコしてイスに座った。

ワシはこんなことですっかり嬉しくなってしまった。年甲斐もなく、だ。

ワシら、あまりにも他人に無責任なのかもしれん。

このブログではいつも、矛盾していることを言っているのは承知しているが、逃げ口上で言えば、それが人生なのよ、なのである。

そこでこんども矛盾していることを言うと、ある知人が言っておった。「他人を助けるのはいいが、出血している他人を助けるのには慎重にしたほうがいい」と。

これは医療関係者にはもう周知の注意事項。言わずと知れた感染症のリスクである。

ことほどさように、思いやりがかえって仇となるということ、あるいはたいへんなリスクを負ってしまうということ、結構あるのである。

人生というもの、なかなか複雑である。よしと判断してやったことが、かえって悪い結果になること、多々ある。これはもうワシらの年齢になるとよく見聞きする。

だから薄情と思われることが、実は薄情ではなかったり、思いやりでやったことが結果として這い上がれないような陥穽に嵌ってしまう、ということもあり、それらを判断しつつ生きることになる。

エライこっちゃなあ。

だが、あの床屋のオジサンは嬉しそうだったし、特に良くない結果にはならなかったと思うがな。

まあワシらのできる、思いやりはその程度かいな。

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ある程度歳をとっても適応する能力

は、なかなか大したものだ。

というのは、車の旅行を2週間近く続けてきて、その間、旅館に泊まったりして、ふだんと全く違う環境の中で、過ごしたので、体調もヘンとまではいかないが、出るものが出なかったり、眠れなかったり、したのだが、帰ってきて、テレビのスイッチひねったら、もうなんだか前のとおりの生活パターンに戻ってしまった感じがしたのである。

つまり、心身ともにその今の環境に、順応しようとする。

そうして、夜になるといつもの時刻に眠気が来る。朝はいつもの時刻に起きてしまう。

今朝外出したところ、少しふらつく程度で、3000キロ以上も走り回った後とは思われない体調なのである。

だが、ワシは気が小さいのですぐにこれはおかしい、と思った。ニセの順応なのだ、と勘ぐる。

懸命に今の状況にあわせて、いわば「生き抜こう」としているのではないか。そう危ぶんだわけである。

昔ならオジイチャンと呼ばれる年回り。それがこんなに適応する能力があるとはシンジラレナイ。

多分、数日経ってから、どこかがガクッと来るのである。むしろそうなった方が安心というものである。やれやれ、体調が良くても不安なのである、人生後半は。

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まだまだいける人生後半の旅

いやあなかなか有意義な旅であった。

あれこれ書くことはあるが、とりあえずは無事に我が家に戻ってこられて良かったわい。オン歳ウン十歳と何年かになるが、ほんとの話、出かけるまでは、果たして無事に帰れるかどうか危ぶんでおったが、周囲のものの助けも借りつつ、北の国、12日間の満喫旅行であった。

一番堪えたのは、やはり予想通り、車の運転。これは文明の利器ではあるが、しかし、なかなかどうして体力を要する。

肩がこる、目が霞む、アクセルを踏む足が、かったるくなる、眠くなる・・・・。ヤバイのである。加齢に応じて、困難度はぐぐっと上がる。

だが、やればやれるものであって、途中道を間違えて、同じところをぐるぐる回ったり、ナビが古いので、新しい道を通れず、山の中のガタガタ道を行ったり、あるいは通行止めの道に入り、別ルートもわからず、同じ町の中を徘徊する・・・というようなこともあったが、やけくそで新たな道を開拓したりして、それはそれでまたオモロイ。と言えるのも無事に帰ってこられたからであって、アブナイ目には何度かあった。

しかしながら、だ。ここでもうダメだ、と投げ出したら、もはやこれまでなので、老骨に鞭打って山坂こえて参りやした。

諦めかかっていた車での遠方への大旅行ができた、ということはワシにとって大きな自信。

年寄りでも老け方の早い人は、諦めが早過ぎるのでは・・・と推測する。かく言うワシも、途中何度もへっこみそうになったが、同乗者の叱咤やらなにやらで、なんとか持ちこたえたという次第。

しかし、まだまだ行けるでぇ、人生後半の旅。あきらめちゃいかん。同年輩のオジイサン、オバアサンが、車にわんさと荷物積んで、北の大地、走り回っておった。ある意味、そういう時代になったのかもよ。

若モンも、がんばらにゃイカン。

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秋思が旅を誘う

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嬉しいアホな政治

これほどはっきりと、政治家の面目が躍如とした発言はなかったなあ。

基準値を越えても健康には心配ない、国民が騒ぐから云々、じたばたしない、(管轄の役所)に責任はない・・・・。良くぞここまで言ってくださった。ワシはむしろありがたかった。これほどまでに政治がでたらめで、自分のことしか考えない公務員ばかりということを、はっきりとお示しいただいた。

対する野党の言葉もありがたかった。「党利党略での発言」云々。いつも言われていて言いたかったんでしょうね、このことば。国民の安全は、などという発言はじめにあってしかるべきなのに、さらさらありませんでした。こうして野党も与党もそして政治家なるものが、丸ごと自利・自略なのであるということを、はっきりわからせていただいた。嬉しいー。

ワシはもう嬉しくて、そーかそーか、ヤッパリそーだったのか・・・・と手を打って感激したのである。

嬉しいよ、こういうアホな政治家の正体が見えちまうっていうこと。これからもこういうアホ発言、お待ちしてマース。

そのたびに、ワシら高齢者は、ますますガードを固めて、生活守りますでな。

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白髪のおじさん

ワシがいつも行く犬の散歩コース。上に道路が走っているガード下のようなところに、縁石があり、そこに、今朝、白髪のおじさん(といってももうオジイサンの年代)が座っていた。

その様子だが、頭を抱えて、煙草を吸っている。何か、相当の心配事があるという感じ。

実はそのおじさんは、ワシも知っている人で、奥さんと息子さんの三人暮らし。少し前まで犬がいたが、急に見かけなくなったので、多分犬は死んだのであろう。

何かとても困っている様子であるが、話しかけるほど親しくはない。犬を散歩させつつそれとなく様子を見ていた。

そのまま近くを通って、また帰りぎわ、見るとやはり同じところに同じ様子で白髪の頭を抱えてじっとしている。

その人の息子は、知的に障害のある人で、もう30歳は過ぎていると思われた。ワシは、この息子さんと何度もすれ違ったりして、その程度であるが、顔見知りである。

ワシは家庭の事情は全く知らない。しかし、ワシと同じような年代のおじさんが、頭を抱えてじっとしている。それもこの雨降りの朝、雨が当たらないようにガードのようなところに座っている。おそらくどうしてよいかわからないような事情が家庭に勃発したと思われる。それがすごくわかる、というか、なにか同情したくなった。

ワシらの年代というのは、心理学者に言わせるまでもなく、人生の後期に起こる危機、というものにしばしば襲われるものなのである。不思議と。

ようやく円満に退職もしたし、家のローンも済んだし、子どももどうやら独立したし。もうこれで安定か、趣味にでも打ち込もうかという歳回りに、しばしばとんでもない出来事が、言葉の通り、ハプニングが起こる・・・・。なんてこった!!というわけである。

ワシは、その白髪のおじさん一家、つまり親子三人がよく散歩していたのを見て、仲が良くていいな、と思ってみていたのに、奥さんか息子さんに、ナニカが起きたのである。特に障害のある息子さんは、近所でも離れて歩くような心無い人がいるので、なんどもつらい思いをしてきたに違いないのであるが、彼に何かが起きたのかもしれない・・・・。事故か、事件か・・・・。

あるいは奥さんか。

いずれにしろ、家ではがっかりするような姿は見せられないから、こっそりとガードの下で先行き考えつつ、こんなに朝早くタバコを吸っている・・・のであろう。

それは思い過ごしだ、とも考えてみる。だが、ワシの心はそれでは納得しない。そんなことをするわけがないのだ、ちゃんと家庭のあるフツウの後半人生にあるものは。

ともかく、彼は、ワシが見ている間中、じっと下を向いて、白髪頭を抱えて、ただひたすら煙草を吸っているのだった。なにかをじっと耐えているという感じで。誰にもいえないことを持ちこたえている、のである。

ワシらの年代、誰に相談することもできず、ただ草原で老いたライオンがじっと怪我を耐えているような姿でいる、そんなことが結構あるのである。

若いときには見えなかったことが、ワシの歳回りになるとだんだん透けて見えるようになる。

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台風を喜ぶ男

がいた。

ワシの若いころの話だが、友達に、変なヤツがいた。そいつと話していると、なんだかそいつの言っていることが人生の真実を言っているような、(これは錯覚だったと思うが)、気がしたものだ。

そいつは、自然災害は好きだな、という。なぜかというと、自然災害は、誰にも平等だから、という。つまり、どんなに偉そうなやつの家にも、台風は来るし、地震は来るというのだ。だから、平等でいい、と言う理屈だ。

そいつは、ナニカというと世間に不満だった。自分だけ貧乏だの、上司がエラソウに命令するだの、なかなか自分の仕事が認められないだの、恋人ができないだの・・・・。ありとあらゆる人生上の出来事が、不満なのであった。

ワシら友達連中は、そんなブータレル奴が、けっこう好きで、はちゃめちゃでいいじゃん、みたいな感覚で付き合っていた。

ワシとしては、こいつは組織では生きられないな、と思っていたが、やっぱり、若くしてまもなくその勤めを辞めた。そうして、なんと能面師になってしまった。

そいつの唯一の自慢は、版画だったのである。年賀状は群を抜いてすばらしい版画で飾られていた。

版画だけは続けたい、そう思っていたのではないか。それで、なんとか自分の好きな仕事がしたい、誰にも邪魔されずに、一人で、こつこつできる仕事、と決意したのであろうことは、容易に察しがついた。

それで、能面師に弟子入りした。そこで、腕を磨いた。それから何年か何十年かして、あるときに、展覧会というのか発表会というのかそういうのをやった。

ワシの友達が見に行って、軽い気持ちで「いいなあこれ、欲しいなあ」と一つの面を指差していったら、「おまえには買えないよ。ウン十万だよ」と小バカにされたそうな。

その友達は驚いた目をしてワシにその報告をしていた。

そいつが、台風は好きだと言っていたのである。だが、台風だって、被害にあうのはやはり、全て平等とは思われない。古い民家だったり、崖の下だったり、あるいは、耐震強度もしっかりした建造物ではなかったりするのだ。それはワシが勝手に差別的に言っているわけではないことは被害にあわれた映像を見れば、明らかであろう。

やはり、能面師になったアイツも、地震にも台風にも強いマンションに入っていたのであった。ウン十万の面ができる、それだけの良い仕事ができるということは、なんだかんだ言っても、とても恵まれていた、と言わなければならない。努力ができるということは、健康で、ギリギリであれ食えるだけの財力があり、弟子入りのチャンスがあったのである。

台風が来ている。ワシは地震や台風が来るたびに、そいつの言葉を思い出す。それがどうした、といわれれば、別に・・・としか言えないが。

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全てはつながっている

というのは、わかりやすく言えば、このところ大騒ぎしている金融問題。うるさいほど盛んに宣伝していたあのアメリカの保険会社の親会社のハタンである。

これなど、もろに、日本の加入者の不安を煽っていることであろう。

ワシは、あんなに宣伝する会社はアヤシイと思っているので、入らないが。もっとも入るほどの保険料も無いので・・・・。ははは。

ことほどさように、アメリカのことだからワシや知らんよ、というわけには参らないのが、キョウビのグローバリゼーションってえやつじゃねえのかい?

というわけで、意外にもこんなカネの問題で世界がつながっているということが、わかっちまったのである。

それをさらに拡げていくとどうなるか。世界は、隅々まで、実は、複雑ではあっても、いろいろな形でつながっているのである。とエラソウに断定したい。

人間だから、その思考も行動パターンも大体同じである。やってはならないことは、世界中ほぼ同じであろう。うーっむ、そーなっていたのか。

というわけで、全く極めてものすごく大雑把ではあるが、思いがつながっていて、そうして時間もつながっていて、そうして過去現在未来もつながっていて、つまりは全ては一になるのである。ははは。

極めていい加減に何の根拠も無く、科学的な証明もなく、誰かのご託宣も無く、ただいい加減に、気分に従って言っているだけである。ははは。

それで、予知とか透視とかも実は当たり前の話であって、占いはそれを見えるものが見えた、と言っているだけ。ただし、偽者は除く。ははは。

こうしてなんでもかんでもが、複雑にしてしかも、潜在的あるいは顕在的に見え隠れしながら、大きな宇宙となって盛んに動いているのである。そこにはむろん生も無ければ死もない。なぜなら、一だからである。そーだったのか。すっかりだまされちまったよ。

というわけで、畑で、ナスやらカボチャやらと、気持ちを交わすうちに、おかしなことになってきたのである。ナスが、ボケ茄子。カボチャがカボチャ頭、とワシに言っておった。ははは。

真面目な話、こんな気分になったこと、誰にもあるんじゃないのかい。え?ない?アホはワシだけ?

ワシの知り合いで、かなり親しくしていたある人が、一日でも家を空けると、夜中、可愛がっている盆栽に、水をやりながら話しかけていたのだが、それを後ろから見ていた奥様が、これは完全に「来たな」と思ったそうだ。そうである。アタマニキタという意味である。

「いい子にしていたかい?え?お水が欲しかった?そうだろうねえ、ゴメンね。ホラ今からお水やるからね。オトウチャンを許しておくれよ。そうかそうか、お前は、暑くても大丈夫だったのかい。えらいえらい」などと言っていたのであろう。

しかし、ワシはそのオッサンと話をしても別に非常識な人間じゃない。ごくごく当たり前のその辺のオッサンである。どうせ、アホどもにはナニをいってもわかっちゃくれない、と知っているのである。だから本当に盆栽と話ができる、ということを、黙っているわけである。

なんだかこの話題、まとまらなくなってきた。このまんまで今日は終る。ははは。

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暑さぶり返す

ったく。せっかく自己流気象台から秋宣言したばかりなのに、今日の暑さかな。

こう暑いと、何となく腹が立ってくる。そういうときには、ワシはコーヒーを飲んだり、好きな洋楽を聞く。

ラジオの人生相談など聞くと、余計暑くて、耳から熱中症になっちまう。夜は涼しいのだが。

しかし、虫達は完全に、秋ですーと言っている。なんだかボーっとしちゃって、ブログもぼんやりモード。

あしたからまた少し、畑に行って来る。3,4日というところか。スイカと、カボチャ、ピーマン、大根が気になる。

あんまりガシガシ働かないで、空を見たり、田舎の風景をじっくり見たりして、少し、疲れ気味だったので、それを癒すつもり。

ダメだ、今日はモウ眠い。

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こんどは焼酎かい?

ッタク。困ったもんだなあ。ワシもあのメーカーの焼酎、飲んだことがある。あの時悪酔いしたのは、毒のせいだったのかも。

しかし、流通経路がどうのとか、役所の検査がずさんとか、言っているがちょっと視点がとぼけていやしないかい。

何で、そんな米、輸入しなくちゃいけないのか。日本の田んぼは疲弊している、というのに。自国米が食べられず、輸入しなくちゃいけないというのが、ヘンじゃないのかい。

国際的な取り決めだから、という。アホナコトいいなさんな。そのセリフは、日米和親条約、不平等条約の時代に散々な目に会わされてきた歴史があったじゃないの。

そんな取り決め、へいへいとする国がアホなんじゃ。結果、毒米食わされるのは国民じゃ。江戸時代末期と少しも変わらんなあ、ニッポンの外国恐怖政策。これはもうただの弱腰政策などというレベルじゃないぜよ。アホ国家のレベルだぜ。

哂っちゃうよ、外国から見たら。「ニッポンってぇ国は、自分の国でいくらでも米ができるのによ、つくっちゃいけない政策をとってよ、それで農薬で散々な目にあっている例のあの国から、まだ毒入り、カビ入りの米、買っているんだってよ・・・」「懲りない国だねぇ。ったく」

一部ではこんな物騒な議論も出る土壌にもなる。それは「この国には軍隊が無いからいけない。脅されっぱなしなのも当たり前だ。やはり武器をちらつかせないといかんよ」と。

こういう話題はワシら庶民には関係ない、とおもったら大間違いで、現にこのワシでもあの焼酎飲んでおるし、入院した時には、病院食でご飯、食べておる。間違いなくワシら庶民に影響が出る。

健康上の問題はない、というのが国の見解だが、それなら、ドンドン毒入り魚・野菜・餃子・米など食料輸入して、安く売ればイイジャナイか。むろん、厚生省も農水省の担当役人も、バクバク食べていただく。

街の人にインタビュウすると必ず「なにを信用していいかわからない」と言っている。この国は、口に入るものも信じられず、一方では、街頭演説で、我こそは親分に、といった調子のいいことをがなっている。とてもあの5人の連中では、毒いり米を輸入禁止にすることすらできまいなあ。輸入元に返すなどと言っている。これはこれからも輸入する、ということを前提にしている。ということはこれからも、毒入り食料品、食わされるということじゃろうなあ。

ワシは、思うに、一番初めに影響が出るのはペットだろうと思っておる。ペットフードには、なにが入っているかワカラン。ワシらの口に入るものでさえワカランのであるから。

ワシのうちにも、ドッグフード大好き犬が、ゴロンといつも昼寝しておる。こいつが、いきなりわけもなく狐みたいに痩せ、コンコンと鳴きだしたり、あるいは、ドッグフード、足で蹴飛ばしたりし始めたら、これはもうかなり毒が回っていると判断しようと思っておる。次はワシの番だ。

昨日は酒を少し飲んだが、青森産であるから、まさかあそこまでは毒が回っていないであろう。いや、甘いかな。

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いやあ暑かったなあ

この夏。何て暑かったんだろう。むしむしするし、気温は35度とか、上がりやがって。

しかし、数年前に夏ばてしたのに今年は、まだやられていない。昨日あたりからグンと涼しくなりやがった。夜中はモウ寒いくらいで、開けっ放しだった戸を、久々に閉めた。

季節の移り変わりは面白いもので、ある日からいきなり秋になる。ワシの勝手天気予報では、昨日から秋と断定する。

これからはどんなに暑くても、朝晩は涼しくなるでしょう。よかったあ、ワシらの年代のものには秋が嬉しい。同じ年代のオヤジと今朝顔をあわせて、異口同音に言った言葉。「暑かったなあ、死ぬかと思ったぜ」ホントだ、危なかった。

このところ重いことばかり書いたので、今日はこれで終わり。

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事実を受け入れるということ

もうこの話は止めようと思ったが、一言、言いたくなった。

対照的なふたりであったなあ。スモウレスラーの事件。

どこまでも自分はやってないと言い張り、厳正な検査結果が出ても、その検査がおかしいという。ならば、再検査すればよいのに、信用しないからヤラナイといい、しかし、自分はニッポンスモウが好きだから、スモウは辞めないとも言う。それがついに、解雇となったらこんどはにわかに悪態のつき放題。陰謀だの、スモウ界は汚いだの、破れかぶれの恥さらしの醜態晒すしまつ。世間はモウわかっちゃっている、というのに。

一方、タイホされた力士は、泣きながらすみません、皆さんに迷惑掛けました、ニッポンスモウツヅケタイデス、と平謝り。これはなんとも哀れ。

まあ、やったことの重大さを、警察にいる間に、気づいたのであろう。遅かったなあ。

自分を律する、ということはこれはもう大人の資格。その上、プロのスポーツマン?否、武道家といってよい立場のものが、心身を蝕む薬物に頼るとは、なんとも人間としてもプライド失った負け犬の姿。

やはり事実を受け入れて、後は立ち直ろうとする、これしか残された道は無い。

まだまだ、三人とも若いし、ニッポンオオズモウでぶん殴られつつ、それこそ竹刀でたたき上げられたはずだから、再出発は十分に可能。むしろこの教訓生かせば、その辺のちょろちょろしている若い衆より、ずっと腹も据わった立派な大人になって、一角の頭になれるかもしれないのである。

本国に返されるであろうが、それからも、ニッポンオオズモウへの悪態つき放題ついて、ふてくされていれば、はじめは、同情していても、ついには本国の人々も見放す時が必ず来ると覚悟しなければならない。

そういう人間はどこの国へいっても、胡散臭い人間として、遠ざけられる運命にある。

どっちかといえば、泣きながら反省した方に、分があると思うなあ。それだけ事実を受け入れているからである。そこからなら立ち直りの道は近い。ふてくされてから、立ち直るまでには、その「泣きながらの反省ルート」を必ず通らなければならないので、その道のりは、はるかに難しくなる。人間、否定から肯定に変わるのは、容易な転換ではない。

ふてくされ、ニッポンを怨みつつ、本国でやけくそになって、暴れつつ生きるか、あるいは、事実を受け入れて、自分なりの生きる道を地道に探して安定するか。いずれを選ぶかは、これはもう本人の実存的な選択。傍がとやかく言ったところでどうにもなるものじゃない。

というわけで、こんな事件でも、人生がわかるというものです。

ところで、トップのお方。やっと自分からお辞めになったようだが、誰かが、こんこんと説得したんじゃないのか。言われて辞めるより自分から言っちまいな、って。そんな疑いすら持ってしまう、お方でありました。この人ももっと早く事実を受け入れていれば、こんなにも醜態晒さずに済んだのになあ。

もっとも早すぎる辞任も、ヒンシュク買うぜ。言わずと知れたこの国の親分。

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智慧のつき方

嘘のつき方ではなく、智慧のつき方。

これはなにを言いたいのかというと、人生後半に入ってくると人生ってなんだろうと考える時に、その判断をどこに依拠するか、ということが変わってくるもんだ、ということ。

回りくどい言い方だが、要するに、若いときには人の生きかたを見たり、本を読んだり、あるいは他人からの指導などを受けたりして、いわば他力によって(仏教的な意味ではなく)生きかたを学んでいったと思うのである。

それが、歳を重ねると、人の判断より自分でものを考える方が多くなる、つまり内向的に自分の中で、判断する傾向になる、とワシは思っている。

何度も同じような経験に遭遇するので、その時に自分はこう判断した、という積み重ねがなされ、それで、自然に、他からの判断を仰がなくてもナントカ自分で判断できるようになる。

しかし、ここで、陥りがちなことは、自分勝手になる、傲慢になるということである。だから、時にはやはり周囲のわけしりや、先人・年配者の言うことも素直に訊く耳を持たないとバッターアウツになる。

これはまずい。こういう人はそのドツボにドップリ嵌っているのに、それに気づかないで、むしろ「周囲がアホじゃ、本人はやっていないと言ってるんだから親としては信頼しますよ」などとネジレた思いこみがますます進む。いわゆる昔のへんてこりんな言葉で言う(モウロクがたかった)という状態である。子どもを信頼して失敗した先例、なんぼでもありまっせ。人生後半者としては、ココロしていなければ危ない。

もう例のスモウの話はしたくも無いのだが、理事長、辞められてよかったね。つまりはまだモウロクがたかっていなかったという証拠だ。このまましがみついていたら、完全にバッターアウツ、で、しかもそれが元で、チーム(角界)崩壊、あの球界恥かきオリンピックになるところだった。

それもオモロイけどね。だってそうでしょうよ。角界が潰れたって、景気には関係ない。年金にも関係ない。それだけの事件なのでした。

それよりなんだろうね、あのお山の大将になりたい霞ヶ関乱立合戦。これもじっくり観察してみましょう。話題は尽きないね。

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力士は本当に強いのか

なんだか例のニュース見ていると、待てよ、力士という運動家は、本当に強いのか、ギモンを持つに至った。

稽古は朝だけという。午後は昼寝して、夜など全くの自由時間らしい。そうしてあのちゃんこ鍋とやらをたらふく食べて、酒飲んで、グーたらやっているだけじゃないのか、その実態は。

デカイ人間が、ちょっと腕力つけて、押すパワーをつければもう立派なニッポンオオズモウのレスラーになれる。

まあ、竹刀でぶん殴られるくらいのことはあるが、なに、兄弟子からぶっ飛ばされるのはわが国の伝統的な、スポーツマンの練習法だ。ただし、ワシはこういうのは稽古、とは言わない。

中学校の部活の延長と思えば間違いない。

なんだかそんな気がしてきた。それが証拠には、スモウレスラーで、格闘技に転向したもので本当に強かったのは、力道山ぐらいのもの。横綱になって、エラソウに強そうに、格闘技の世界に入ったものの、あのテイタラク。わざわざ負ける様を見たくて、年末、無理した起きているというヘンなファンがけっこういるんじゃないのか。

つまり、デカイ人間の、スモウショーなのだ。芸能とか、大道芸に近い見世物である、といったら怒る人もいるだろうが、どうもそんな風にしか映らない。

そういう目で見てみると、いろいろと、「そうか、あのこともこのことも」と納得がいく。何も、強くなろうとしているわけじゃなく、給金稼ぎに出稼ぎに来ている外国人の格好の儲け話、の転がっている場なのであろう。角界とは。

数年、ぶん殴られて、太って、ちょっと技を覚えれば、もう立派に高給取りである。竹刀でぶっ飛ばされるぐらい我慢するわさ。

だから言ったでしょ。国技なんかじゃないって。したたかだよ、外国のデカイ人たち。やっぱ、ニッポンジンって、甘いなあ。アホやなあ。ニッポンジンよりずっと外国人のほうがデカイのはわかりきったこと。横綱になんかなれっこ無いわさ、ニッポンジンは。

理事会が楽しみだなあ。オモロイ社会だぜ、角界って。よーく見ていようっと。下手なドラマ見るよりずっとオモロイよ。

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道路工事のおじさん達

が、すぐうちの前の道路を工事しているが、この暑いのに実にたいへんな重労働である。ユンボというのか、あの小型のクレーン車のような掘削機械を使って、掘り進めていく。

近くに小型のダンプを置いて、それに掘りあげた土を積んでいく。

顔も腕も真っ黒に日焼けしている。そして、交通整理のおじさんがそのあたりをちょろちょろしながら、自転車や通行人に通り道を指示している。やはり、真っ黒けの顔である。

ワシは、ほぼ同年代か、それより少し下の年代かもしれないこの人たちの、働く様をみると、頑張れよ、と声を掛けたくなる。

ワシは気が小さいので、声を掛けるのはできないのだが。

ガス管を埋設する工事らしい。ワシが、自転車で通りがかると、ちょうどダンプが土を満載して止まっていて、一時通行止めになっていた。

ワシも困ったが、ダンプが出るまで待っていようと、そばに立っていたら、交通整理のおじさんが、ワシを見て、ユンボのおじさんに声をかけた。

「社長、ダンプを動かしていただいていいですか」

すると、社長と呼ばれたおじさんは、「おう、すぐにどかす」言いつつ、ユンボから降りようとしたので、「ああ、いいですよ。待っていますから」と社長に声をかけた。しかし、社長はもうユンボを降りていた。どうやら社長と呼ばれたおじさんと、交通整理のおじさんのふたりで工事をやっているらしい。

「いや、いい。すぐにこいつをどかすから」そう言って、ダンプに乗ろうとしたが、その時にワシはこの社長が左足を引きずっているのを見た。工事中に痛めたらしく、ウーンと言いながら、足を引きずってダンプに乗り込んだ。

ワシはすまないな、と恐縮した。足が痛いのに、無理してまで、通行人に迷惑掛けまいとしている・・・。多分通りがかりの人の中には、迷惑そうな顔をしたり、苦情の一つも言うおばさんもいるのだ。

ワシは少し動かしてもらったダンプの隙間から、自転車を入れて、向こうへと出られたのだが、その時、運転席の社長に「すみません、ありがとうございました」と深々と頭を下げたのであった。

社長は、それに答えてニッコリ。その歯は、真っ黒い顔の中で真っ白けだった。残暑厳しいこの季節。こんな風に、肉体労働に、打ち込んでいる同年輩のおじさん達もいる。

なんだか元気が出るなあ。

今日も入道雲の下、おじさん達は、朝早くから、ガーガーと威勢のいい音をさせて作業している。ワシは以前だったら、うっせぇなあ、ぐらいで、何でこんなところで工事なんだ!ぐらいにしか思わなかったのだが、やはり、年の功であろうか。おじさん達を応援したくなるなあ。

うちの前なら構わんよ、ガーガーやってもいいよ・・・。

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ゼロポイントということ

たとえば、自転車に乗る練習をする。はじめはさんざん転ぶ。どうしてこんな横長のものがまっすぐに立ってしかも走れるのか、といぶかる。

それでも何度もなんども転んでは乗り、コロンでは乗り・・・を繰り返す。時には泣きながら、膝小僧すりむいたりして。

そんことを何日かやっているうちに、ふいっと、自転車が真っ直ぐに立って、するすると1メートルほど、すすむ時がやってくる。

それはなんだか向こうから勝手にやってくるような感じである。

フツウここで「乗れた!」と叫ぶのである。(叫ばなくてもよい。ふふふ、でもよい)

この人間が努力して人力で工夫することと、自転車がその自然の力学によって、走ろうとする力とがちょうどマッチする地点がある。これをワシはゼロポイントと呼ぶ。力がちょうど拮抗するところである。

このゼロポイントを、感覚で、あるいは言葉で表現しろといわれると、説明に困る。つまり、自転車に乗るためのあらゆる条件、筋肉・神経・体格・根気・自転車の大きさ・サドルの高さ・天候・気分・時間的余裕・父親からの叱責などなどの考えられるあらゆる条件が整わないと自転車には乗れないらしいのだ。

だからこのゼロポイントを発見するということは、実はその人にとっては、一生の大事件なのである。

そんことはない、自転車ぐらいすぐに乗れる、と豪語する人には、どうしても自転車に乗れないという人がけっこういることに気づいていない。周囲の人に試しに聞いてみると面白い。

恥ずかしいので黙っている人が、隠れて存在しているのである。「え?あんた自転車に乗れないの?」などと侮っては可哀相である。

そのほか、蝶々結びができず固結びしかできないので、パンツの紐をほどくときに時間がかかって、オシッコもらしちゃう人、縄跳びが3回しか出来ないで、友達からバカにされて夜、布団かぶってしくしく泣いた人、逆上がりがとうとうできなくて、お嫁にいくときにバレタラやだな、と思っている人などなど枚挙に暇が無いほど、そういうゼロポイントを通過しない人が多いのである。

これは、芸事やら特にスポーツ、武道などではきわめて重要なポイントで、これを知ると知らないとではその到達度に格段の差が出る。

ただうまくなろうと思って、むやみやたらに練習・稽古してもダメである。ヘタが猛烈な反復練習によってがちがちに固まって、コンクリートで固めたように、ヘタそのものになりきってしまう。

ここで大事なことは、工夫と研究である。同じことを繰り返しても、それが固まるだけであるから、もがくのは逆効果というものである。

なぜ蝶々結びができないのか、紐のせいか、こっちから向こうへ回す時に反対にするからいけないのか、そばで猫がにゃあにゃぁうるさいからいけないのか、短気のせいですぐに諦めてもうどーでもいいや、どうせオレは馬鹿だ、と、固結びにしてしまい、もうこーなったらションベン垂れちゃえ、と開き直るクセがあるのか・・・その辺はしっかりと工夫研究しないといけない。

特売の赤い自転車なんか、オレには似合わねんえだ、だから乗りたくねえんだ、と悪態つくのは勝手だが、結局、近くのコンビにまで、この暑いのにふらふらになって歩いていかないといけない。

小さなことでも、このゼロポイントを早く発見して、それによって人生を明るいものにしなければずっと損するし、ひけ目を感じつつションベン垂れていなければならない。

ここはひとつ、頑張って、これまでできなかったことに挑戦する、というのも涼しくなった秋の楽しい過ごし方というものかもしれない。

ただし、いい歳したオヤジが夜中に思い立って小学校の鉄棒に掴まって逆上がりなどはしないほうがいい。警備員に警察へ通報される。ワシはそこまでは責任負いかねる。

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キビシイ人生後半

今朝、知人にあったら、いきなり「もう弱っちゃったよ。心身ともに最低になっちゃったよ」とぼやきだした。

彼は60代後半。

以前から母親を特別老人ホームに入れようとあれこれ努力してようやく空きがみつかり、ホッとしたという。何しろ、この国と来たら、老人には極端に冷たい国だ。自宅介護が限界になるまで、ホームに入れなかった。それこそ一家心中寸前まで行かないと、親をホームに入れることができない。それでも彼の場合は恵まれたといってもいいだろう。

奥さんとふたり、必死になっ介護してきたことはよく知っている。

どこまでも自宅でやれ、というのはあまりにも冷酷な仕打ちなのだ。共倒れでいいじゃないか、というのがこの国の老人政策、と断言しておこう。

ところで、彼が少しはホッとしたところ、こんどは遠縁に当たるオバサンが、倒れた。むろん一人暮らし。彼しか、親類はいない。そこでまた、そのオバサンを引き取ることになったのである。

言っちゃ悪いことかもしれないが、彼は本当にガックリきてしまったのである。

「女房にもまだ言っていないんだ。言えないよ」と、もう言葉も投げやりなのだ。それでも、ホームに問い合わせたら、なんと500人待ち!!という。500人だよ、500人!!

ワシら数名の後半人生の者達、一様に「えっ」と言ったきり、お互いに顔見合わせるだけ。

そうなのだ、自分の番になったら・・・・と瞬間に、思いめぐらしたのである。

うーん、どうすりゃぁいいんだ?

国の舵取りが簡単に辞めて、ハイお次と交代、というとんでもない無責任政治家の跋扈するこの国である。誰も責任なんかとりゃしない。自分のことばっかりだ、政治家が。

そういう人にこそ、ホームの順番待ちを体験して欲しい。ッタク。どうしてくれるんだ!!ワシらの困窮。今は元気でも、秋の日は釣瓶の落ちる如し。あっという間に、ホームへ行く段取りしなけりゃならん。

「オレは幸せだよ、内臓がどこもかしこも悪くてよ」と言うオヤジもいた。「今年からもう健診はしないことにしたよ。早く逝っちまった方がいいからよ。迷惑掛けないうちによ」というのもいた。

何とかならんのかよ、老人政策。

冒頭の彼、言うだけ言うと、そそくさと帰っちまった。わいわい言っている場合じゃないのだろう。うーん、唸るだけだ。

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些細なことで途方にくれる後半人生

ナニ、大したことじゃない。きのう、自転車であるところへ向かって走行中、どうも後ろのタイヤがふにゃふにゃしている感じ。

まずいぞ、こりゃ、パンクか?

いいから目的地まで走ってしまおう、それっきゃない。そう思いつつ、ペダルをグンと踏んだ時、縁石に、ガツン。

とたんにふにゃふにゃタイヤが、がりがりタイヤに変わった。つまり、正真正銘のパンクである。家まで帰るには、20分はかかる。目的地までも20分。途中で立ち往生してしまったのである。

さて、近くに自転車屋は・・・。あった、5分ほどのところにあったはずだ。ところがこのがりがりタイヤの音を聞いただけで、うろたえてしまったのであった。

というのは、財布に金が千円ほどしか入っていなかったからである。パンク修理代がいくらか、ワカラナイ。足りなかったらどうする?置いて帰って、金持ってきて・・・すると、自転車で20分だから歩いて40分ぐらいはかかろう。この炎天下である。それに大きな荷物も積んでいたのである。これを持って、家に帰って・・・・ウーン、参ったなあ。

こんな小さなことで、すっかり途方にくれてしまうオヤジなのであった。

しょうがない、自転車を引いて自宅に帰ろうと思ったが、帰るくらいなら、自転車に置いて行った方がいい。ともかく自転車でパンク直しだ!!この結論が出るまで、あたふたとためらったのであった。このいい歳したジジイが。

意を決してホームセンターへ。自転車は置いてかえろう。40分往復するのだ、この荷物抱えて。

「ここで、自転車のパンク修理、してくれます?」レジのオバチャンに聞いてみた。じろっとワシの顔を見て「はい。自転車引いて向こうのサイクルコーナーへ行ってください」

「ちょっとその間、この荷物、この辺に置かせてもらっていいですか?」恐る恐る聞くと、やはりジロッと荷物見て「その辺に置いてください」

なんで買い物客じゃないとこんな風に邪慳なんだよ、え!と言いたいところだが、断られたら困る。辛抱辛抱。

サイクルコーナーとやらに行く。

「そこまで来たら、急にパンクしちゃって」と、なぜかビビってしまう。

「あ、そうですか」言いつつアンチャンがタイヤを押してみる。「40分ほどかかりますけど」

思い切って訊く。「あのう、修理代って、おいくら?」バカッ丁寧になっているのが、自分でもわかる。情けない。

「800円ですけど」アンチャン、そのくらいのカネ、ねえのかよ、え、オッサンよ、という感じ。にうけとってしまうのだ。こういう惨めな場合は。

良かった・・・。千円はある。よっしゃあああああ。急に客らしくなって「そう、じゃ、そのころ来るから」言い置いて、他の売り場へ・・・・。

だが、また心配が出てきた。もし、タイヤ交換(擦り切れて溝がまるで無い)なんぞといわれたら・・・・。

はらはらしつつ、40分見計らって戻る。わがオンボロ自転車は、ピッカピカの新車から少し離されて、ポツンとワシを待っていた。荷籠に、「800円」と書いた請求書が乗せてある。

「よっしゃあああああ」タイヤ交換までしなくて良かったんじゃ。直してくれたんじゃ、このボロ自転車のパンク・・・・。

自転車屋の背中に「ありがとうございました」と言ってしまった。自転車屋のオヤジ、「はいまたどうぞ」との返事。えっ?やっぱ本当はダメだったのか、このタイヤ。

「もうダメですか、このタイヤ」と訊けばいいのに、それが出来ない。はい、ダメです、といわれたらどーしよー。

まったくイヤになる。こんなことでウロタエル自分が、である。ガキじゃあるまいし。いい歳した人生後半にある思慮分別も弁えたジジイなのによ。

しかし、それからの走りは実に爽快。残暑厳しき折であるが、颯爽と風を切って、家に帰った。もう用事はどうでもよくなったのであった。むろん、荷物は忘れないさ。

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眠れぬ歳になって

どういう生理かわからないが、夜の眠りが浅くなってくる。人生後半に入ると。

それで、この眠れないという現象を、なんとかうまく回避、あるいはやり過ごす方法を編み出さなければならない。

先日も、ワシら同年代の者達集まった折、そんな話になった。ある有名な女流作家は、日中へとへとになるまで畑仕事をするという。そうすればどんなに眠れないなどといったところで、コテンと寝てしまうものだ、という。

それはそうだ。だが、ここで大きな問題があるのだ。へとへとになるまで働けない、という体力の問題。いい加減なところで、もういいや、ワシャ降りる、になっちまう。すると、ただの疲れ程度だから、足腰痛んでかえって眠れない。

では、どうするか。

期せずして一致したことは、ラジオを聴くこと、だった。テレビは目をつぶっては見られない。ラジオは、イヤホーンつけて、じっとしていても向こうからナンヤカヤ放送してくる。

今は、夜中でも面白い番組をやっているし、特にワシらの年代を意識しているのであろう、なつかしのメロデイーのようなものを流している。あるいは民謡、クラシック。それもあまりキャアキャアいわないヤツ。

アナウンサーも、静かに語る女性が多いが、アナウンサーも眠いのだろう、時々ヘンな間違いをしている。作曲者の名前の読み間違いやら、えーっと、という言葉が多かったりする。ま、それもいいじゃないの。たいへんだよ、若いアナウンサーが徹夜で放送する。ワシらのために、と思うと同情申し上げる。

明け方近くになると、さすがに眠くなる。うとうとしているうちに、朝になる。

「この間の、あの放送、どうだった?」などとワシらでなければ話せない深夜放送の番組についての会話ができる。こういうヘンな連帯感も生まれるのである。

おる人曰く。「近頃は、女房が時刻を覚えていて、夜中にたまにぐっすり寝ているときに、アンタ、いつもの放送が始まったわよ。と起こしやがる・・・」と。

奥様も、同じ生活パターンに巻き込まれてしまったらしい。

年代によってその生活パターンは少しずつ変わってくるもんだなあ、と思うと同時に、話してみると、意外に同じような人生行路・生活パターンを歩んでいるということがわかるものである。同年代の人間だからね、ワシらにはワシらの老い方というものが共通にあるんだね。

自分だけかと思っていたことがそうじゃないとわかるとき、なんだかホッとするのはなぜだろうね。

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自己表現は本能か

今日ある知人から、自費出版したからといって、小冊子をいただいた。

ワシも短篇小説、つまりはノベルだが、出版したことがある。もらった方は、さまざまな評価をするだろうし、中には、こんなもの、なんで出版するんだ、高いカネダして・・・と思われる人もいるに違いない。

それは、作者としてはもう折り込み済みなのである。思いがけなく高い評価をされるかもしれない、それも密かに期待してはいるのだが。

ともかく、なぜ高い出版費用を出してまで、作品を出そうとするのか。それは一言で言えば自己表現である。

人間は自己を主張しなければいられない生き物らしいのだ。昆虫などもそういうココロはあるのかもしれないが、ともかく、ワシらは、オレがオレが、と叫びたいのである。どんな仕事・芸事にでもそれはあるはずだ。

そういうココロがなく、ただ食ってネルだけの生活は、人間様としては、どうも味気ないような気がする。

全ての芸術は、つまりは自己表現の手段であろう。だから誰がなんと言おうとも構わないのである。突き詰めて言えば。

ワシは若いころに写真を趣味にする友人に誘われて一丁前にカメラをぶら下げて風景をとりまくり、写真展を共同で開いたことがある。この時にも、ただ展示して、それを見に来てくれる人がいる、それだけで大いに満足したものだった。評価など二の次なのである。

だから、詩でも俳句でも、文は、一人でも二人でもいい、誰かに読んでもらえればそれでもう満足なのである。(このブログもしかり)小説には必ず作者の自画像がダブっている。なんとかそれをあるときには巧妙に隠しつつまたあるときには、かなり露骨に自分をあらわそうとしている。

ワシは、いただいた書物から、そのなかにその作者の人となりを、読もうとする。かなりその人の核心的な部分が、読み取れるものである。

予想していた以上に、自己評価が高いな、とか、とかあるいは、穏健なようだが、その実かなり社会に不満があるな、あるいは、思いがけないこんなことに強い関心があったのか、などなど探偵小説のように読み解くと面白いものである。ただし、その作者と知り合いでなければ、つまらないのである。ここに、自費出版の真骨頂があるノダ。

だから、あまり売れなくても作者は悲観しない。知人友人に配れるだけ配って、そうして自己表現が「押し売り」できただけで満足なのである。

100万も出して自費出版するヤツの気が知れんよ、などと見下して、パチンコに精を出すやからにはこういうココロのカラクリはわからない。

ワシはきょういただいた本から、この知人の隠れた人間性を読み取って、意外に思ったところもあり、共感するところもあり、で、今後この人と会った時に、付き合い方が多少変わるなあ、と感じたのであった。表面で理解していた人柄とは、ずれてしまう。それでいいのだが。

彼も、この自己表現を通して、以前より深い理解がされれば、自費出版をした甲斐があったというものなのである。

ただ、こういう自己表現本能を逆手にとって、暴利をむさぼる出版屋が跡を絶たないのは、実に腹立たしいこと。実に、金儲けをするやからの悪巧みには、恐れ入る。これは蛇足。

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リハビリのおじさん

近所のおじさんで、よくリハビリのために歩いている人がいる。

彼は、ワシより若い。噂では、60歳前だが、仕事中に脳梗塞で倒れ、右半身が不自由になってしまった。

土建関係の仕事をしていたので、もともと頑強な体躯。それがいきなり不自由な体になってしまった。よほど口惜しかったのだろう、ワシが犬の散歩にふらふら歩いていると、たいてい、彼も、杖をつきながら空き地やら、駐車場の隅などをこつこつと体を傾けながら、一生懸命に歩いている。ように見えたのである。

服装は、というと、今時は、ステテコにランニングシャツ。それに野球帽をかぶっている。ワシと遇っても、目を合わせることも無く、ひたすら下を向いてゆっくり歩いている。ランニングシャツは汗でびっしょりだ。

右手がほとんど動かないようだし、右足も辛うじて引きずりながら進む程度だ。同じところを何度も何度も、飽きずに往復する。

ワシは彼の姿を見て、その前向きに生きようとするエネルギーはすごいものだなあと感心する。ワシだったら、ひねくれて、もうどうでもいい、と人生を投げだすかもしれん、とも思ったものだった。

障害を人生の途中で受けるということは、これは大きなショックであろう。むろん生まれたときから不自由なところがあれば、その人生はワシらが測ることのできないほどの葛藤を長い間にわたって、超えなければなるまいが。

ワシはこういう人を見ると、その生きようとするモチベーションはどこにあるのか、それが知りたいと思うことがある。それぞれに目当てとするところがあるに違いないのだが。一人一人、モチベーションは違っても、なにか共通する動機があるのだろうか。

すぐに思いつくのは、家族愛、やりかけた仕事への情熱・・・・。さて、と自分に問うてみる。今、ワシはどうやらここまでなんとか日常生活はできるだけの健康は保っているが、もはや、いつ彼と同じような状況になるかもしれない。それだけのリスクのある年齢に来ている。その時、ナニを目当てに、こつこつとリハビリができるか。

近所の元気な年寄りやら、くちさがないオバンの視線を感じつつ、駐車場の隅を、何度も往復できるか・・・。これはかなりな難問だなあ。

先日、ワシはたいへんなことを発見したように思った。彼を見て、もう数年になるが、恐るべきことに障害のレベルは初めからほとんど変わっていない・・・・。脳は、その部位や深度によっては不可逆性といってもいいほどのたいへんなダメージを受けるようである。

だが、それにもかかわらず、彼は今日も歩き続ける。多分、明日も歩き続けるだろう。こつこつと下を向きながら。ワシは、自分がグズグズ言っているときに、その姿に励まされる。彼のように黙って、ただリハビリを続けるということに。

ワシには推測するほかはないが、もしかすると、何かのため、というより、リハビリそのものが生きる目当てになった、そう思えば、障害の目覚しい克服ということは二の次になろうし、彼のひたむきなリハビリ行動もわかるように思われたのである。

ほんとうのところ、人間の仕事とは、こういうものなのかもしれない。

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青森紀行続き

前回、棟方志功のことをちょっと書いたが、記念館で彼の、生前の貴重なテレビフィルムを上映していた。

そこで、製作しながら鼻歌を唄っている。はじめは津軽の民謡。これはなんと言う曲か、聞きもらした。哀愁のこもったいいメロデイだったが。知りたいがそのうちに、縁があればわかるときが来るだろう。

もう一曲、鼻歌で唄っていたものがある。あの板に鼻がくっつきそうになるほど接近した姿勢で、どんどん板を削っていく。まるで刀が勝手に動いて、彼の手が後からついてくようなすばらしいスピード。板画(彼は版画と言わない)のカミサマが乗り移ったようである。

そのスゴイ速さの中で唄っていた歌が、なんとベートーベンの第九。俗に言う喜びの歌の部分。あれをフンフンと唸るようにしながら、唄っているのである。

ワシはすっかり感動してしまった。この人がベートーベンを敬愛していたというのは知っていたが、こんなふうに、戯れ歌のように鼻歌で唄いつつ、板を猛烈に掘り進めて行くということ。

よくスポーツ選手が言うフローとかゾーンとかいう心身が流れに乗った状態が、この人にも来たのであろう。

その陰には猛烈な芸術家としての葛藤があったのだろう。貧苦のうちに刻苦して自分はゴッホになると言って、板画にのめりこんだ人生。誰もができることではないなあ。

日本という風土、というより津軽という情熱の圧縮された土地でなければ、ああいうモノスゴイ人は育たなかったように思う。

やはり、地元の友人が言うには、「青森の人は太宰みたいな暗い人間ばかりと東京の人は思っているが、その実、楽天的で明るい人が多い」とのこと。この棟方志功を見ると、その通り、暖かく、情熱的ではあっても暗い情熱という類のものではないと思ったな。むしろ明るいし、板画を通して人生を愉しんだ人、という感じがする。

ま、通りすがりのイチ観光客の感じたこと。あてずっぽうだが。

ところで、暗いといわれたあの作家。まるっきり暗かったとはワシは思っていない。けっこう諧謔味もあるし、自分以外はアホやという孤高ぶったところもあるし、なにより、あの写真。いずれもものすごくカメラを意識していると思うなあ。つまりは、一種のパフォーマンスじゃなあ。ということは、「心中」やらも、かなりどう見えるかなど、意識してのモノ、のようにも思われるなあ。ま、それはそれでそういう人の生き方じゃから、なんとも価値判断できやしないが。

つまりは、とことん暗い人だったら、パフォーマンスはできまいということ。そのまま誰にも知られずに潰れていくでしょうよ。

ところで、玉川上水だっけ、あの最後の場面。すぐには見つからずに、発見された時には、それはそれは悲惨な姿であったそうな。往年の面影まるで無く、目を覆うような姿であったという発見者の記事を読んだことがある。さすがのダンデイぶりも、その後までは、計算できなかったのであろう。

ま、ともかく、いろいろと考えさせられる小さな旅であった。

これからまた暑さがぶり返すぞ。ワシも近頃、この季節の変動には、ついていくのがシンドクなってきたわい。

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斜陽館は

津軽平野の中の、広々とした田んぼの中にどっしりと立っているが、周囲の風景にそぐわない観もある。

このあたりの大地主にして金融業を営んでいた津島家。病気がちな繊細・多感な作家はここで生まれたのだが、なぜこんな広々とした裕福な生活をしていた子ども時代をもつ人間が、「人間失格」なのか。

ま、それが人生の面白いところだろう。広い家の中の部屋部屋の片隅やら、ちょっとした離れのような部屋などの目につかないような暗がりは、少しずつ心の闇を濃くしていったのかもしれない。

どうせワシは、文言評論家でもないし、作家でもないから、一般の退職オヤジとして感じたままであるが。

黒光りする階段の手すりに掴まりつつ、この手すりも、かの青年作家は触ったのであろうかなど思いいつつ、二階へと上がると、窓からは、津軽の秋の稲穂垂れる田が一面に広がって見える。

昔はもっと家も無かったであろうから、見晴らしもよかったであろうが。同行してくれた地元の友人の話では、昔はこのあたり、見える範囲は全て津島の土地・畑だったと・・・。

だが、この恵まれたお金持ちの御曹司も、東京に出てきてからは、その抜群の文才もまあ認めてはもらえなかった、と言っていいだろう。ものすごく金には苦労したようだ。

残されている手紙、読むと川端康成への賞が欲しいからお願いします、の文面など哀れになる。金が無い、金が無いから賞が欲しい・・・・という。繰り返し頼んでいる。

ただ、彼の兄が、この哀れな文士を、送金で支えたらしい。それほどまでして、と思われるような哀願振り、金欲しさの中で、それがむしろこういう人間には文学の肥やしになったのであろう、後年に残る名作を残しているのである。

ワシは、もしも、この文才あふれる貧乏文士が、裕福なお坊ちゃんのままであったら、津島家から莫大な財産を受け継ぎ、生涯楽して暮らせる生活をしていたら、ああいうひねくれた・斜めに人生を見るという作品の深み・良さは生まれなかったと思っておる。

なにも順調に行くばかりが人生ではない。それでは紆余曲折の深みのある人生航路は味わえまい。

後世、世に名を残すような仕事を成し遂げた人にはこういう、押しひしがれたような、暗いが深い人生をたどったものが多いようだ。

たまたま、石川啄木、これも北日本を象徴するような作家だが、かれの一握の砂などの詩集をきのう読んだ。この人も、まあすごいなあ。ワシの計算違いでなければ27歳で、腹膜炎で亡くなっている。自分の境涯を哀れっぽく詠って、津島家のお坊ちゃまと並び、敗北の文学などと言われておるが、しかし、その作品は、なかなか人生の哀歓がこめられていて、決して悪くは無い。こういう人生からはこういう作品が生まれるし、そういう人間の心というものがある、という事実。

それはそれでいいとワシは思う。ただ、新聞社の給仕だけで終るよりは、その嘆きを詩によって訴えつつ世を去る・・・・。いいと思うよ。本当は小説家になりたかったようだが。その憤懣を詩に託したとも言うが。

思うに、30台くらいで人生の幕を閉じる、それはまあ、いろいろな閉じ方があるが、どんな閉じ方でもその人が、自分はこんな程度でした・精一杯やりました、これだけでーす、と言いつつ、埋もれていく・・・。まあ、埋もれなくても、それから転進する。そういうこともアリでしょうよ。

なにもあんたの人生はこう生きなくちゃイカンヨ、といった決まりはないからなあ。ただ、ワシは平凡な人間だから、最期があんな風な、悲惨と言っていい(入水心中やら、夭折やら)姿はやはり、避けたいと思う。

あれはやはり、天才とか不世出のナニナニとか言われるものの、名セリフ・引き際の晴れ姿であろう。

帰り際、地元の友人は真冬に、このあたりの平野は、地吹雪ツアーの舞台になるんですよ、と言っていた。その姿、太宰が見たら噴出すだろうと密かに思った。思ったのだが、しかし、じょっぱりという地酒飲みつつ、ワシもやってみたいとも思ってしまったのである。ワシなんぞはその程度のモノなのだ。そんモンじゃ、ワシらのレベルは。それでいいじゃん。

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斜陽館とねぶたと棟方志功と

これらが、数日の間に頭のなかにどかどかと入り込んで、ごっちゃになり、なかなか整理できずにいた。

だが、その泥水かき回したような頭も沈殿すれば、かなり連絡が読めるようにもなった。

知的に判断しようとすることは、ちと無理がある。なんせこのボロ頭では、知識も無く教養もないときている。だから、カンで判断する、というよりあたりをつけた。

つまりはキーワードの一つは、情熱であろう。それも深く、押し込められたような人間の生命力のようなもの。

それは、青森という地に降り立って少し立てば、なんとなくワカル。真夏でもなんとなく寂寂と風が吹き、港から見晴かすと、下北半島などの半島がうっすらと影をつくっている。むろん北の大地は見えない。それがなんとも地の果てに立っているような情熱がここで沈殿してしまうような感慨に襲われる。

つまり、その凝縮された情熱が、静かに潜行して、あるときに、斜陽館にこもり、あるときには、夏祭りとして爆発し、そして棟方志功の、ひたむきなあの彫刻刀を使う独特の背中になる。

そう簡単に分かってしまうものではなかろうが、だが、あのまだお盆前だというのに、早くも吹きすぎる秋風。それも寂寂とした港町に・・・。そこに立って、はるか沖合いなど見ると、感傷というよりも、もっと深い人間の、本州最果ての地にいきるという悲しみのようなものが実感として迫ってくる。

ナンカいいなあと思うのは、多分ここに日本人の原心とでも言うべきモノが、漂っているからであろう。

ねぶた祭りを見に行った思い出はたくさんあるが、ま、それは思い出すなかから時折書くようになるかもしれないなあ。離れると、すごく懐かしくなる街。それが青森だなあ。なんだろうなあ、このココロ。

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転職した若もの

がいる。

彼は、ワシが時々行く田舎の小屋の近くに、奥さんと住んでいる。なかなか洒落たログハウスに住んでいる。しかし、いつも暗い顔で、なんとなく浮かないという感じ。どこか生気が無く寂しそうなのだ。

彼は、以前、山の中での仕事をしていた。高い山のなかで肉体労働をする。それが気に入っていた。

実は彼は、大都会でいわゆる一流の大企業に務めていたことがある。おだやかな若者である。ワシから見ての若者であるから、もう30台後半くらいか。

彼と酒を飲む機会があった。あまり口数が多いほうではなかった。ポツポツ話をするうちに、大病をして、山を下りなければならず、近くの会社へ勤める事になった、ということで、それがどうやら彼にとっては辛いことらしかった。

その会社も大手の会社の支店であるから、今時の若い人には、垂涎の勤務先といってよい。

つまり、サラリーマンをしていて、それがイヤで、山に入り、そこで病気を得てまたサラリーマンになっている、ということだ。

ワシは、ぶしつけと思ったが訊いてみた。

「下界に降りて、どうだい。辛くないかい」やはり、彼はサラリーマンが厭らしい。

「休みの日は、このあたりの山を片端から登っているんです。汗をかかないとおかしくなるので」と言う。

病気で山を下りたのに、やはり、汗をかかないとダメだという。奥さんは心配そうそうに、しかし、もうしょうがない、と言う顔で、彼の側で、酒をついだりしている。

奥さんは、「畑仕事でもしようと思って、近くの農家から畑を借りたんですよ」と言う。

そうして「どうですか、一緒にお米作りしませんか」とワシを誘うのだった。

ワシはなんだか哀しくなった。亭主が、今の仕事がいやだということは重々わかる。だが、辞めるわけにはいかない。また山へ戻ることは無理な体なのだ。それで、時折、「疲れがひどいんですけど」と言いながらも、登山を許している。そうしなければ、夫の気が晴れず、夫婦の仲も、アブナクなる。それで、苦肉の策として、一緒に畑仕事をしてみようと、思いたったのであろう。

だが、山で働くのと、農作業とではやはり彼の志向にはそぐわないものがあるに違いない。それで、共同でやらないといけない稲作をすれば、否が応でも、田んぼに入り、汗をかき、人と触れ合うことになる。つまり、畑仕事・稲作は今でも山へ行きたがる亭主のためだった、と思われたのである。

飲んだ翌日、彼がワシの小屋にやってきた。手に小さなシャベルを持っている。「茗荷を分けてください」という。こんなことを彼のほうから言い出すのは初めてだ。

「そんな子どもの遊ぶようなシャベルじゃだめだ」ワシは、大きなスコップを出して、たくさん出て困っていた茗荷を、根っこから何本もとってビニールに入れて持たせた。ニコニコしながら彼は帰って行った。

しばらくすると、長靴を履いて、スコップを持った彼が、畑から帰ってきた。

「畑に植えてきました」と嬉しそうだった。

ワシは彼が、今の勤めの合間に、畑をやり、稲作に挑戦する気になるかどうか、見ていたいと思っている。

農業で食うのは、今の日本では容易ではない。だから、片手間仕事になるだろう。それだっていい。一人の都会生活になじめない青年が、それで息を吹き返せたら、けっこうなハナシだ。

自分の思ったとおりの仕事について、そこで思ったとおりの実績も上がり、大満足する。そういう人生はきわめて稀なのだ。たいていは、途中でやむをえない事情で挫折したり、転職を余儀なくされるケースの方が多いのではないか、と思う。そうでなくても、仕事の中で、自分を納得させるような生きかたを見つけて、そこで、ようやく息を継ぎながら、ワシらのような後半人生にたどりつく・・・・ような気がする。

つまり、「折れるより曲がれ」なのだ。どこかで折り合いをつけながら、その中で、生きがいを探っていく、それしかないように思うなあ。

ワシは、こんど畑仕事の小屋へ行ってきて、そんなことを感じた。これから少しずつ彼が、生き生きとした笑顔が見られるように、と願っている。

ところで、涼しくなったなあ。あっという間だったわい。

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ようやく少し涼しくなった

なあ。

オリンピックも終わるし、お盆も過ぎれば本格的な秋の訪れとなる。

まだまだ暑さは厳しくぶり返すのが通例だが、このあたりでワシも、クールダウンじゃ。

畑に行って野菜たちがどんな様子か、元気にしておるか、鴉にやられていないか、猫にションベン掛けられていないか、ブルーベリーの実が落ちていないか、カボチャは去年のようにホクホクにできつつあるか、ニンジンは雑草にやられていないか。そして茗荷は、花が出ているかどうか,なんだか幼い子供達を見回るような気持ちであるが、ちょっくら行ってこよう。

農作業小屋は、数名しか入れない小ささだが、ありがたいことに文明から孤絶しておる。

世間の大騒ぎも届かない。ラジオでニュースを知るのみだ。だが、そういう自分と野菜だけの閉じられた生活は、ワシにとっては貴重なのである。

締め付けられている縄がゆるやかにほどけていくようだ。ストレスからの解消法はそれぞれにあるだろうが、ワシには、このチッポケな土地と野菜との付き合いが、最高の楽隠居。

1週間ほど、農夫に戻りませう。

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たしかに人心が変わったな

と思うことがいくつか立て続けにあった。

オヤジ同士の会話その1

「電車に乗っていてさ」電車での諍いがけっこうある。

「自分の前の席が空いたので座ろうと思ったら、すばやく幼稚園児らしい子どもがふたり、さっと座りやがってよ。母親がいる筈、と思い、探すとこれがまあ、したやったりわが子、という顔で、にんまり、だ」

「それであんたどうした?」

「気分が悪いから、たなりの車両に移ったさ」

会話その2

「お盆休みに、孫どもが来てよ。やっと帰ったと思ったら、部屋中散らかしっぱなしよ。それで、すぐに電話でおまえらすぐに帰って来い。掃除ぐらいしてから帰れ、と怒鳴ってやったよ。」

「そうしたら?」

「そうしたらよ、なんて言ったと思う。こういう娘に育ったのはオトウサンのせいでしょ。だとよ」

「うーん、そう来たか・・・」しばらく無言。

会話その3

「駅のホームでさ、お婆さんがキャスターつきのバッグ、引きずっていたらさ、後ろから来た中年のオバサンが、そのバッグ蹴飛ばして行ったもんだから、お婆さん転んじゃってさ」

「それで、それを見ていたおたくはどうした?」

「すぐにその中年のオバサンを追いかけてよ、言ってやったよ。あんた、後ろであんたのせいで転んだおばあさんがいるんだ、なんでしらん振りしていくんだ。ゴメンナサイぐらい言ったらどうなんだ、と言ってやったさ」

「ほう、立派だなあ」

「そうしたらそのオバン(きゅうにここでオバンになる)、あら、後ろのことなんか気がつくわけ無いじゃん、とこう来たよ。スゲエ時代になったなあ」

そのオヤジ、悲憤慷慨。頭から湯気立てて怒っていた。そこでワシは言ってやった。「良かったなあ、そのオバサンが刃物持っていなくってよ。持っていたらブッスリ、だぜ」

もうこういう会話なのである。オヤジでも。ましてや若い血気盛んなものでは、もっと派手に喧嘩するんだろうな、と思われた。

そんなことがあって、また電車に乗った時に後ろから大声。「触ったっていうのかよ、え、どこ触ったっていうんだ」とオヤジが叫んでいる。

「うるせえ」というなり、いきなりそのオヤジの顔面ボカッと強烈なパンチが2発も。見ると,若い女。その女、パンチを浴びせるとさっと、人ごみに紛れていった。

その後ろからオヤジの罵声が。

「おまえの面を鏡でよく見ろ。触るような面じゃねぇ」

しかし、後の祭り。殴られたオヤジの負けであろう。周囲の人々の失笑を買うのみ。

こういう錯乱ともいえる状況は、ワシの周りで、2,3日に一回の割合で起きたのである。これはどういうことなのか。件のオヤジ、「暑いのがいけないんだよ」とポツリ。地球温暖化は人間の精神までもヒートアップさせるのかもしれない。

気温は高くても、自己制御ができなければ、とんでもない火事になる恐れ、十分にある。このご時世。

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戦後の混乱期をしのぶ

のは、今日8.15にふさわしいだろう。

ワシは戦争に行った歳ではない。したがって戦争そのものの記憶はないのだが、戦後の焼け跡で、遊んだ記憶はずいぶんとある。

たしかに食うものもなかった。なぜか消防署の前に並んで芋を貰い、蒸かして食べた。ワシらは芋で育ったようなモンじゃ。

当時の写真を見ると、上半身裸で、パンツ一枚。下駄はいて、にっこり笑っている。

だが、なぜか心は、希望にあふれていた。これから、つまりゼロから発進だ、という気概が人々にあふれていたのである。日本人はその勤勉さではおそらく世界一であろう。

働きに働いて、今の国を築いた。あの復興当時の方が、活気にあふれていたし、環境問題など考えようも無かったし、IT社会でも無かったから、ノンビリしていてよかったなあ、という人がけっこういる。

だが、ワシは思う。ならば、「あんた、テレビは見ないのかい。デジタルテレビ、きれいでいいじゃないの。車だって運転するでしょ。運転しないまでも、息子や孫の車には乗せてもらってけっこう重宝しているでしょ」などなど。モノスゴイ科学文明の恩恵を受けているはず。

今、当時のように、まいにち芋食って、擦り切れた菜っ葉服着て、駅まで一時間も掛けて歩いて、今ほどではなくてもやはり暑かった日中を働いて帰って、お隣から風呂を貰って、蚊帳吊って、扇風機も無く団扇で扇ぎつつ、ラジオ聞いて、病気になってもいい薬も無く・・・・という生活に戻れるかというと、それは、ちと疑問だなあ。

ワシは今の文明生活は、いわゆる発展の必然と思っておる。だが、心がなあ。哲学やら芸術やらを求めてまるで乾いた土に水がしみこむように、あれこれと心のあり方を模索した、あのエネルギーが感じられないなあ。

ただの、金儲けかあるいは名誉が欲しい。それだけじゃないのか。それが大きな原動力で戦後ここまで来たという一面があるが、しかし、それだけじゃなかったように思う。当時から今までの自分を振り返ってみても。

音楽ならクラシックというものを、へぇ、こんな音が出るんだとか、サルトルやら日本文学、そして禅・仏教、キリスト教。あるいは実存哲学やら西田哲学・マルクス主義、あるいは心理分析やら、まるでわからぬままに、読み漁り、自分を確立しようとしてきた。

だいたいこの辺かな、自分のあり場所はというつまりは、アイデンテテイという便利な言葉があるが、それを探そうと必死だったように思う。

その模索はいまだに深く心の底で連続している。むろんあの戦争をどう自分の中で理解すればよいのか、考え続けている。だがこれは実に難題だ。

ただ、なんでもいいから金儲けて、エラクナッテ、でかい家に済んで、うまいもん食って・・・それでいいという今のテツガクには、どうしてもついていけない。というより、納得できない。いまいち、心の底にストンと落ちるモノが欲しいのである。

模索はこれからもずっと続く。今日わからなかったら。明日も続ける。明日もわからなかった、それからさきも、考え続ける。止める事はできない。ソレデイイノダ、としか言えない。

しかし、あの悲惨な戦争、あれはいったいどんな意味があったのだろうか。そしてこんどの総理は、靖国参拝はしないという。一国の指導者・総理によってこの国は、こんなにも戦争観が違うのである。まだまだ戦争の整理が頭の中ではついていない証拠だ。

けっきょく人間ってなんだ?というきわめてシンプルな、そしてもっとも基本的な疑問に突き当たる。

こんなこと書いていたらきりがない。このへんでやめとこ。

ともかく暑い。おかしくなったなあ、天候が・・・・。

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お国柄がもろに出る競技

というものがあるなあ。というより、どの競技もお国柄そのものだ。

今日はまたオモロイお国柄を見させてもらったわい。つまり、競技によっては、その試合中に何らかの交渉ができるというものがある。たとえば審判に、判定がおかしいんじゃないのか、サーブの時のラケットの位置がルール違反といわれれば、いやそんなことはない、と執拗に食い下がって、試合の流れを自分のほうに引き寄せるという戦略をする。

これはもうその国では当たり前のことであろうと思った。つまり、なんでも自分の主張を通そうという、そうしてそれが通るはずだ、少なくとも流れに影響を与えられるはずだ、つまり、勝ちゃあいい。キッタネエなあ、と言われようと、試合の流れを意図的に、(競技内容には関係なく)変えてでも、とにもかくにも、勝ちが欲しい。自分の方に、勝利を引き寄せればいいという・・・。

こういうのは、ワシらの国民性ではなかなか納得のできないものがある。勝たなきゃ意味無い、ということからだけ考えるというのは、ワシらのこころの中には無いなあ。

どうしてもマナーとか、正しく、とか礼儀とかスポーツマンシップとかは、子どものころから叩き込まれている。セコイ、ずるい、嘘つき、裏をかく、だます、卑怯、ジコチュウ、わがまま・・・これらはワシらの心の中では強い制御力を持っておる。

だが、きのうも書いたが、それじゃあ勝てないじゃん、なんでもいいから、ルール違反でなければなりふり構わず、勝ちに行こう、ブーブー文句言うぐらいなら、という価値観もあるので、どっちを取るか、というせめぎあいを常に抱えている問題なのだ。

だから、谷本選手のように、子どもたちのためにも、自分たちは一本勝ちで行こうといい続けてそれを実行するという、輝かしいニッポンジンのスポーツマンシップが、みられる時に、「そーだったんだ、ぼくたちはこれで行くのだ、コレデイイノダ」と納得する。

それが通用しない世界がスポーツの一部にはあることは確かであって、それをどうするかということが、実に厄介な問題なのだ。

「負けてもしょうがないよね、あんな手を使われちゃあね」とロッカールームで、泣きながら慰めあう・・・うーむ。どうなんだこれは。

野球でオモロイことがあったようだ。前のオリンピックで、エントリーしていた選手を試合のときに全部入れ替えたお国柄があったそうだ。監督会議で、こんどのニッポンの監督が、それはどうか、ということで、憮然としていたという。なんだかヘンな結果になったようだが。(カネを出せば、選手を入れ替えてもいいとか??なんじゃそれ)

というわけで、競技中に交渉できたり、直前にナントカできるような穴があれば、すばやく手を打って、自国に有利にする。そういうスポーツは、こういうお国がらでは強いが、一発勝負では弱いようだなあ。水に入って泳ぎ始めたら途中では止められない、あるいは走り出してからではどうにもならないとか。一目瞭然、数字が勝負の厳正なルール。そういう種目ではどうもこういうお国柄は、弱いなあ。あったりまえだが。

だが、ワシが言いたいのは、お国柄というものはオモロイモンですなあ、ということであって、そういうやり方で来る事は、もう国を見ればわかるのであるから、そのつもりで、試合に臨む、というのがもっとも賢明な策であろうということ。フェアーじゃない、という言い方は通用しない、あるいは、勝ち負けを決める試合ではセコイのも当たり前、という考え方がお国によってはあるんだということ。それをよくよく頭に入れていかないといけない。つまりは、外交交渉と一緒だな。

そういうやり方でくるのであれば、ならばフェアでありつつも、やっつけるという方法を考えて試合に臨むということだなあ。

そうでなければ、自分たちも、執拗に勝ち負けにこだわって、会場からブーイング受けるようなやり方に切り替えて、とことんメダルをふんだくる・・・。そのメダルをぶら下げて国民的英雄になる。(ワシは個人的には、そんなメダルなら取らなくていいな。返して来い、と言いたいね)

だから、もうルール違反だの、キッタネエやり方だのとは言わないことだな。そういうやり方もあるんだね、でもワシらはそれは取らないよ、しかし、勝つよ。ほんとうはそう行きたいね。しかしなあ、これは難しいぜ、ほんとに。

ここまで来れば、ようするに人生観、ということ。もうどうしょうもない。負けて胸が張れるか、という世界だからなあ。

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柔道は二つに分けたらどうだ

というまことに恐るべき暴言を吐こうとしているノダ。

もうあの負け方みていると、もはや一本勝ちの美しい柔道は望めない時代になったと断言したい。

ともかく姿勢を低くして、投げれらないように相手をぎゅっとつぶしておき、負けないように、どこやらの国に遠慮してか、審判の贔屓(ひいき)に従って(何であれが掛け逃げなの?)思い通りにするようなルールを、最大限に活用して逃げ切る・・・それが柔道になっていやしないか。こんな理不尽なスポーツがあろうかいな。

力を利用してとか、大きい相手を投げる技とか言うものはもはやどこにも無い。あたらしい格闘技、と思えばよろしい。武道などとはいわないで欲しいな。そうそう、大相撲と同じさ。

だから、「え、なんで、あれがいけないの。なんで??反則はあっちじゃないの?何なのこれ?これが柔道?こんなのもう見たくねえよ」という疑問符が消えるには、こうすればよろしい。

つまり、もうワシらの思っている日本伝統の柔道ではないのであるから、コクサイジュードーというスポーツの分類と、日本柔道という分類に分け、国際派にするか、あるいは柔道派にするかは、各自が勝手に決めればよく、ただし、柔道派は勝つことだけを目指すオリンピックやコクサイ試合には出られないのである。

つまりわかりやすくいうと、アーチェリーと弓道の違いである。そうして連盟も、コクサイジュードー連盟と日本柔道連盟に分ける。そうすれば、柔道派はこれまでどおり、思い切り、組み手から宙を舞う背負い投げ、あるいは、人間が飛ぶ肩車あるいは、こんなに見事に吹っ飛ぶものかという華麗なる巴投げを思い切りできることになる。こういう技があるということすら知らないのではないか。ジュードー派の選手は。どうもそんな気がするのである。

だから、今、柔道派が、国際舞台で負けても口惜しがることは無い。もう違うものになっているのであるから。

朝青龍が、ただ強いだけじゃん、相撲の礼儀とか横綱の品格を知らないと言って非難するのは間違っている、とワシは思う。いいじゃん、もう昔の日本伝統の大相撲じゃないのだ、今や彼らの意識は、スモウレスリングなのだから。勝てばイイノダ。

だから、別に、日本大相撲協会と、コクサイオオズモウ協会をつくったらいい。そんなにブーブー言うなら。

結局は、柔道もそれだけの思い切りがあるか否かにかかっておる。そんなのないよ、と泣き言といって、あんなの柔道じゃない、とブーブー言うなら、分かれればいい。それができないなら、コクサイジュードの流れに沿って、なんでもいいから、ともかく、勝ちに行く。なりふり構わず、やっつけるだけ。ルールを最大限利用して、相手を潰す。つまり負けないようにあらゆる戦術を使うこと。それっきゃないじゃん。このままコクサイジュードーの試合に出続けるなら。

汚くてもいいから、勝つことにこだわる・・・・。さて、ニッポンジン、それができるかな。ワシは、出来ない、とみている。したがってこれからはずっと負けをみることになろう。それがあまりにも繰り返されてから、さてどうする?になるとみるな。

なかなかオモロイモンやなあ。オリンピック。

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世界はさらに進化している

というのは、オリンピック。

日本の惨敗は目に見えている。どうしたら勝てるかという研究と工夫は、日本人のやってきた努力をはるかに凌ぐものになるだろう。

なんだかいい加減だモノね、ニッポンのスポーツって。まあ参加すればいいや、みたいな雰囲気が随所に感じられるね。

駆け引きも下手だし、パワーアップもイマイチだし、勝とうというモチべーションがどうしても弱い。外国と戦うということが、戦争ではなく、スポーツなのだから思い切りやればいいものを、何となく、これでも頑張ったんだからいいでしょ、メダルなんか取れなくっても、みたいな、ぐずぐずしたところが目につくなあ。

サッカーでもホッケーでも、いざここでシュートと言う時に、パスを回したりする。自分でシュートすればいいものをその思い切りがない。まったく歯がゆいなあ。

テレビの前で、今だ、と叫んでいるのに、その場面で失敗してもいいから、シュートすると言う覇気がどうしてもない。

福田さんの選手団への言葉も弱弱しいなあ。「プレッシャーは掛けませんが、頑張ってね」みたいな、ヘンなことを言うなよ、と言いたい。まだ都知事の言葉のほうがすっきりしていた。「膨大な国の金を掛けていくんだから、頑張ってもらわないといけない」と。イイジャナイ、この位言って欲しいよ。

オリンピックが、その国の国情を表すことは間違いない。やっぱ、ニッポン人は、ヘナチョコになっちまったんだろうか。戦争することは無いが、しかし、もうちょっと国を背負っているという覇気がないと、ワシら、がっかりだ。肩身が狭い。

ふにゃふにゃ若者だらけだと思うとなあ。そうかと思うと刃物を振り回す輩もおるし・・・。なんだかヘンになっちまったなあ、という感想。

じゃあおまえ、できるか42,195キロ。走ってみろ、といわれるともうワシはダメじゃ。三十分も歩いたら息が切れるでな。

わかったわかった。黙って負けっぱなしのオリンピック、見させていただきます!!

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東北の祭りは涼しい中で

行われるのを初めて知った。

あんなに涼しいとはねぇ。だからねぶたもハネルことができるわけだ。

簡単に感想だけ述べると、お囃子の太鼓や笛、鉦は単純でしかも、心に響くすばらしきものであった。

が、いわゆるハネトという踊り手についてはなあ、お囃子とまるでリズムがあっていない。まるで自分勝手にどんどんハネテイル。しかも、高くハネルのではなく、トントンと小刻みで、いい加減な感じ。

昔はもっと高くしかも、リズムにあわせてハネテいたはず。と察する。

ま、それも時代の反映。軽く、早く、雑踏の中で。という。

良いか悪いかワカランが、あまり踊りは心に響かなかったなあ。

それよりも、青函連絡船が、さびしそうに青森港に記念品のように係留されておったのがなんともなあ。

翌日は、街も静まり返って、人通りも少なく、タクシーは、人待ち顔で、ぼんやりしておった。

ま、そんなところ。東北の人たち、とくに陸奥といわれた青森は、ねちっこく、そして人懐かしく、おおらか。あまり細かいことにはこだわらない明るい人たちとみた。

夜など涼しくて窓を開けたままでは寝られない。東京や大阪、名古屋はヤッパ異常だな。

あまり人口密度の高くないところで、ノンビリ過ごす、それが良いなあと思ったな。しみじみと。しかし、寿命は短い方だそうだ。医療関係がちと遅れていると聞いた。ま、それもいいかな、と思ったな。長生きして末期高齢者などと言われて、姥捨て山に捨てられるよりは、ね。

これからあれこれと、この旅で得られたことを元に考えることがありそうだな。

しかし、暑いなあ。都会は。そしてこの集中豪雨と雷雨。完全に亜熱帯地方のスコールだなあ。もう早くも、青森が懐かしいなあ。爽やかな風。そして少ない人口。北海道をのぞむ海。なんだかいいなあ。

こんどは真冬に行ってみたいなあ。津軽平野の、雪景色。地吹雪・・・。

日本も捨てたモンじゃないなあ、と。これが今のところの感想のまとめ。

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花火大会が

このあたりでもある。

今からドンドンと合図の花火が上がっておる。

周りの連中、自転車で行こうだの、いやあワシはやっぱ電車だな、あるいは、うちなんか二階から見られるんだぜ、などなど。

冷蔵庫にビール冷やしてある、トウチャンのためにさ、というオバチャンやら。

ま、いいでしょ。花火大会で大いに盛り上がってください。ワシは、それよりもっとモノスゴイ盛り上がりを見に行ってくるけんね。

今日は局地的に大雨が降るってよ。気をつけなよ。じゃあね。

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日本の祭り

には独特のモノがあり、やはりここにニッポンジンとしての、伝統・歴史・心根・連帯感・鳴り物などの文化・有象無象・森羅万象神社仏閣・・・・などなどがしっかり詰まっておるように思うのだ。

それでワシはニッポンの祭りが好きであるが(なぜ日本と書かずにニッポンと書いたかと言うといわずと知れたオリンピックを意識しておる)中でも、あのお神輿なるものには、コーフンするのだ。

ガキのころに担いで町内練り歩いた、その思い出もさることながら、あのセーヤセーヤ、あるいはドッコイドッコイ、はたまたオウリャオウリャの掛け声がものすごくいいのだ。

ニポンジンとしての血が沸き立つ思いする。

ところで、さる所のお神輿、見ていたら、掛け声は特になく、チャンチキ・ドンドンの鉦と太鼓のお囃子がうるさいばかり。ただ、神輿担いで、ハイハイというか、コラショというかそんな気の抜けた掛け声で、とにもかくにも町内一周すればいいんだろ?え?みたいなお祭り見たが、がっかりだったなあ。

それでも、その町の人たちけっこう盛り上がっておった。どうもしょうがないから酒の勢いでノッテイクという感じだった。

さて、ワシは6日から8日まで念願の青森のねぷた祭りにいって来るぜよ。フフフ。

青森のオバチャンに話を聴いたら、あのお囃子聴いただけで、ハネタクなる、とのこと。

うーっむ、それほどのモノスゴイパワーというかオーラというかが、発しておるというお囃子とはいかがなものなのか。この目と耳でしかと確認してまいる。

ワシの小説に「ええじゃないか」という名短篇があるが、(読みたくてももう本屋には出ていないよ。このブログで紹介したっけ)そのええじゃないか風な、民族の心のカタマリが、あるものと信じておる。

行って来たらこのブログにて、ご報告しよう。ニッポンが誇る祭りの一大典型であろうから、一生のうちに一度は見ておかないとな。平均余命はジリジリと減っていっているでな。ナニ、男は79歳ってか。ふーん。あと○○年しか残っておらん。

ニッポンの心、キャッチしておかんと、ヨレヨレになってからでは、なんもわからんからなあ。

しかし、なんだなあ、ただ海水浴やらプールやら、せいぜい夜店の金魚すくいぐらしかこの夏、楽しみの無い人たちは気の毒じゃなあ。フフフ。ささ、旅の支度でもしましょう。少し派手めのアロハなんぞ着ちゃって行こうかね。フフフ。

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昔の夏は

こんなに暑かっただろうか。

ワシのガキのころ、工場の町で育ったが、しかし、近くには、池もあり田んぼも青々と広がっておった。

夏休みともなれば、近くのガキども集まり、涼しい木陰で、夏休みの友というなんだろうあれは、ノートみたいな、本みたいな薄っぺらな冊子を1ページずつこなしてく。

絵日記も書かされたし、けっこう宿題があった。それらを、9時から10時ころまでしおらしくやり、それが済むと、それっとばかりに、それぞれ家に帰って、たちどころに捕虫網やら虫かごやらを持ってガキ集団、集結。

それからはもうあてども無く、蜻蛉やらザリガニやらを求めて走り回る。そのころはけっこうヤンマという大型の蜻蛉がかっこよく田の上を飛翔しておった。

それをじっと待つ。目の前を通り過ぎる瞬間、ぱっと網を被せる。そのまま地面に網を伏せる。中でガチャガチャと言う羽音。

水の中など地面が無いところでは、すばやく網をくるっとひっくり返す。これはかなり高級技である。

そんなことして、昼になると、腹時計で家に戻る。泥だらけの半ズボン、おっかさんに叱られてから井戸で洗ったりして、昼飯。といっても戦後のものの無い時期だ。芋がふかしておいてある程度で、ご飯に塩をかけたり、漬物でさっさと済ます。

しょうがない、モノが無いんだもの。

それから、勉強?と遊び疲れで、昼寝。といっても、縁側にゴロンと寝転ぶ。涼しい風が吹いていたっけ。

起き上がってしばらくすれば、夕立がサッとくる。そうするとぐんと涼しくなる。

夕方ともなれば、花火。これはカネが無いから、お金持ちがやるので、その家の庭に行く。貧乏人のハナ垂れガキどもが、輪になって、すっげえなあ、この打ち上げ!などとわめき散らしつつ、お金持ちのお坊ちゃまががやる花火をじっと羨ましそうに見つめる。

そうこうするうちに、晩飯だが、(晩飯が済んでから来い、とお坊ちゃまからいわれるときもあった)水でもかけて食うような、よく言えば夏向きのさっぱり味の晩飯。家族打ち揃って、暗い電灯のした、鮭など切り分けて餌、じゃないおかずにしてすぐに終わり。

あとはテレビなど無いから(町の有力者の家には、あったようだ)ラジオでドラマやら、なんだかよく覚えていないが、聴いているうちに、もはやおやすみの時間となる。

蚊帳というモノがあったなあ。それを吊るして、中に入る。兄貴が寝る場所は真ん中で、ワシらガキは、ずっと端っこのほうだ。それでもゴロンとひっくり返れば朝まで意識不明となる。

そんな生活だったが、今のように狂ったような暑さは、無かったように思う。

団扇でパタパタやって、暑いねぇぐらいは言っただろうが、夏は過ぎて行ったように覚えている。

あまり暑い時には、公営の水藻の生えているようなプールに行ったり、今では泥水だが当時は底まで見えていた河に水遊びに行ったりした。

そんなこんなで、けっこう夏の暑さを楽しんでいたように思う。今は,息をするのもやっとと言う有様だ。

自分の体力が萎えたからなのか、それとも本当に温度そのものが高くなっているのか、高いとすればどのくらいの違いがあるものなのか・・・・。

ガキのころ、たしか、30度になったら、うわあ、あっついなあ、きょうは、30度だぜ・・・と言っていたように思うが。

自然環境の変動についていけるか否かが、これからのワシらの年代のものの大きな生き残りの試練になるように思う。

今日は特に暑くなるみたいだ。これから外出しなければならん。行き倒れになったら、それまでじゃ。「念力のゆるめば死ぬる暑さかな」とかいう俳句があったような気がする。

出かけるときには、玄関で一度立ち止まり、よっしゃあ、と声を出し、臍下丹田に力を入れてから出かけなければならん。

いくぞお・・・・。(ソレデイイノダ)

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いよいよ歪みが現れてきたらしい日本人の心

などといえば、ナマイキではあるが、戦後の教育観やら、社会状況によって、若者を中心に心が変質してきたなあ。

イヤ、根本の原理はそんにムズカシイものとは思われないが。

巷の社会評論家として、このごろのヤバイ現象を勝手に、考えてみると・・・・。

戦後ワシらは、食うために必死になって働き、エラソウではあるが、今日の繁栄は、ワシらが作ったといっても、エライ学者の言うところと一致する。

そのために、子どもは、苦労せずに育った。つまり、甘やかされて育った。それに拍車をかけたのが、少子化である。5人も6人も子どもがいれば、育児はどうしたっていい加減になる。それが実は、子どもを厳しい現実に直面させた。ザルにうどんを一杯もって、それを醤油で7人家族が、食べた・・・。早く食べないと喰いっぱぐれた。

しかもその時、不景気の波をかぶって、電気が止められ、真っ暗な中、ロウソク一本のあかりであった。実はこれはワシのガキのころの風景である。こういう生きかたを子どものころにすると、人生はこりゃあ、生半可じゃあ生き抜けないぞ、ということがはっきりわかる。

ところが今は、何の不自由もなく育った。徒競走すら、人権とやらに配慮して、同じタイムの子どもばかりが走る時代になった。

さて、その裕福な日本に育ったガキは、いよいよ外で独りで生きなければならないとなると、たちまちコケル。当たり前だが、そうなると、こんどは誰かのせいにしないと自分が正当化できなくなる。

こうして、いつもいつも、自分のミス、自分の人生上の失敗は、家族のせいであり、カイシャのせいであり、友達のせいであり・・・となるのはこれも当然である。

親が馬鹿だから、自分はこうなったと言いたいのだ。社会がみんな馬鹿だから自分が犯罪者になった、と言いたいのだ。ああいえばこういう、とどのつまりは自分だけは間違っていない、のだ。

ならば、親は、自分が必死になって築いてきた家を放り出して、貧乏生活していればよかったのに、ということになる。カイシャが自分を雇わなければいいのに、となる。

親や、周囲の誰かれに依存してきたこと生きてきたくせに、それが全くわかっていない。働かせてもらっているカイシャの悪口ばかり言う位なら、自分で独立してみろ、と社長は言いたいだろうが、そんなことは絶対にできっこないのである。カワイソウだから、もう少し雇ってやろうか、というカイシャだって結構あるはずだ。

まあ、派遣やらフリーターやら、名ばかり管理職やらで痛めつけられている若者もいることは間違いないだろうが。それだって、少し厳しい言いかたすれば、そんなにヒドイ職場なら他の職場探せ、自分に合ったカイシャで正規職員目指せ、と言ったら酷だろうか。ワシらの生き方では、そう思うのが当たり前だったモンで、つい言ってしまうのだが。

客観的に見て、今は、生きにくいと言うが、本当か。ワシは疑問じゃな。戦後のあの食えなくて、野良犬のようにバイト探して頭下げつつ、いちにち食えなくて、食パン一枚でしのいだこともあったし、あの時と違うのは、未来に希望があるかないか。これはたしかに今は厳しいがなあ。しかし、それだってワシに言わせれば、ぎりぎり食えればいい、と思う。

さて、とどのつまりは、甘やかされて育ったガキは、社会で行き詰ったが、そのせいを誰かに押し付けないといられないと言う状況。そして、最も困る問題が、そういう自分であることを自己認識できないこと。これが最大のネックだ。

今、売れている本のタイトル「他人がバカに見える若者」だったっけ。ともかく自分以外の人間はみんな馬鹿であって、自分だけが有能であると勘違いする。この根底には、世の中、思うようにならないというコンプレックスが蠢いておることは間違いない。

こういう人間が大量生産されている。これはワシらの親としての責任であるといっても、なにも問題は解決しない。

つまり、そういう「他者を馬鹿呼ばわりしても、その自分はさして有能ではない」人間群と、「さして自分がえらいとも思わないがしかし、まるで無能とも思っていない」多くのバランスを保った思考の人間とが、鋭く対立しなければなない、そういう分裂した社会になっていく、というように思われるのだ。巷の評論家としては。

それがもっとも先鋭に現れるのが、カネにまつわるトラブルである。今述べたガキは、社会では受け入れられないので、経済的に困るのは必至だ。そこで依存できるのは親や、周囲の少しでもカネがあるところだ。つまり、カネをめぐっての、争いが社会問題を引き起こす。

この問題は実はかなり前からエライ学者によって指摘されていて、日本社会の根本的な構造の破壊につながる、というのだ。まず、耐えられない家族は崩壊する。結婚生活は、相手を許す限界を超えるから、離婚が増える。

ますます、ばらばらになった個人が巷を不満抱えつつ徘徊することになる。つまり、秋葉原事件・・・。ほんの一部の立ち直れない人間が、そうなるのだろうが。

もし万が一、ワシに降りかかったらどうする?ワシは、とりあえず自分を守らないといけないと思っておる。最後は、自分の築いてきた人生、家、そして命を守る、そこへ行き着く。これはかなり辛い作業になる。だが、そういう時代がきた以上、ワシらは、それに耐えなければならん。そういうとんでもない時代になったのである。とワシはかってにブンセキしておる。

そうすることによって、初めて、依存している者も、自分で生きなければいけないということに気づくはずだ。だって、それっきゃないでしょうよ。

ワシらは、チッポケな年金生活者だ。億万長者なら、どんな依存だって受け入れましょうよ。ただ、その結果は、見えているが。つまり、その依存していたものは、生涯自分の人生を自分で作れずに、腐ってしまうということ。

いやいや、きょうは真剣に考えてしまった。ワシらのようなこんなジジイがこんなこと言うようじゃ、この時代、かなり迫ってきておる。頑張りましょうよ。ご同輩。

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この暑いのに

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夏といえば、やはり戦争の話に

ワシらはなることが多い。

今日も汗拭き拭き、80台の人と話していると、やはりあの時の戦争は、という話になった。

その人は、軍馬を引くという軍務であったそうな。これも大変なことだなあ。

あれこれ話していたが、肝腎なことは決して話さないのが、当時の凄惨な戦いをしてきた人の常だ。

言えないことがあるのだろう。それは当然のこと。ワシも敢えて詳しい状況については訊かなかった。

戦場での命のやりとりは、とうてい平和の時に生活している感覚では理解できない。

その人は、最後に言ったこと。それは「ただ前進しろといわれて、進んでいったものは、みんなやられましてね」だった。

船に乗って帰る途中に、撃沈される運命に逢った人。また、その船に乗れずに、帰国できるか否か、不安だったが、次の船にようやく乗れてかえって命拾いした人、などなど。

そんなギリギリの命の中で生きている時には、「親や会社を困らせてやるつもりで、誰でもいいから・・・・」などというこのごろの恐るべきニュースの心理にはとうていなれないと思う。

ただ今生かされていることに感謝して、そうしてこれからもこの命大切にしようと、そう思うはずだ。人生は一度しかない。自棄になるのは、時として誰でもあるが、他人にそれを向けるというのは、なんとも凄まじい時代である。自分に向けても同じことだが。

ワシの空っぽ頭では、これをどう考えたらよいものか、ワカラン。ただ荒涼として、草一本生えない砂漠のような心、という表現しか浮かばない。

こんなことは、連鎖反応でやってはならぬ。日本は恐るべき「人不信」の社会になってしまう。

夏になると、戦争の話になるのは、無意識のうちに、人間の心の闇を見つめなおして、これからも犠牲になった人の分まで生き抜こうという意志が働くから、という気がするのである。

たまにはこういう真面目な話もしなければなあ。そうじゃろう?

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歳を取ると眠れない夜

が多くなる。

たいてい朝早く目が覚める。近頃は4時ごろに目が覚めて、それから眠れない。

これは加齢によるショウガナイ現象。

そこで、あれこれ考えるのもイヤなので、イヤホーンでラジオを聴く。

4時過ぎに、ラジオ深夜便で目から鱗が落ちるような、こころにしみる話が聴ける。

もう何日も前だが、カンボジアで医療活動をする若い看護師の女性の話があった。スコールが猛烈に痛い。それほど激しく降るという。犬が、食堂等に入ってきて、拾い食いしていく。人も裸足で泥道を歩く。そして、300キロもの道を、ぼろぼろの自転車で、障害児で肺炎の子どもを何泊もして連れて来る夫婦がある・・・・。

それらの中で、その人は、人間というものは生かされているんだなあ、とはっきりわかるという。自然を操作するのではなく、その前に、自分もその大きな自然の中で生かされているのを感じるという。

そうして、そのワシらから見れば過酷な生活条件の中で、生かされている命をいただきながら、医療活動に従事するという生きがい。

そういう全くの話、カネにもならず、さして有名人になるわけでもなく、本を出版されたらしいが、そういう地に足の着いた地味な活動の中に生きる若い日本女性がいるということ。

ワシはもうこの歳になっては、そんなキビシイ仕事はとてもできないので、ただ話を聞くだけであるが、おそらくそういう仕事に従事した人は、人生後半になってもその生き方には後悔は無いであろうと思われた。

だれでも、けっこうキビシイ仕事をしているものだし、ライフワークというか趣味でもむろんイイノダが、方向を持って打ち込んでいく。

そういう若者を見ると、なんかこうピカピカと後光が射しているような、輝くものを見ることができるなあ。つまりはこれがオーラというものなのであろう。

何にもしないで、ぼんやりした人生では、オーラは出ないでしょうよ。

よく、有名人はオーラが出ているなどとまことしやかに言うが、ワシは余りそれは信じないなあ。

というのも、ワシは、何代か前の総理大臣をあるところで身近に見たことがある。なーんも感じなかった。なんだかライオンみたいな髪の毛の、ただのオッサンやった。

ワシの知り合いが、テレビ局の廊下のずっと先の所に、現役のころの長嶋監督がいるのを見つけたのだが、そのときに、監督から光が出ているようだった、と言うておった。あれがオーラかな、と。

ま、そんなことはともかく、何でもいいから一生懸命に自分の道を進んでいるひたむきな若者はいいモンですな。

時々、ラジオ深夜便、聞く事が多くなりそうだ。オモロイもんやなあ。眠れない年寄りに、若い者が、いい話聞かせてくれる。だんだん、オモリをしてくれるのが、逆転するというこっちゃなあ。

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暑さも良く観察すれば

毎日同じような暑さは続かないことがわかる。

朝から晩まで、寝る時も夜中もひとときも休まずに暑い、という日は、ワシの経験では、数日にすぎない。

それは、だいたい梅雨明け近く、あるいは梅雨明け直後に来る。それはもう猛烈に暑い、ただただ暑い一日。金魚が水面に口を開けてアップアップする感じ。

だが、それが過ぎると、朝夕に、少し、風が出てきたり、夜中には、ふわっと、風が吹いてきたりする。

一日のうちでも、気温や風、湿度が微妙に変化してくる。つまり息がつける、という状況になる。

これを難しい言葉で言うと、「無常」と言うなぁ。一定のように見えて、その実、動かないものは無いのだなぁ。

今日など、日中はやはり熱風が引きまくって、暑さが厳しかったが、朝方、3時とか4時とかには、東から涼しい風がふわっとやってきた。

こうして、季節はどんどん移り変わっていく。真夏の頂点で、秋を感じるというが、まさにそうだと思います。

うちのオヤジの口癖はいくつかあったが、その一つが「夜明け前が最も暗い」だったなぁ。

「秋が来る前こそ、最も暑い」ということになろうかね。

またまた大地震。雨も降ったら必ず上がります。この暑さも必ず涼しくなります。ワシらもいつ襲われるかわからんが、このピンチ、じっとしのぐほかはありません。頑張りましょう。ともかく。

無常であれば、暑い日ばかり、揺れる日ばかりではないということでもあるからね。

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親の弱みに付け込む

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機械操作が苦手な年代

になっておる。確実に。

今日、郵便局に朝イチで行って、ATMという機械で自動的にナニヤラできるものを操作しに行った。

9時10分前。早くもおにいちゃんが一人、並んでいる。ワシはその後ろについた。

9時と同時に、おにいちゃんはあっという間に、操作を終えて、さっと機械から離れた。

ワシは、機械の前で、あちこちのボタンおしまくって、用を足そうとするが、「恐れ入りますがもう一度最初からやり直してください」のメッセージが・・・。

何度もやるうちに、今日は、連休明けなので、後ろに長蛇の列が・・・・。

焦る。できない。焦る、余計うまくボタンが押せない。

「スイマセン」言いつつ後ろのおばあちゃんに声を掛ける。そしてまた汗だくになって、機械に向かう。機械は非情である。ここが違いますよ、とは言わない。「最初から・・・・」というのみ。

エーイ、もういいわい。ワシは、窓口でやるわい。と、後ろを見たら、10人ほどが、ワシの手先をじっと見ておったんじゃろう。腕組みするヤツ、中にはしゃがんでいる若い男やら、意地悪そうなオバチャンやらの視線が、バババッとワシを狙い撃ちしているのがわかる。

汗かきつつ、真っ赤になって、窓口へ。

窓口のオネエチャン「いいんですか、120円かかりますけど」と上目づかい。

見ていたんだなあ、ワシの醜態。

ワシらはもうこういう機械はどうしてもダメじゃ。手が震えるし、早くせにゃイカン、と焦るので、余計に混乱する。操作の説明が、字で書かれるのだが、それがけっこう難しいのだ。途中赤字などで、大きく書かれていたりすると余計にワカラナクなる。

機械は操作を一つ間違っただけで、全く動かなくなる。これが困る。絶対に手順を間違えてはならないのだ。

駅の自動発券機の前で、しきりに声を掛けているお婆ちゃんがいるそうだが、それそれ。ヨークわかる。

近頃、問い合わせは、ホームページの、ドットコムナニヤラへ、というのが多いが、ワシらの年代は、ワカランことも聞けなくなる時代になったなあ。

もういいや、にならずに、食い下がって、「この機械、なんでワシの思うとおりに動かんの?」と局員に食って掛かるぐらいのハラがないと、これからは生きて行かれんなあ。

振り込めサギなどで、ATMの前に行かされ、操作を携帯電話で言われれば、そのとおりに振り込んでしまうというが、その背景にはこういった機械操作オンチの年代が大きく関わっていると思うのである。

ワシは、携帯の操作も良くワカランし、その点、少しはマシかも?

何はともあれ、人間疎外の時代には間違いない。これからパッパと機械操作ができるようになることは、もう無理じゃろうなあ。

その話を80歳越した人と話していたら、その人は、やはりどうしても何度やっても預金が下ろせなくて、係りの人を呼んだところ、違う銀行のカードで下ろそうとしていたそうな。

その人曰く「銀行同士、どこでも銀行のカードなら下ろせるはずじゃがなあ。そうじゃろう?郵便局と銀行は違うのはわかっておるがなあ」(それっていいアイデアじゃないのかい)

と、まだわかっていなかった。むべなるかな。ワシも彼にどう説明していいものか、ワカランかった。ヤナ時代じゃなあ。

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事件の裏に何があるか

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年寄りの一人暮らし

は、たいへんだ・・・というのは本当だろうか。

ここのところわけあって、独りで暮らしているが、たしかに初めのうちは、いろいろと困る。

まず困るのは、食べ物だ。朝起きて、さあドウスル?となる。腹は減る。何か食わねば、と焦る。冷蔵庫を開ける。ところがこの冷蔵庫なるもの、なぜかすぐに食べられるものが入っていない。

ピーマンなど生でかじるわけにはいかない。せいぜい牛乳ぐらいなもの。

そこで、この苦境を乗り切るには、ワシは、同じメニューに固定する。パンを買ってきて(近くにコンビニがあるはずだ)バターつけて、パックの紅茶飲んで(湯は沸かせるじゃろう)できればレタスとハム(これはスーパーにいけばよい。スーパーに行くとご同輩がごろごろしておる)。これで朝はオーケーである。

まもなく昼になる。昼になるのが早いなあ。昼は今時分は冷麦か、つけ麺、または冷やし中華に決めておく。トマトなぞ一つつければそれでもうよし。麺の上にチャーシュー切って乗せれば、御の字。

さて、早くも夕方だ。早いなあ、晩飯が。晩はご飯にする。ご飯だって、電気がまに、2,3合炊いて置けばよい。ご飯は必需品だ。いかなる時にも、飯だけあれば、あとはなんとでもなる。梅干だって、それも無ければ塩だってけっこう食える。

レトルトが便利だなあ。昔のカレーなどと違って、今はうまいぜ。それになんでもいい、肉と玉葱でも炒めて置いてそれをルーに混ぜればかなりいいカレーライスになる。レトルトを、何種類か買っておく。これで1週間や10日は生きていける。

スーパーに行くと面白いで。若い主婦やら、オヤジやら、たくさんいて見るだけでも飽きないなあ。一度行くともう抵抗無くスーパーに行ける。同年輩のジジイの買うもの、それとなく観察するのも面白い。ヤツは、今日、しめ鯖で一杯か、クソッ。けっこういい酒買いやがって・・・・。

さて、それから面倒くさいのが、洗濯だろう。しかしこれとて、洗い槽に放り込んでおいて、たまった時に、タイマー掛けておいてガラガラやっておけば、朝には、絞れている。干すのが面倒くさいが、洗濯バサミのついた干し器があるが、それにどんどん吊るしておく。出かけるときや、雨の時には取り込んでおく。それも面倒くさければ、家の中の階段やら手すりやら、イスの背などに引っ掛けておくだけでもよい。(家が広いので、大丈夫?)

洗濯物は、干したものを、洗ったものと交代して着る、というのがコツである。新しいものをわざわざ押入れなどから引き出してはいけない。洗う手間がかかるじゃろう。

次に、掃除だろう。これはもう簡単。ごみはおなじゴミ箱しか使わないようにし、掃除機でさっとやっておく。どうせ独りだからそんなにごみなど出やしない。鼻たらしのテイッシュぐらいのもの。

これを毎日のルーテインとして、こなしてゆく。すると、何だいこんなものかい、一人暮らしは。チョロイじゃん、になっていく。こうなるとかなり「ジジイ独り暮らしの達人」に近くなっている証拠である。

こうなると、料理本のレシピなど見るようになっていく。前から食ってみたかったんじゃ、自分で作った散らし寿司・・・みたいになっていく。これを自分でやっつけてやろう、となると、これはもう「独り暮らし老人の明るい生き方」という本が書ける段階まできているといってよい。

ところで、こういう生活するうちに、なんだかものすごく自由になった気がする時期が来る。いいぞいいぞ、ひとり暮らし!!の新天地が開ける。パッと目の前が開けるのである。

たとえば、いつもうるさく言われていた缶ビール1本、が時々飲める。(毎日ではカネが続かない、年金であるから)好きなテレビ番組が見放題の世界が開ける。おおっ!!な、なんと阪神が強いなあ、いけいけ。言いつつ缶ビール、グビッが、な、なんとできるのである。

出かけるにも、「その格好じゃ、ご近所に恥ずかしい」などといわれずに、短パンに、ヨレヨレの大好きなテーシャツ、着られるのだ。

ただ、以外に困るのが、ゴミだし。日にちが決まっておる。とんでもない日に、生ゴミなど出せば、カラスの笑いものになる。

それと、税金などの督促。どこへ払い込みに行けばいいのか、わからない。そういうときには、よくよく督促状を見直すことだ。払い込むところや、振込みなど書いてある。一度そのやり方を知れば後は、もうどんどん督促して来い、の納税者の鑑となる。

これで、年寄りの一人暮らしはほぼ、完璧であろう。

不思議なことに、独り暮らしすると、ワシの貴重な体験では、酒も飲まなくなるし、ものすごく経済に気を使う。ケチになる。これは生体保護のための自然防衛であろう。呑んだくれたら誰も助けてくれない。カネが無くなれば、これはもう悲惨だ。働いてない。ただ年金だけである。貯金通帳、見る必要も無い。

だから、賞味期限の過ぎた半額のパン、きのう買ってきた。カビさえ生えていなければ、食えるぜ。トースターで焼いちまう。

猫の額の畑から取った、トマト一日一個ずつ。胡瓜一本ずつ。これだけだってけっこうイケルのだ。胡瓜はぬかづけにしておく。これだけでも、一食は非常食として、食えるのである。大震災を思えばよい。たいていのことは、耐えられる。

というわけで、ワシは、当分、この独居老人暮らしを、こそこそとやって行く。だんだん、こっちの方がよくなっていくのがわかる。いいぜ、独り暮らし・・・・。禅僧の修行といったら叱られるか。

人間、環境に適応する能力はあらゆる動物の中で最高であろうなあ。

しかし、暑いなあ。でも冷房はできるだけ使わんよ。熱中症になりかかるまで。ジジイは強いなあ。さて、ちょこっと遊びに行こうっと。それは、ナイショ。フフフ。

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こんなに暑いのに年寄りは頑張る

それが思いがけない大きな事故になってしまう。

熱中症で90歳の方が、畑仕事中になくなったという。草むしりでもしていたのであろうか。

ワシも、こういう猛暑のさなかに草むしりをしていて、なんだか目の前が暗くなってきて、すうっと気が遠くなるような、体の感覚が無くなっていくようなことがあった。

汗をかいているのに、喉が乾かない。そのうちに汗も出なくなる。脱水状態になってしまうのであろう。しばらくそのままにしていると、足が動かなくなる。あれ、ヘンだな、足が。足が・・・・ということ。もつれてしまう。あるいは猛烈に足がだるくて、一歩ずつ引き上げるようにしないと歩けなくなる。

だが、ワシもそうだが、「なにこのくらい、てえしたことはねぇわい」とタカをくくって、なおも草むしりを続けてしまう。

この、「てえしたことはねぇ、ワシの若い時分には・・・」が、かならず心をよぎってしまう。

ま、それでもこれまでもピンチを凌いできたモンで、「こんどもでぇじょうぶだ」でそのまま、本当にアブナイところへ落ち込んでしまう。

こういう変な自信というか、向こう見ずと言うか、は、その裏に、けっこう隠された心理があるとワシは見ておる。

冒頭に書いたお年寄りのことは全く知らないが、ただワシの体験で言えば、「ワケエモンには、負けられるかい。ホラ見てみろ、まだまだこんなツライ草むしりだって、汗びっしょりかいて、やれるんじゃ」みたいな、反抗心と言うか、ひねくれというか、頑固さというか、そういうグチャグチャな感情に、ふと、突き動かされることがママあるのである。

これがいわゆる年寄りの冷や水といわれる心理なのである。とワシは断定する。

したがって、年寄りが無理にこんな暑い時に肉体労働するようなときには、すなわちヤケクソになって、出かけていくのであるから、それとなく様子を観察していないといけない。

こういう基本的な心理に加えて、家庭内でゴタゴタがあると、そのヒネクレ的な特攻精神みたいなものが、パワーアップするからさらにその行動には注意を要するのである。

そんな、危険な心理にドップリ嵌っている時に、運悪く猛暑が重なる、あるいは大水が出て田んぼが心配になる、などの条件が重なると、けっこう事故がおきるのである。よく大水の時に田んぼを見に行って、とか、時化のときにわざわざ海岸へ行って、事故にあうということがある。

なんでこんな暑い時に、とか、こんな大水が出ているときに、とかニュースを見て感想を漏らす人がほとんどだろうが、実は、お年寄りには以上のような心理があるものと断定するのである。

つまり、過激に表現させていただければ、ワザと、そういう危険なところに,自分から出かけて行く、ノデアル。

というのも、若い者が、畑で草むしり中に倒れたとか、用水路を見に行って、とかいうことを聞かないではないか。

ワシは熱中症で倒れる後半人生の仲間が、これからも出て来ると予測しておる。あんまり良い予測ではないが。

つまり、ワシらの年回りは、カワイソウなのだ、という強引な結論に導くためにこういうことを書いたのである。つまり。

明日も暑いという。ワシは、日中最も暑い盛りに無理やり自転車に乗って、30分走り、3時間ほど作業して、それから、また30分自転車に乗って、もう一度はっきりっておくが「この暑い盛りに」街中の暑い通りを、帰ってくるつもりである。

イヤ、止めてもだめだ。ワシはまだまだぶっ倒れるわけはねぇ。ヤケクソのジジイパワー見せたるわい。36度くらいになるといいなあ・・・・。

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猫のハナシなど能天気なことで

ある。

猫よけガード懸命に作った例の寝の額の畑。猫が入っていないかどうか、おそるおそる見ると、なんと真ん中を悠々と歩いているではないか。お尻振り振り!!

ググッ。な、なぜだ!!

見ると、せっかく造った猫よけの木戸が、少しあいているではないか。な、なんと・・・。

むろん、猫は、ワシの怒鳴り声にすっ飛びあがって逃げていった。それも、な、なんと、猫よけネットを軽々と跳び越えていくではないか。

呆然と猫の額に立っていると、近所の若夫婦が犬の散歩の途中であろう、立ち止まってニヤニヤしておる。

「ど、どうしたのかなあ。猫が・・・」震えつつそこまで言うのがやっとであったが、

「猫でしょ。その木戸、開いていましたよ、ずっと」

彼らは、ワシが作業するところから、ずっと見ていたらしいのである。そうして、ワシが意気揚々と畑を後にして帰っていったところも、また、その後、木戸が開けっ放しになっていたのも、見ていたのであった。

締めてくれればいいのによ・・・。近頃のワカイモンは、これだからなあ・・・・。しかし、悪いのはワシのボケである。これはもう間違いない。まさか、猫が木戸を開けて(針金でちょっとだけ止めてあった)また閉めて・・・・。ウーン、あいつならやりそうではあるが。

こんな能天気なことをやって、畑の草むしりなどできればこれはもう、極楽極楽。

束の間の、リフレッシュであった。収穫はお化けなすび二本。弱々しいレタス一握り。トマト一個。あとは・・・・・これからじゃ。

今の時代の特徴の一つ、それはジジイになってから、あれこれアホな揉め事が起きるということ。これはなかなかツライもんじゃが、昔のジイ様のように、ラクに隠居して、早起きして、お仏壇で念仏唱えてから、やおら鍬かついで畑にいく。それだけが楽しみ。これは余生の過ごし方としては、最高だったんじゃなあ。

まったく、他人事ではないぜよ。巷の事故事件。気をつけていても巻き込まれるけんなあ。

人生後半、どんなアホなことに出会うか、予想できん。今までのジイ様のノンビリした生き方など、とても参考にはならん。最期まで気を抜かずに走り抜けなければならん時代じゃ。オッソロシイことじゃなあ。

背水の陣にあるジジイをなめちゃイカンぜよ。

こんどこそ、あの猫、やっつけてやるけんなあ。みちょれよ。クソジジイの逆襲。心底、後悔させてやる!!

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身近のものが亡くなることが

しだいに多くなるのも、後半人生の宿命。

ワシもきのうまで、葬儀にしばらく行っていて、このブログ、留守にしました。数すくない読者のかたには、もうしわけありませんでしたが・・・・。まあ、歳に免じて勘弁して頂だい。

さて、通夜などで旧知のおっちゃんやらに会う。そこで話の続きは、もう10年も20年も前のところから、続きになる。

八十歳を越したオッちゃん。奥様のお骨もったまま、もう何年も過ごしているという。

家族の絆、きわめて強いものがあり、それによって生きていくということが実際にあるんだなあ、と目の前の白髪の増えたオッちゃん見つつ、しみじみとした。

ワシら、年寄ってくると、なんかもう涙もろくなって、イカン。そして人は結局は独りでも生きられなければしょうも無いが、しかし、その原動力の一つは、身近のもの、つまりは家族との一体感であろう、と確認した次第。

それがわかるまで、人間と言うものの、なんと頑固なことよ。オッちゃん言うには、今でも奥様との生活に後悔するところがあるという。亡くなってから気づくなんてなあ、アホナモンやなあ、人間と言うものはなあ。

ま、しょうも無いことは一杯あるわ。後悔しても、ま、しょうもない。

ワシらとてまだ残された時間、無いわけじゃない。しっかり生きんとな。

まだまだこれからじゃ。頑張りましょうよ。どっこいしょっと。

やれやれ、明日までまた畑に行って見回りしてきましょう。猫のヤツ元気にワシの猫の額の畑、飛び回って折るかもしれん。トマトは鴉にやられておらんかな。

クシャクシャ考えておるとろくな結果にならん。畑じゃ畑じゃ!!

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地球の問題を考える市民

というあり方、少なくとも10年前までには、誰も考えなかっただろうなあ。

ワシのような市井の一年金生活者が、ご意見を述べるなどという暴挙、大変なことであると思う。

もはや、地球は意識の中では猛烈に小さくなった。昔は、鯨のような大きさに思えたものが、いまや目高のような小さいものになってしまったのである。

さて、このサミット。やはり関心があるなあ。地球温暖化効果ガスを2050年までに半減させようという目標、これがどうなるのか。今のニュースでは、(共有することを目標とする)ですって。

どうでもいいや、という結論でないかい。あと42年か。そんなに遠いことなのに、それができないと言っているんでないかい。

やってみましょう、ぐらいは言って欲しいよなあ。これがギリギリの妥協点なのだ。経済発展の方が大事なんだねえ。しかし、経済発展も何の意味もなくなるかもしれんよ。大都会が沈み、島が沈み、気候変動が激烈になって食料さえも無くなれば。

ワシは、どうせこのあたりのいい加減さで結論を出すだろうと思っておったが、ピッタシだったなあ。

この問題の恐ろしいところは、気づいて引き返そうとしてもできない、不可逆性、であるということ。

砂漠化が進んで食料が無くなってから、そろそろまた植物をつくろうか、ではもう遅い。短期間で大地を甦らせることはいかなる科学を持ってしても不可能である。激烈な気候変動のために、家を流されてから、もとの家を作ろうとしても、単位は1軒2軒ではない。

それでも地球温暖化を止めるということに投資することをためらう・・・・。人間の欲望が深層で蠢いているのだが、それを認識できないのがワシら人間の意識生活でありましょう。

ならば、市民が一人一人、気をつけようよ、と言う。自分を見てみればわかるが、もうこれ以上、節電・節水デキマセン。カネが無いので。すでにワシらそうなっています。

車を使わない生活にしよう?できるのかね、そんなこと。駅まで歩ける歳じゃない。とすれば、どうせバスには乗るでしょうが。ワシは自転車の利用を積極的にしているが、日本の都会の道路、走ってみな。オッソロシイでえ。自転車も走れる歩行者との共有道路か、車道しか走れないキマリになった。ワシは、車道を走るとき、端っこによって走るが、いつはねられてもしょうがないと、覚悟しておる。

そんなふうなのだ、自分もエコしようということは。これ以上、ごみも分別できないしなあ。

後は、ただ息をして、なんとか余生をまっとうできればいいか、になっていくなあ。

だが、最期は見届けたい、いや自分のではない。地球の未来図の。地球そのものの最期は、ワシらの余命の間はナントカ持つと、これだけは楽観的に・・・。

だが、密かにワシも思っておる。自分だけは,道端の草食っても、生き延びてやる・・・。(みんなそう思い始めているんじゃないの)

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安売りドラッグストア

が流行っているが、あれはちょっとなあ。

というのは、今日、毛虫かぶれのために刺激の少ない薬用石鹸を買おうと思って、食料品やら雑貨まで置いてあるドラッグストア、あるでしょうが、そこへ行ってみた。

だって、専門の薬局など、なくなっちまったのだ。

店内は広い。どこに何が置いてあるのかわからん。レジのオバチャンに、薬用石鹸ある?と訊いてみた。当然、「ワカリマセン」と言う返事。それから店内放送。「薬剤師のナントカさん、レジまで来てください。」

なかなかこない。じりじりする。薬局なら、髭を生やしたオジイサンの薬剤師さんが、「ハイこれです」とサッと出るところだ。

ようやくひとりのアンチャンが、一応白衣ひらひらさせてきた。

「なんすか」コリャダメだ、そう思ったがここで帰るわけにはいかん。石鹸くらい無いわけない。

「かぶれたので、刺激の少ない薬用石鹸が欲しいんだけど」

「誰がかぶれたんすか」誰だっていいじゃねえか・・・。

「私です」抑えて抑えて!

「そうすか」言いつつすたすたと歩く。ワシもついていく。あるコーナーへ行く。女性用の良くわからんが、高級な石鹸らしいものを指差して「これなんか、どうすか」じゃあなんでワシがかぶれたことをあんたに言わなきゃならなかったんすか。ワシはオヤジじゃ。オバンじゃないわい。抑えて抑えて!

それに、なんで「どうですか」と言えないんだ!!

「こんな高級じゃなくていいよ。そうだベビー石鹸でいい」ワシとしては珍しくひらめいた。高級な石鹸が欲しいんじゃないんだ。ジジイのかぶれだ。安いベビーモノでいい。

すると、ベビー用品コーナーへと案内してくれた。

「こんなの、どうすか」やはり高いアレルギーテスト済みとかいう大きな袋に入っている液体石鹸。

「でもこれ、専用の容器がいるんですよね」ワシがそういうと、「そうすね、容器はこちらです」見ると、容器と中身とで合わせると何千円もするやはり高いモノ。

ワシは、以前やはりかぶれた時に、医者から貰った固形石鹸が欲しいんじゃ。医者は、薬局でも売っていますからね、といっていたやつだ。

「うーん」うなってその液体高級ベビー石鹸の前にしゃがみこむと、アンチャンはさっさといなくなっちまった。こんなジジイ、相手にしてもツマランと思ったのであろう。

ワシは、ひょっとその棚の裏に回ってみた。あるじゃないか、ベビー石鹸の固形のヤツ。何百円かで買えるヤツ。これこれ、これなのだ。その小さな固形石鹸もってレジへ。

ああ、たった一つの石鹸買うのに、こんなにも時間と労力使うのかよ。フツウの薬局がいいよー。キマリでしょうがないから、薬剤師の資格持っているアンチャンを雇ってるのだろうが、なんもワカランヤツ、置いておくな!!

なんだろう、あのドラッグストアの大型店というもの。薬など大事な健康のための商品なのに、何でもいいから売れればいいってか。ふーん。ウナギ商法とおんなじ底流がこの国にはしっかり流れておる。

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畑仕事もけっこうリスクがある

というのは、伸び放題に伸びていた梅の仲間の枝を剪定したところ、やはり心配が的中。

毛虫にやられた。切った枝をひとまとめにして運んだのだが、その時、顔に枝の束が触れていた。これはちとヤバイと思ったが時すでに遅し。

農家のオバサンのように、日本手ぬぐいで覆面してやればよかったのに、油断があったなあ。

左側の顔が、昨日の朝から猛烈に痒くなってきた。毛虫のかぶれはすぐには出ない。1~2日たってから、それも夜間に出る。ワシの場合だが。

朝、急いでかぶれ止めの薬、塗ったが、痛痒い。熱感もある。もうこうなってはしょうがない。かぶれが発疹になって出るだけ出て、黒く枯れるまで待つ。ワシの場合は、3,4日ごろにピークを迎え、見るも恐ろしいボツボツ顔になる。その間、特に夜間がつらい。

ピークを過ぎると、ボツボツのてっぺんから、じくじくした汁が出る。こんなこと書いていてもイヤだがしょうがない。それからそのジクジクがかさぶたになり、黒く変わり、ポロポロと剥落する。それで治癒である。

ワシの場合だが、その間約10日から2週間くらいもかかる。夜間のつらいのは数日。

ま、しょうがないのだ。畑仕事をナメルとこういうことになる。自然はいつでも身構えている。自分たちを守ろうとしている。そこへ人間が勝手に、枝を切り、実だけ取ろうとする。

毛虫は自分のテリトリー、侵されまいと必死だ。命がけで、人間を痛めつける。

だがこっちも、そうはさせじと、人間の浅知恵で対抗しなければならない。

まず、皮膚が出るところを衣服で覆う。特に、手袋とシャツの間は要注意。必ず、筒状のキレで虫や毒汁が入らないように防御する。これは農家の人たちは必ずやっている。

足は、サンダルなどもってのほかだ。長靴、農家の人たちはただの長靴ではなく、編み上げのようなしっかりしたヤツを履いている。

それから、頭。これは麦藁帽子を半分に切って、後ろにキレを垂らし、日よけと虫除け、毒汁よけとする。さて、それから最後に、顔の防護。網を垂らすか、あるいは、日本手ぬぐいで鼻まで覆う。目は、できれば水中眼鏡のような防護めがね。これで万全であるが、ワシは、この顔の部分が甘かったなあ。

そして、もし、毛虫のいそうな葉っぱが顔にしっかり触れたな、と思ったら面倒くさがらずにすぐに、石鹸で泡立てながら、良く洗い流す。それでも気になるなら、かゆみ止め、虫さされ用の軟膏塗って置けば万全だ。ああこれをやって置けばなあ。

こういう風に、良くわかっておるのだ。それなのに・・・・。やはりヤツラを甘く見たなあ。

当分、正式な晴れの場?には出られないぞ。この暑いのに、その上、痛痒いのである。毛虫の勝ちィー。だが、切った後だが、思い切り濃い殺虫剤たっぷりまいておいた。ただの鬱憤晴らしである。ワカッテイルッテ・・・。

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猫の額の畑仕事

はなかなか面白かった。

まず、デッキに昨夜の雨のため、泥んこの畑を歩いてきた猫の足跡がくっきりと。

ほんの少しの隙間から入り込み、堂々とデッキの真ん中から濡れないように屋根の下を通って、裏へ抜けている。

裏から出るには、1メートルほどの高さの大きい箱が置いてあるので、そこに飛び上がらなければ出られない。

見ると、箱の上にくっきりと両足そろえて飛びおりた形跡が・・・。

猫も、獣道として同じ道を必ず通るらしい。そこで、デッキの周りをラテイスという木の柵で囲むことにし、裏木戸も本格的に蝶番で作ることにした。

翌日、ラテイスを買い、一日かかってなんとか防衛網を張り巡らした。

さらに翌朝、起き抜けにおそるおそるデッキを見ると、もう足跡は無かった。とりあえずは断念したらしい。執念深いからまた別のルート探して、入り込むかも知れない。猫との知恵比べ、なかなかに面白い。

猫対策はそこまでにして、昨日は草むしり。朝から昼まで、取った取った。背の高さほどに積み上げた草クサクサ・・・。

除草剤をこの間撒いておいたが、他の植物も枯れてしまった。スギナしか枯らさない、と近所の別荘のお金持ちのおじ様に教えていただいたB・・・という薬。

もう薬はやめた。やはり手で根っこから抜き取ることだ。薬になど頼っちゃイカン。

トマト一つだけ赤くなっていたので、夕食に食べる。玉葱大収穫。といっても20個くらいだが。トレトレの玉葱、食べてみた。甘くてうまい。

これから胡瓜、スイカ、ジャガイモ、サツマイモ、ホウレンソウ、ニンジン、カブ、枝豆、三つ葉、茗荷、杏、梨が期待できるのだ。(柿がなぜか枯れかかっている)

捨ててあった小松菜、大きくなっているので、それも拾って?食す。汗水たらして食材を作り、それを食卓に乗せる。農家の人たちは雨の日も合羽来て、田んぼに入っている。ガンガン照りの日も、畦道で完全装備して草刈である。日本人はこうして、農作物を食べてきたのだ。たいへんな労力であり、有難いことである。

ワシは、虫食いだらけの小松菜も、食べるし、親指ほどのジャガイモだって味噌汁に入れたりして食べるようになった。

そばを食べるときには、紫蘇や三つ葉を取ってくるし、山独活のはじっこを刻んでツユに入れる。

胡瓜やカブは、取れたら糠漬けにして食べるつもり。スイカは、皮を糠漬けにする。

こうして、チマチマと野菜類をいただく。コレデイイノダ。

そうして、畑から帰ってくると、プランター植えのトマトが水を欲しがっていたので、さっき、急いで水をやった。彼らも、実をたくさんつけているのだ。頑張れ。できたらワシらが食ってやるからな。

物価がグングンあがっている。すこしでも自衛しなければ・・・。

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林住期ということ

インドの教え。人間の一生のあり方のうち、いわゆる人生後半の隠居という事かな。

適当に好きな山や林など自然の中に、隠棲して静かに余生を送るという・・・。

これはまあ今では逆に贅沢なことになっちまったが、昔はけっこうやっていたと思う。いまじゃあホームレスのことかいな。

そうじゃなく、畑など耕しつつ、自給自足、あるいは托鉢して放浪。もっとカネがある人は世界漫遊の旅とでも言いましょうか。

これはホント、今じゃあ贅沢と思われるのが実はおかしいのであって、その昔は、年取ったらお伊勢参りやら、サンチョパンサのような風来坊であってしかも、なにやら意味ありげな、悠揚迫らずといった風情で生きる仙人のようなトボケタ生き方。これはまあ普通であったと思われるのであります。

それが隠居ジジイの特権でもあったはず。それがまあ今はどうじゃ。年金はヤラナイ、病気しても医療費は高いよ。早くいなくなれ、ナノダ。

イラツイタ爺様は、世間様を驚かすような凶行に及ぶしまつ。ワシの記憶にある限り、爺様があるいは婆様が恐るべき一家殲滅のような事件、起こしたこと・・・・記憶にないなあ。モノスゴイ時代になっているんだよ、きっと。

まあ自分はそうならないようにする、そのためにはやはり、ワシの場合は畑仕事。土いじり。キッタネー野良着きて、髭ぼうぼうで、穴の開いた長靴はいて、半分つぶれた麦藁帽子被って、鍬かついでいる。これが一番のストレス解消。つまりはこれこそワシの林住期なのである。

ある知人が、遠くからワシのその姿見て、どうみても、街にすんでいるときのワシとは思われず、どこの農家のオジサンか、と思ったそうだ。

ソレデイイノダ。

決して、猫の額ほどの畑で芋を栽培することは、贅沢ではない。ワシからこの畑仕事取り上げたら、多分、オカシクなるだろう。現役で仕事していたころに、この山小屋へ行って土いじりしていたお陰で、思い詰めなくてすんだことは、間違いない事実。退職間際の激務って、ホント、たいへんだったなあ、能力不足のワシは。

というわけで、インドの教えに従って、あしたから、山小屋に泊まって畑で、豆やら芋やら、トマトやらの世話をしに、行って参る。

今回の大仕事は猫が畑に入らないように、木の柵を、買って来て、張り巡らすこと。ワシと猫とどっちが賢いか、勝負である。結果は見えている。猫の勝ちである。しかし、その木の柵に、ノウゼンカヅラとか、アプチロン、朝顔、蔓梅もどきなどなど、巻きつけるのである。これはいくら猫が賢くてもワシには叶わない。

まあ、いいんだけどね。猫ぐらいナニをしようともね。遊びさ遊び!!

では3,4日間お暇をいただきます。待ってろよ、ワシより知能指数の高い猫よ。

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涙が出るほどつらくて厳しくてうれしい

これはもう流行語といっていいほどの名文句だろう。三浦雄一郎氏のエベレスト登頂のときの言葉だ。

ワシは75歳でエベレストに登るギンギンさは全くないと自信をもって?言えるが、とにもかくにもこのモチベーションはどこから来るのか。

氏の60歳台は、ゴルフ、旅行、食道楽、パーテイ・・・だったという。気づいたら肥満体に。

そこから、父やら息子やらの活躍を見て、奮起。エベレスト登頂を企てた。

テレビの画面でも紹介されたように、足に錘をつけて銀座を歩いたり・・・して鍛えた。しかし、やはり負荷がかかりすぎたトレーニングで一時は体を壊している。(これはあまり知られていない。グングン効果が上がって体力増強と言うイメージの方が強い)心臓の手術にも耐えた。

そうして、とうとう75歳で世界最高峰に登頂してしまったのである。

ワシら軟弱高齢者にも、彼から学ぶことは一つぐらいはないのか、ワシの乏しいニュースソースから見てみると・・・

見つかった。次の言葉。「長生きを目的にしない。健康を目的にしない。それが私の健康法」そして、さらに

「健康も長生きもそれ自体を目的にしてもモチべーションが上がらない。だから結局だらだらと毎日を送る。生きている気がしませんでした」(まさにその通り!!と膝を叩いてしまうではないか、この言葉)

さらに「目標がはっきりしないと、私はただの怠け者になってしまう」と。

ああ、なんと正しいことをピシッと言ってくれることよ。

ワシら後半人生にあるもの、きのう書いた「もういいや派」になるということが、すなわちこの三浦氏の「肥満の怠け者」になるということ。それがはっきりとわかりました、ハイ。

しかし、ここから先がものすごく大事なことで、ならばオマエは、何が目標なのよ、ということデスね。はい。

なんてこった、これから生きる目標見つけるのかよ、え?と、まあ怒りたくなる気持ちになるものですが、それを、グットこらえて、もう一度自分に出来そうなこれからのライフワークとでも言いましょうか、なんでもいいチッポケでもいいが、目標見つけたいと。

結論的には、「もういいや派」にはできるだけなるまいと、そういう小さな決意だけはしないと、肥満やら怠け者やら、粗大ごみやらになっていく。それは三浦氏に、実例として教えていただいたこと、と言い切っていいでしょう。

なんどもなんども、帰って行くところ、それが、「ワシにはなあ、できそうもないなあ」という軟弱な諦めの境地。

まさしく、この一点が、ただのこの一点だけが、これからの後半人生を、生き抜くターニングポイント、なのであります。

昨日、泥の坂道を荷車引いて登る、夢を見ました。肩には紐が食い込んで、それでも梶棒握って、うんうん言いつつ、一歩ずつ登って行くのでありました。無意識も、それがおまえの生き方であると、そういっているのであります。

が・・・・・・。さてと・・・・・・。

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ワシらの最後、誤らないように。

とは思うが・・・。

今日のニュース。人生後半の男性が、妻と子ども夫妻、そしてその子どもを、手にかけてしまったという悲劇。

ワシはこのニュースから、今の世相やらを評論家ぶって言うことは出来ないということはよくよく知っているつもり。

いつの時代でも、こういう悲劇はあったし、これからもあるだろう、つまり、人間のやることだから、誰にでも起こりうることではあるのだが、それにしても、今の時代を思ってしまうのは、これはなぜなのか。

年寄りだって楽しいこと、いくらでもあるし、まだまだ捨てたモンじゃない!むろんそうだ。

だが、こうならないように心をもっていくのは、けっこう難しいのだ。

ボヤーッとしていればイイジャナイの。それでけっこう毎日過ぎていくし、それなりに楽しいよ・・・・。ナンモしないでもいいじゃん。それが難しいのである。意外に。

ちょっとしたことで、イライラするのである。ワシらの年回り。妻からは粗大ごみ扱いされ、子ども夫婦もそれを見ているからウザッタイ存在としてワシらを見る。おまけに孫までもクソジジイなどと言いやがる・・・。となれば、怨嗟の思い、深く静かに潜行する。

と思うのは、あんたの思い過ごし。とかくヒガミっぽいのよ、お年寄りって・・・と言う言葉が、こういうときに、なぜか耳に入ってしまうのだ。

こうなると、思い過ごしなのか、本当なのか、自分が悪いのか、何がなんだかわからなくなる、というもの。

それで、ますます、イライラしてくる。そのコンガラガッタ思いの悪循環に嵌っている自分含めて清算したくなってくる・・・・。これはかなりアタマニきている状況なので、しだいに妄想なども出てきて、自分の頭の中を、客観的に見られなくなり、それまでの人生の薀蓄も全て放り投げてしまい、分別も年の功も吹き飛び、エーイもうこうなったら、どうにでもなれ、と凶行に及んでしまう。

ニュースなど見ている人は、なぜあんな歳になって、とんでもないことをするのか、ワカランと言うが、自分の頭の中のコンガラガッタ状況から逃れようとすると、究極の手段を取るというのも、ワシはワカランでもないのだ。はっきり言って、人間なんてけっこうモロイのよ。

むろん、だからといって、何をしても許されるなどとは全く思っていない。自己制御できるというのが大人の大人たるところであることは、よーく承知しておるつもり。

つまり、ワシが今言える事は、コンガラガッタ家庭状況、頭の中身、から目をそらすことのできることを、やること。趣味の仲間とワイワイやることとか、カミサマ仏様に、おすがりしたってイイジャナイの。宗教をバカにするヤツは、人生後半、寂しいぜ。

思い切り運動してみるとか、(たとえばにわか登山家や、畑仕事ふらふらになるほどやってみる、全く新しい分野の趣味に挑戦とか)

そうすれば自分の状況、客観的に見ることになり、なんだこんなことでもたついていたのか、になれればシメタモノである。

つまり、大人になるということは、自分なりの立ち位置をしっかり作っておく、ということじゃないのか、と思うのだ。そうすれば、ふーん、おまえら、そういう態度でワシを見ていたのか・・・と冷静になれる。ワシはワシでここにライフワークがある。勝手にせい!!でいけるように思うのだが。ナマイキですが。

どうしても家庭がゴチャゴチャして面倒くせぇようだったら、金握って、離れたところへ引越したらどうだ。ワンルームマンションだってけっこう楽しいかもよ。年金でちょまちょまと暮らせばいい。息子からも少し援助させてさ。出て行ってやるんだからさ。あんなすごいことするエネルギーあるなら、そのくらいできると思うよ。

思い詰めてとんでもないことするより、ずっと気楽で、晩節汚さずに、誰にも気兼ねせずにゆったり生きられるというものじゃないの。家を捨てるんだから、そのかわり、カネだして貰ってアッタリマエじゃん。

つまりさ、だから独りで生きられるようにしておこうよ。ご同輩。

孤独死がいやだって?そんなこと言っているから、思い詰めるんじゃないの?凶行に及ぶより、ワシは、その方がいいな。

趣味の会だって気を使わずにどんどんいけるし、何の障碍もなく、自分なりの生き方、できるじゃないの。ワシならそうする。身の回りのもの持って、妻と息子からふんだくった金握って、出て行けばいい。老人の家出が流行る!!ちょっとこれイインジャナイ??家出老人の会、立ち上げたら面白いかもよ。

これもワシらのヒガミから来るヒネクレ根性のあらわれか。(と、思うからいけないって、今言ったばかりじゃないのよ!!ッタク。)

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いよいよ魚が食べられなくなるか

と言うのは、燃料代が高過ぎて、漁に出られなくなってきたのである。漁業関係者は。

卵は飼料が高くなりすぎて、やはり値上げする。こうして全てが、値上げするだろう。

外国ではもう大規模な抗議デモが起きている。

ところが日本ではまだ、抗議の動きはほとんどなし。漁業関係者が船を出さない、と言っているが、デモをするわけではない。

いや、こんなところで煽るつもりはさらさらないが、ただ、ヒタヒタと迫ってくる経済危機。つまりはパニックが、静かに準備されているような不穏な底流を感じるのである。

日本は、ワシらが若いころから見たら、はるかに、国民は分裂してしまった。「困ります」と言うだけ。

そのうちに本当に困りきる世の中にならないように祈っているだけ。このまま、物価の高騰が進めばワシら年金生活者は、もろにその波を被る。

それこそ高波を受けて転覆するだろう。

今日60台半ばのオヤジと話していて、「今年はもう健診、受けないようにしようと思う、」と言う。長生きしてもいいことなさそうだから、と寂しそうに言う。いわゆる名前の通った難関大学を出て、一流商社の営業をやっていた人。尾羽打ち枯らした様子である。口癖が俺は小泉と同期だった、である。本当か否かはわからぬ。

そうかと思うと、あるオバサン。70歳に近いが、ハイキング同好会二つ入っていて、毎日2万2千歩くらいは歩いていると言う。年寄りは元気でなくちゃ、とも言う。趣味でやっていた絵画の先生を時折やって、小銭稼いでいる。体はどこも悪くない。ギンギンである。朝は3時に起きる。5時にはウオーキングに出る。夜は7時には寝る。毎日が楽しくてしょうがない、と言った風。多分100歳まで生きる。ワシは先にいくのでそれは確かめようがないが。

周囲見ると、65くらいから、どちらかに別れていくのがわかる。前者の「もういいや派」と、後者の「ギンギン派」である。

三浦雄一郎は、むろん後者のギンギン派である。前者は、発言もほとんどせず、外出も控えめ。あまり表面に出てこないのでわかりづらいが、確かに存在している。

さて、ワシは、と言うと・・・。このごろ急にもういいや派になりたがっているのを発見するのである。

一年間も続けてきた筋トレ、それこそヒイヒイ言って頑張ってきたのだが、どうもこのごろ、スピードダウン。息が上がってしまう。筋トレのための準備運動的筋トレを要する。

こうして、気がつかないうちに、「もういいや派」にずり落ちていくものらしい。

トボトボと交差点など歩いているおじいちゃんの丸い背中見ると、なにやらワシも、もうすぐだなあ、などと思ってしまうこのごろである。

くそっ。何を言っているんだ!!こんなこと書くから、そうか、ワシは「もういいや派」でいいのか、などと自滅してしまうのだ。

なななんとしても、もう一歩でも半歩でも、進まねば・・・・。こんな中途半端なところで、くたばってはおれん。

とはいうものの、いったいどこへ向かって歩けばいいんだ?

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どういう態度がいいのか判断に迷う

ことがある。

これまで生きてきたのに、たとえばこういう場合。これは実際に今日あったこと。

1週間ほど前、パソコンのプリンターインク。交換しようと、電気屋へ行ったのである。古いインクカートリッジ、10円で引き取ってくれるという。

レジ係にいたのが、中年のボサッとしたオッサン。なんとなくアブナイと思ったのだが止むを得ない。

新しいインク代は、レジに打ち込んだ。そうしてそこから10円引かなければいけないのに、それを忘れたらしい。つまりレジを打ちなおさないといけない状況。

ところが、案の定?このオッサンはレジの扱い方良く知らないらしく、再度打ち直す方法がわからず、うろたえている。レジスター、アチコチさわって困りきっている。

しょうがないから、「ああ、もういいっす。次に来た時に、もって来るから」とワシは可哀相になって、そう助け舟を出した。

オッサン、「ありがとうございます」、と深々と頭を下げた。

そうして今日。その電気屋へ他の用事でいった。むろん、あの古いカートリッジ持って。

ところが、である。レジでまたしても、別のオッサンがいたのである。これもまたヤバイと思ったが、やはりしょうがない。

事情を説明したが、「ええっ!!」とまずは驚いて見せ、次に「新しいインクを買ったときでなければ、引き取れません」という。ワシが「だからさあ、前にインクを買ったときにさあ、」とその時の事情を説明しても、「新しいインクを買ったときでなければ」と言いつつ隣のレジ係のオバチャンに目配せ。

オバチャンも逃げ腰。そっぽを、向いている。

これは明らかに、店側のミスであるのに、こういうマニュアルどおりの応対しかできないアホ店員の言い草。なんとでもなろうが。たかが10円のインクカートリッジ処理ぐらい。おまえら、誰がミスしても、店の責任だろうが。そんな基本さえもここでは教育されていないのか・・・・。そう思うと、もうこの大型電気店もそろそろ斜陽であるなあ、と思ったのである。

だが、ここで、粘って、「責任者を出しなさい、たったの10円だが、このまま帰るのは不愉快である云々」と食い下がればよかったのか、あるいは、こんな店じゃあしょうがない、10円くらいでガタガタ騒ぐのもなあ、と思って、引き下がるのか。その辺の判断ができなくなってしまったのである。

こういう時の態度はどうするべきなのか、うーむ。人生後半に入ってこんなに難しい判断を迫られるとは・・・・。

ワシは、結局、いつものとおりの態度で終った。つまり、「ああ、いいすよ。またインク買いに来るから、そんときで、ウン・・・。」

ところがこういう態度は後まで後遺症が残って、くすぶる。どうも面白くないのである。

やはり、イジイジとこれからも生き延びるのか。なんだかなあ・・・・。

そこでイジイジオヤジの結論は、「もうこの店には来ない、別の電気屋が近くにあるから」であった。つまり、こういう風にして、ひとり減りふたり減りしていつのまにか、人気がなくなり、広い店内に、客がほとんど見えなくなる日が来るのである。つまりは撤退か倒産である。

ワシはその日が一日も早く来るのを、今日から楽しみに待つことにした。イジイジオヤジの復讐、恐るべし。

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人生後半病気の話は

これはもう止むを得ない。

今日も70歳前後の人4人と、話をいていて、その話題のほとんどが、病気の話に終始した。

ま、それでよいのだが、たとえば、ふだんと言うか、若いときには出なかった話題、痔の手術のハナシとか、前立腺、あるいは、腎臓検査のための、痛かった話、あるいは、大腸がん検査の、内視鏡を入れたときのハナシやら、そういう昔なら、顔赤らめていたような話でも、どんどんできる。

というより、しないといけない、とワシは思う。

人間の体の中で、どこが下劣だとか、脳味噌が最高位にあるとか、それは完全に間違っておる。

人間の体は、どこも貴い。肛門が卑しいところなどと哂うのはまだまだガキの証拠だ。

どんどん、自分の不安、お互いにこんな歳になったら、遠慮せずに言い合いたい。

それで、きょうは、胸襟開ける4人だったので、思い切り自分の恥ずかしかった手術やら検査の話、したのである。嬉しかったなあ、こんなハナシできて・・・。

その中で、以外にも盛り上がったのが、採決の時の、看護師の腕まえのこと。

内出血するような、下手くそがいる。今日話していた人の腕は、内出血していて紫色にはれ上がっていた。

採血の時に、こいつは危ないな、と直感的に思ったそうだ。わかるわかる。しかし、病院で二列に並んで採血されるのに、あんたはアブナイからイヤデス、とはいえないと言っていた。それはそうだ。

そうして、案の定、「これじゃあどこに血管があるかわからないわねえ」と言いつつ、無理やり、注射針刺しこまれ、アオタンになったと言う次第。

こういうはなし、何か人生の不条理を感じるではないか。ちょっとした並び方の違いで、運命が変わる・・・・。こういうことって案外その人の生き死にまで左右するような、明暗をわけることがある。

だが、そういう運命とわかっていて、そこに嵌ってしまうという、それはもう宿命ということになろう。

ワシらこれからはもう、その宿命が、どういう形で来るか、それを見つめつつ、生き延びなければならない。

ところで、その4人の内の一人は、検便の容器が見つからずに,検診キャンセルしたと言う。それは良かったのかどうか、それは、まさに神のみぞ知る、なのだ。

まったく、ワシらは、国からはスポイルされ、ただただ自分だけを頼りに、下手くそな看護師の採血甘んじて受けながら、後半人生、1ヶ月でも長く生き延びてやろうと、頑張る。

まことに、涙ぐましい人生後半の健闘なのである。それがしだいにわかるようになってくる。だが、ガンバルのも限界があることをひしひしと思う。そうしてゆるやかに、下降線を下っていく。

それが受け入れられたら、けっこうラクにイケル、と思ってしまう。それはチト、早過ぎるか。

4人の中で、独り、一日2万歩以上歩くと言うおばさんがいた。これにはびっくり。夜は8時には寝て、3時に起きるという。それから、早朝の散歩が始まるそうだ。

気をつけてよ、このごろの街はアブナイからね。せっかく、元気になろうとしても、それがアダにならんとも限らないのが、このごろだからね。だが、彼女が最高にぴちぴちしておった。70歳になんなんとするお歳である。

これを書くだけでワシは疲れた・・・・!!

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この腐り方は

いったいどうなっているのか。

人間が病んでいるんだね、と言う話をワシら「高齢者」仲間で語り合っていたが、あるひと曰く、「もうそんな段階じゃないよ」と。

いわずと知れた、キョウビの凶悪事件。

じゃあ何が悪いのか、といわれると、せいぜいが前のブログでも書いたが、バーチャル世代であって、現実が現実とは思われなくなるという、現実感喪失世代の暴走、くらいしかブンセキできない。すぐに携帯に書き込みがあって、自分もやってやるなどと、とんでもないことを平気で口走る若者・・・。厳重に取り締まって欲しいね。

実に厄介な時代なのだ。そんなことしちゃダメよ、でブレーキが利けば何の苦労もいらない。そういうきちんとレールが敷かれていた時代とはまるっきり違ってきた。

何をしたっていい、自分がそんなに悪いことした?と開き直る。ねずみ人間がやれ、といったから、やったなどといって済ませられると思い込んでいる。それも本気で。

極刑に処せられようと、全く反省の言葉なし、という者まで現れた。これはもうどうにもこうにも・・・・・。

だが、ワシには信じることがある。それは、極悪人になろうとしてもなれない、というのが大方の人間であると。きわめてもろいのがワシら人間であることは否定しないが、しかし、瀬戸際まで行けば、たいていは足がすくんで現実の生活に戻る。

ただ、この自分がその最後の瀬戸際は越えませんと言い切る自信は無いというだけの話。どんな凶悪な情動が潜んでいるかは、日常の意識ではうかがい知れないのだから。

このとんでもないと思われる異常心理は、実は戦時になれば、それが常識になる。それに随わなければ、非国民というレッテル貼られて追放される。したがって、今の状況は、戦時中の集団ヒステリーよりはまだまし、ということ??

自分の足元しっかり見て、瀬戸際から踏み外さないように、意識をしっかり持って、後半人生まっとうしなければ・・・・。いやあ実にたいへんな、老後の隠居生活ではあるなあ。

長屋のご隠居さんみたいに八っつあん、クマさん相手に説教するようなノンビリした能天気ぶりじゃあ、残された大切な余生、晩節を汚すことになりかねません。クワバラクワバラ。

さて、宮城の大地震への応援句を・・・。

蛙鳴け たとえ大地が裂けようと

とにもかくにも、がんばれ。一日一日、を頑張るっきゃないよ。

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どうにもならないことは

こっちに置いておいて。(今度の地震のような)

ワシのこの歳になってみると、人生で成功したものとそうでないものというのは、若いときからすると考えが変わっていることに気づく。

たとえば、カネモチ、有名人あたりが、人生の成功者、と思うのがだいたい退職間際までの考え方。

それがもう退職間近になってくると、そんなことはないなあ、と思えてくる。

貧乏よりカネモチがいいが、しかし、周囲を見回すと、けっこうカネモチでも不幸な人がいることがわかる。有名人でも、あまり嬉しくないと思っている人もいるし、不全感を持っている人もいるんだなあ、ということがわかってくる。

そうして我が身を省みる。そんなにカネモチでもないし、むろん有名人でもないが、頑張ってやってきたことは確かだから、そこそこにその働きは認められてきたし、そんなに不幸な体験もラッキーなことになかった。ならば、これでいいか、というところに落ち着く。

ちんまりまとまっていて面白くない人生といわれればなるほどその通り。でも、それが自分の性格や環境や偶然やらで決まってきたことだし、だれのせいでもない。ま、イインジャナイの、と自ら納得する。

ワシら庶民の人生などというものは、それができればもう上出来なのだ。

いったいそれ以上になにを望むというのか。分にあった生き方でよしとする。

その中で、半歩でも今より、自分の中で決めたライフワークに向かって進めたら最高というものだ。

というわけで、チマチマ人生でワシは十分であるが、しかし、ライフワークにしていることは、じつに広大なものなのであるが、それは内面的なものなので、チトこのブログでは言い尽くしかねる。ナイショ、である。だれでもそういう内面の宇宙では、遊ぶこともできるし、いくらでも追求するところは、いわば無限に広がっていると思っている。

「あなた方に言うが、栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった」(マタイによる福音書6-29)つまり、こんなことはもう先人にはとっくにわかっていたこと。

だから、カネモチにならなくても有名人にならなくても落ち着くところ、安心するところがある、ということがようやくわかるとき、それが、まあ、かっこよく言えばワシらの得た人生訓とでもいうことかなあ。

こういうことも言いたい年回りなのよ、ワシらの年代・・・・。

というわけで、また畑に行って来ましょう。雑草取ばかりだが、どんな草も必死に生きているのはわかるのだが、しかし、これもワシとの戦い。負ければ、野菜はできないし、食べるものが取れなくなる。草には悪いが、今年伸びた雑草は刈らせていただく。どうせ、来年も生き残った根っこが出てくる。それまではワシらの好きにさせてくだされ。

1週間ほど、まいにち草むしりに専念してきましょう。

そこで前に作った1句「この辺が至福の時か草むしり」

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全ては蓋然性

の問題であって、これと言う確定したことは、誰にも言えない。ということがまた今回の大地震でわかったのである。

宮城県の大地震なみの地震が、首都を襲ったらとんでもない大災害になっていたことは間違いない。

そしてそれを予測することは事実上不可能だった。警報が出されてからわずか数秒後に、襲ったのである。

つまり、ほとんど予測は不可能というのが現在の地震学の実態であろう。だから、ワシらのうち誰が大災害に遇っても全く不思議はないということである。単なる確率の問題なのである。

これは事件についてもいえる。誰が秋葉原の事件を予測していたろうか。いきなり後ろから刺されるとは誰も思っていない。ある程度の信頼感を持って町を歩いている。前から来るものがいきなり刃物を出す、と思いつつすれ違ったりはできない。

これもたまたまそこを歩いていたというただそれだけのために、何の意味もなく、事件に巻き込まれる。

また、事件を起こした方についてもそれは言える。誰が自分の息子があのような凶悪な考えを持っていると予測しようか。あんないい子が・・・と絶句する。だがそれも、蓋然性であって、いつそういう親になるかは誰にも予測できないのがこの社会の恐ろしいところである。

自分についても言える。かっとなって通りすがりの人を・・・という衝動に自分だけは駆られないな、と言い切れる人はいないはずだ。それは戦時になればすぐにわかる。敵が目の前に来て、じっとしていれば自分の身が危ないと知ったら、何をするかは、ワシは自信がもてない。

ジャングルで餓えたら、何を食べるかは、今から予測することはできない。食べてはいけないものでも食する可能性は十分にあるのだ。大岡昇平の小説を思いだせばすぐに納得できよう。それほどに人間というものは不確実なものであって、要するに棺桶に入るまで何をしでかすかわからず、またどんな事故、事件、災害に遭遇するかは全くといっていいほどわからないのである。そんなことはない、正しく生きていれば神は助ける、大丈夫だ。理性を信じよ。良心があるだろう・・・と言われても、他人はともあれ、少なくともワシには自信はない。

無常ということを今回の事件と災害でまたはっきりと知らされた。せめて、後半人生・あと何年間か、命ながらえている間に、とんでもない事故事件、災害にあわないようにと祈るばかりである。

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音楽の効用

というものは、偉大なもので、落ち込んだらこのあたりのクラシックを聴こうとか、高揚しているときには、ロックがいいとか・・・・。

ワシは特に落ち込んだ時には、暗い音楽がいい。ますます暗く深みに嵌っていくような、インインメツメツなものがいい。

音楽通ではないので、言っていることもいい加減だが、ワシの場合には、もっとも暗くて深いのが、シューベルトの弦楽四重奏「死と乙女」に極まる。

何度聞いても暗い黄泉の世界に引きずり込まれる。だがその暗い底から、一筋の光の差し込んで来るのがわかる。その光に沿ってやっと這い上がってくる。だからこの曲は、ワシの人生では無くてはならないものナノダ。

あるとき、(ワシはふだんはあまり歌謡曲調のものは聴かないのだが、)中島みゆきのレコードがあったので、聴いてみたら、愕然とした。「タクシードライバー」という曲。タクシードライバーに、独り言を言うように話しかけるのだが、それが実に切ない。哀切である。

人間の孤独というものをこれほど見事に歌謡曲?にできるということに驚嘆した。(歌謡曲といったらいけないのか?)

中島みゆきの途切れ途切れの、かすれるような、そして本当に哀しくて泣いているような声。

苦労人のタクシードライバーの気遣いと、ノンダクレた捨て鉢なさびしい女の乗客。なんともかんともこれが人生だなあと思わせられる。

だが、多分、翌日は泣き腫らした目をして、また都会のビジネス社会の中で、バリバリ働いているのである。そうやって自分の人生を保っていく。ただのノンダクレだけの歌なら、こういう曲は全くつまらない。勝手につぶれてしまえ、ということ。

ただ辛いよとか、孤独だよと言って、憤懣溜めていても何の発展もない。落ち込んでもそこからまた這い上がっていかないと、限られた命、無駄遣いすることになる。とまあ、またもエラソウに言うが、ワシだってこの先、短いが、しかし、いつどうなるか分かったモンじゃない。

これまでの道、振リ返りつつ、しかも見えている前方に向かって、歩き続ける、その時の大事な友達、それが音楽だなあ、ワシにとっては。

ところで最近、ピアノよりバイオリンの方が耳に快くなってきた。ピアノのキンキンする音が耐えがたくなることがある。これも人生後半という年のせいか。そしてベートーベンが聴きたくなってきた。これは一体何なのか。特に後期の弦楽四重奏。そろそろ終わりに近いということかね。

それならそれでもいいか!?・・・・。

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代案もないままに

ただ、廃止だけじゃあなあ。

これでは、与党の言うとおりだよなあ。この後期医療制度は根本的に間違っているのであるから、姥捨て制度であることは明々白々であるのだから、では次にワシら後半人生にあるものを本当に人間として大切にしようというまったく当たり前の政策が出せないものなのか、ときわめて不思議である。野党諸君!!。

ということははっきり言って、野党諸君も、ただ与党を追い詰めて自分が天下取りたいだけの材料に使っておるだけ、ということなのであって、なーんもワシらのことなんぞ、心から憂えてはおらん