オヤジのスポーツ談義
だが、案外真剣なのだ。
専門家からすれば「わかっちゃいねえ、」のだが、どうせ口から出任せの、オヤジの愚痴だ。
さて、世界陸上の感想の続きだが、ハンマー投げとか、槍投げ、砲丸投げ、円盤投げなどには、ヤマトナデシコは、興味示さないと見える。(アナウンサーが「投げやり」といっていたのには吹き出した)
だが、あの外国選手の迫力はどうだ。日ごろ男女同権なるムズカシイ議論やる割には、日本の女子、筋力、瞬発力などの体力勝負の部門、密かに敬遠いや、軽蔑しちゃいないか。
ワシは、これらの投てき競技に情熱燃やす女子選手、すごいと思うね。パワフルというのは、男のものだけではなかろう。何だって、その気になってひたむきに遠くへ投げる、進む、その気持ちが伝わってきて、日本の女子はへなちょこじゃのう、と思うがなあ。
薙刀というものが日本の女子の武道にはある。凄まじい気迫で、相手の向こう脛かっさらう。もともと、ヤマトナデシコなるものは、武勇の誉れ高きオナゴであった。なよなよとした美しさの陰に、実は、一豊の妻のような、オンナ丈夫を秘めるという魅力。それは日本にも連綿として伝わっているはずだがなあ。(うちは強過ぎる?)
ともかく、表彰式のときに黙ってただ突っ立っているだけのお人形さんのような、着物の女性。あれはナンじゃ。フジヤマゲイシャの見本かいな。ワシャ恥ずかしかった。実際の競技種目で、日本女子の面目発揮して欲しいね。その方がずっと美しい・・・・。ジジイのクセにスンマセン。
それからチト気になったのが、あのウエアーだ。皆さん同じスタイルなのはいいとしても、ランニングパンツ、ナントカならないの。土佐選手の最後の追い込みのときなど、ずり落ちそうではらはらしました。バックスタイルもいただけなかったなあ。思わず、「なんでオムツしているの?」と叫んでしまった。デザインが悪いのか、裁断が悪いのか、生地が悪いのか。いずれにしろ選手の体型のせいでは断じてない。ヤマトナデシコのために、一工夫必要なり。
途中で、1500メートルの車椅子の選手によるレースが放映された。腕だけであれだけ走れるというすごさ。派手な競技の陰に隠れてしまったが、たいへんハードな競技とみた。日本もよく頑張ったと思う。
ところで競技が終わった選手が、膝まずいて、静かに祈る場面、やはり感動的。始まる時にも、自分の信仰にかえって、心を落ち着かせる・・・。こういう場面、日本では見ないなぁ。なぜかなぁ。神や仏に祈るのはいけないことなのか・・・。恥ずかしいことのうちの一つに入るのかもしれない。今の若い人には。いやワシら年代でも、そうかもしれない。日本人は何にも頼る必要が無いほど精神が強いのか、それともこのちっぽけな自分が世界の王者であると思っている・・・つまりは、思いあがっているというアホなのか。
そんなこと、あれやこれや思わせられる世界陸上ではありました。ワシはこの歳ではあるが、もう少し、筋トレなど続けてみようと思っておる。家庭で出来る筋トレというパンフレット、体育館で拾ってきたのだが、それをもう5ヶ月続けておる。大した効果は出ていないが、一年間続ければこの老いぼれジジイの筋肉も、少しは、眼が覚めるやも知れぬ。まあ、無理しないように、だな。年寄りの冷や水にならぬように。まだまだ、ガンバル。もう陸上選手は無理か。
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コメント
無事で何より☆
投稿: ケンタロ | 2007年9月 4日 (火) 19時22分
はじめまして、綾川ほとりです。
日本人女性が投擲競技に興味を持たない理由があるとすれば、「やせ願望」の蔓延がその一つだと思います。ファッションモデルのようなスリムな体型を求める、あるいは求められる彼女らにとって、投擲競技のようなパワー系のスポーツは「体がゴツくなるから嫌」なのかもしれません。
また、日本には「力仕事は男の仕事」という観念が強く――それを強要する女性も多い――、それに見合ったたくましい体格となることを「女らしさの低下」と彼女らや世間が捉えていることも、投擲競技が女性から敬遠される要因だと考えています。「パワフルというのは、男のものだけではなかろう」というご意見には私も大賛成で、このような(ステレオタイプな)観念は改められるべきだと、今回の陸上でつくづく感じました。
投稿: 綾川ほとり | 2007年9月 6日 (木) 00時37分